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第99回

241〜242話

2021.08.13更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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31‐1 自分の先師筋の思考をよく知る


【現代語訳】
昔、(孟子の先師筋になる)曾子が、魯の武城にいたとき、越の軍隊が侵入してきた。ある人が言った。「よその軍隊が入ってきました。どうしてここを去らないのですか」と。そこで曾子は、「この家に、人を入れたり、草木を傷めることがないように」と言い残して出て行った。曾子は侵入軍が退却するとすぐに、「垣根や家を修理しておいてほしい。私はすぐに帰るから」、と言った。侵入軍がいなくなると、すぐに曾子は帰ってきた。すると左右の側近の門人たちは次のように語り合った。「武城の人たちは、先生をあんなに忠実に敬意を払って遇しているのに、侵入軍が来るとすぐに去って、民にその手本を示すようにし(戦わないで逃げてしまうこと)、侵入軍がいなくなると、平気な顔をして戻ってくる。これは良くないのではないですか」と。すると門人の一人である沈猶行は言った。「それは君たちにはわかっていない先生のお考えがあったのだよ。以前、先生が、我が沈猶家におられたことがあった。そのとき、負芻という者が襲ってきたことがあった。そのときやはり先生は、従者七十人ともども、その難を避けて立ち退き、これと関係することはなかったのだ(今度のこともこれと同じで、先生は、国の賓師として招かれていたのであり、一緒に戦うためではないのだから、それでいいのだ)」。

【読み下し文】
曾子(そうし)、武城(ぶじょう)に居(お)る。越(えつ)の寇(あだ)(※)有(あ)り。或(ある)ひと曰(いわ)く、寇(あだ)至(いた)る。盍(なん)ぞ諸(これ)を去(さ)らざる、と。曰(いわ)く、人(ひと)を我(わ)が室(しつ)に寓(ぐう)し、其(そ)の薪木(しんぼく)(※)を毀傷(きしょう)すること無(な)かれ、と。寇(あだ)退(しりぞ)けば、則(すなわ)ち曰(いわ)く、我(わ)が牆(しょう)屋(おく)(※)を修(おさ)めよ。我(われ)将(まさ)に反(かえ)らんとす、と。寇(あだ)退(しりぞ)き、曾子(そうし)反(かえ)れり。左右(さゆう)曰(いわ)く、先生(せんせい)を待(ま)つ(※)こと、此(かく)の如(ごと)く其(そ)れ忠(ちゅう)にして且(か)つ敬(けい)なり。寇(あだ)至(いた)れば則(すなわ)ち先(ま)ず去(さ)りて以(もっ)て民(たみ)の望(のぞ)みを為(な)し、寇(あだ)退(しりぞ)けば則(すなわ)ち反(かえ)る。不可(ふか)なるに殆(ちか)し、と。沈猶行(しんゆうこう)曰(いわ)く、是(こ)れ汝(なんじ)の知(し)る所(ところ)に非(あら)ざるなり。昔(むかし)沈猶(しんゆう)(※)、負芻(ふすう)の過(わざわい)有(あ)り。先生(せんせい)に従(したが)う者(もの)七十人(しちじゅうにん)。未(いま)だ与(あずか)る(※)こと有(あ)らず。

(※)冦……外から侵入してくること。
(※)薪木……草木、庭木。「薪」には、たきぎ、まき、雑草の意味があるので、たきぎに使う木とも解することができる。
(※)牆屋……垣根や家。
(※)待つ……待遇する。
(※)沈猶……我が沈猶家。これに対し同姓の別人の家とする説もある(佐藤一斎など)。
(※)与る……関係する。ここも日本人の考えでは少し理解しづらいところがある。やはり前に述べた中国人特に儒教の個人主義が影響しているのだろう(合理的思考といえば合理的であるが)。

【原文】
曾子、居武城、有越寇、或曰、寇至、盍去諸、曰、無寓人於我室、毀傷其薪木、寇退、則曰、脩我牆屋、我將反、寇退、曾子反、左右曰、待先生、如此其忠且敬也、寇至則先去以爲民望、寇退則反、殆於不可、沈猶行曰、是非汝所知也、昔沈猶有、負芻之禍、從先生者七十人、未有與焉。

 

31‐2 自分の先師筋の行動をよく理解する


【現代語訳】
〈前項から続いて〉。(孔子の孫であり、曾子の弟子であり、孟子の先師の一人でもある)子思が昔、衛の国にいたとき、斉からの侵入軍があった。そのときある人が子思に「侵入軍が来ました。どうして立ち去らないのですか」と聞いた。子思は言った。「もし、私が去ったら、君は誰とともにこの国を守るのか」と。孟子は言った。「曾子と子思は、行ったことは反対のようでも、根本の道は同じなのだ。曾子の立場は、師であり父兄であった。これに対し子思の立場は、臣下であり、身分は低かったのである。曾子と子思がもし立場を変えたなら、やはり同じようなことをしたに違いない」。

【読み下し文】
子思(しし)、衛(えい)に居(お)る。斉(せい)の冦(あだ)有(あ)り。或(ある)ひと曰(いわ)く、冦(あだ)至(いた)る。盍(なん)ぞ諸(これ)を去(さ)らざる、と。子思(しし)曰(いわ)く、如(も)し伋(きゅう)(※)去(さ)らば、君(きみ)誰(たれ)と与(とも)に守(まも)らん、と。孟子(もうし)曰(いわ)く、曾子(そうし)・子思(しし)、道(みち)を同(おな)じくす。曾子(そうし)は師(し)なり、父兄(ふけい)なり。子思(しし)は臣(しん)なり、微(び)(※)なり。曾子(そうし)・子思(しし)、地(ち)を易(か)うれば(※)則(すなわ)ち皆(みな)然(しか)り。

(※)伋……子思の名。
(※)微……身分が低い。
(※)地を易うれば……立場を変えたなら。離婁(下)第二十九章と同じである。言いたいことは同じである。

【原文】
子思、居於衞、有齊寇、或曰、寇至、盍去諸、子思曰、如伋去、君誰與守、孟子曰、曾子・子思同道、曾子師也、父兄也、子思臣也、微也、曾子・子思易地則皆然。


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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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