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第92回

223〜225話

2021.08.03更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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16‐1 人を服させたいという私心から善を施しても王者にはなれない


【現代語訳】
孟子は言った。「人を服させたいという私心によって善を施した者のなかで、心から人を服させた者などいまだかつていない。これに対して、私心なく真に人のために善を行い、教え導いていく者であって、初めて天下の人々は服していくのである。天下の人々が心から服することなく、王者となりえた者などいまだかつていないのである」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、善(ぜん)を以(もっ)て人(ひと)を服(ふく)する(※)者(もの)は、未(いま)だ能(よ)く人(ひと)を服(ふく)する者(もの)有(あ)らざるなり。善(ぜん)を以(もっ)て人(ひと)を養(やしな)いて、然(しか)る後(のち)能(よ)く天下(てんか)を服(ふく)す。天下(てんか)心服(しんぷく)せずして王(おう)たる者(もの)は、未(いま)だ之(これ)有(あ)らざるなり。

(※)善を以て人を服する……人を服させようと善を施す。後に出てくる「善を以て人を養い」の反対である。後者の善は、私心なく真に人のために善を行い、教え導いて、とされる。そして前者は覇者のそれであり、後者は王者のそれとされている。なお、「養う」の意味については、離婁(下)第七章を参照。

【原文】
孟子曰、以善服人者、未有能服人者也、以善養人、然後能服天下、天下不心服而王者、未之有也。

 

17‐1 賢者が登用されないのは不吉なことである


【現代語訳】
孟子は言った。「世の人が使う言葉によく不祥不吉(不吉に聞こえる)のものがある。しかし、よく考えてみると、それらの言葉は実際に不祥不吉というほどのものではない。実際に不祥不吉の言葉の実際があるとすれば、賢者の登用を覆い隠す(賢者をねたんで登用させないようにする)ような言葉がそれにあたる」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、言(げん)に実(じつ)の不祥(ふしょう)(※)無(な)し。不祥(ふしょう)の実(じつ)は、賢(けん)を蔽(おお)う者(もの)(※)之(これ)に当(あた)る。

(※)不祥……不吉。縁起の悪いこと。
(※)賢を蔽う者……賢者をおおい隠すような言葉。賢者が世に出てくるのをねたみ、登用されるのを邪魔するもの。なお、吉田松陰は「身(み)、大臣(だいじん)・執政(しっせい)と成(な)りて下(した)に賢者(けんじゃ)あるを知(し)りながら抜用(ばつよう)せざるの類(るい)を云(い)う」とする(『講孟箚記』)。『論語』もこう言っている。「仲弓(ちゅうきゅう)、季氏(きし)の宰(さい)と為(な)り、政(まつりごと)を問(と)う。子(し)曰(いわ)く、有司(ゆうし)を先(さき)にし、小過(しょうか)を赦(ゆる)し、賢才(けんさい)を挙(あ)げよ。曰(いわ)く、焉(いずく)んぞ賢才(けんさい)を知(し)りて之(これ)を挙(あ)げん。曰(いわ)く、爾(なんじ)の知(し)る所(ところ)を挙(あ)げよ。爾(なんじ)の知(し)らざる所(ところ)、人(ひと)其(そ)れ諸(これ)を舎(お)かんや」(子路第十三)。

【原文】
孟子曰、言無實不祥、不祥之實、蔽賢者當之。

 

18‐1 君子は自分の実力以上の名声、評判を恥じる


【現代語訳】
(弟子の)徐子が尋ねて言った。「孔子はしばしば水を称讃して言ったといいます。『水なるかな。水なるかな』と。水のどこをそんなにほめたのでしょうか。孟子が答えて言った。「水源の豊かな泉はこんこんと湧き出て、昼も夜も間断なく流れ出る。流れる途中にくぼ地があればそれを満たして、さらに流れ進み、四海に至る。この水のように本源がある者は、尽きることがない。本源がないと、七、八月の雨がたくさん降るときには、水がたくさん集まって田の大小の溝がいっぱいになるが、雨がやんでしまうと水はたちまち涸れてしまうようになる。これと同じように、君子は、その名声、評判が自分の実情、実力以上であれば長くは続かないので、これを恥じるので実力である」。

【読み下し文】
徐子(じょし)(※)曰(いわ)く、仲尼(ちゅうじ)亟〻(しばしば)水(みず)を称(しょう)して曰(いわ)く、水(みず)なるかな、水(みず)なる哉(かな)、と。何(なに)をか水(みず)に取(と)れるや。孟子(もうし)曰(いわ)く、原泉(げんせん)(※)混混(こんこん)として、昼夜(ちゅうや)を舎(お)かず(※)。科(あな)に盈(み)ちて而(しか)る後(のち)に進(すす)み、四海(しかい)に放(いた)る。本(もと)有(あ)る者(もの)は是(かく)の如(ごと)し。是(こ)れ之(これ)を取(と)れるのみ。苟(いやしく)も本(もと)無(な)しと為(な)さば、七八月(しちはちがつ)の間(かん)、雨(あめ)集(あつ)まりて、溝澮(こうかい)(※)皆(みな)盈(み)つるも、其(そ)の涸(か)るるや、立(た)ちて待(ま)つべきなり。故(ゆえ)に声聞(せいぶん)(※)情(じょう)に過(す)ぐるは、君子(くんし)之(これ)を恥(は)ず。

(※)徐子……弟子の徐辟(じょへき)のこと。滕文公(上)第五章に登場する。
(※)原泉……水源の豊かな水。
(※)昼夜を舎かず……昼も夜もやまずに。絶え間なく流れる。通常、本章は『論語』の「子(し)、川(かわ)の上(ほとり)に在(あ)りて曰(いわ)く、逝(ゆ)く者(もの)は斯(かく)の如(ごと)きかな、昼夜(ちゅうや)を舎(お)かず」(子罕第九)に関連するものとされている。特にこの文の解釈において朱子のように、「この川の流れのように少しも間断なく、勉強、努力を怠るな」と解すると、うまく本章の『論語』の説明と合うようになる。吉田松陰も、朱子の解釈を前提にして、孔子と孟子の趣旨は同じで「凡(およ)そ人(ひと)は源(みなもとの)あるの水(みず)を以(もっ)て志(こころざし)とすべし」と述べている(『講孟箚記』)。これに対し、この『論語』の部分と本章とは別趣旨のものと解することもできる(特に従来の通説のように「時が流れ、すべてのものが去っていくのは、この川の水のようだ。昼も夜も休むことがない」と解すると、そうも読める)。なお、尽心(上)第二十四章でも水について論じている。
(※)溝澮……田畑の間の大小の溝。小さい溝は「溝」、大きい溝は「澮」と言う。
(※)声聞……名声や評判のこと。

【原文】
徐子曰、仲尼亟稱於水曰、水哉水哉、何取於水也、孟子曰、原泉混混、不舍晝夜、盈科而後進、放乎四海、有本者如是、是之取爾、苟爲無本、七八月之閒、雨集、溝澮皆盈、其涸也、可立而待也、故聲聞過情、君子恥之。


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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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