第7回
20世紀の美術
2016.12.21更新
絵画は意外とおしゃべり。描かれた当時の事件や流行、注文主の趣味、画家の秘密……。名画が発するメッセージをキャッチして楽しむちょっとしたコツをお教えします。
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20世紀に入ると、急速に変化する社会につられるかのように、絵画も新しい表現が求められるようになります。まるでパリが実験場になったかのように、フォーヴィスムやキュビスムなど斬新な技法が提案され、これらが枝分かれするように現代絵画につながっていきます。
■新たな絵画を求めて試行錯誤。誰もが自分の絵画を世に問う
20世紀初頭の絵画界は百花繚乱。芸術の都・パリを舞台に、様々な試行錯誤が繰り返されていました。工業化社会の進展による社会問題や第一次世界大戦が、画家たちの問題意識を刺激。また、政府主導のサロンではなく、自分たちが開催する展覧会に活躍の場が移ったことで、自分が思う芸術を世の中に問いやすい環境が生まれてきます。
それらのうち、特に後世への影響が大きかったのが、フォーヴィスムとキュビスムです。前者は色彩の革命、後者は形態の革命とよばれ、モチーフの色や形を画家の意識によって分解し、画面上に再構成する方法。形や色だけで画面を構成しようとする抽象絵画や、無意識の世界を描くシュルレアリスムは、それらの強い影響のもと生まれてきます。
■10年余の狂乱から生まれた新たな芸術の息吹
のちに「狂乱の時代」ともよばれる1910~20年代のパリは、芸術家の憧れの地でした。印象派の時代に画家たちが集ったモンマルトルは家賃が高騰し、若い画家たちはより家賃が安いモンパルナスへ。外国から来た、自由気ままで束縛を嫌う彼らが追求したその芸術を「エコール・ド・パリ」とよびますが、共通した理論や画風があるわけではありません。ピカソ、シャガール、モディリアーニ、藤田らは、カフェや劇場、ラ・リューシュ(蜂の巣)とよばれたアパートに集い、芸術を語り、恋をして、それぞれの芸術を生み出します。
金融恐慌とそれに続く第二次世界大戦によって、エコール・ド・パリの時代は終わりをつげます。多くの画家がパリを去りましたが、それにより世界各地に新たな芸術の種がまかれました。
■鮮やかな色彩はそのままにフォーヴィスムの先へ向かう
『色彩の魔術師』ともよばれたマティスの代表作のひとつで、画面の大半を占める鮮やかな赤が目をひきます。別名『赤のハーモニー』。一見シンプルに見えますが、色や構図を何度も練り直しています。画面を占める赤い色も、初めは緑だったものを青に、さらに赤へと塗り替えられました。当時身内の不幸に遭遇し落ち込んでいたロシア人コレクターのシチューキンを励ますため、元気を出してもらいたいと塗り直した―― そんな、色の力を駆使したマティスらしい逸話が残っています。
本作を描いた頃マティスは、フォーヴィスム的な色彩の鮮やかさを残しつつも、フォーヴィスムを離れて平面的、装飾的な作風に向かっていました。陰影を廃し単純化された形など、その特徴がよくわかります。
① 平面的な画面
窓や壁、テーブルクロスの境がわかりにくいほど、平面化した画面構成。従来の遠近法や陰影法を無視することで、画面全体が装飾的に見えています。
② アラベスク模様
壁やテーブルクロスを飾るアラベスク模様は、マティスが興味をもっていたイスラム芸術の影響。1906年にアルジェリアを、11、12年にモロッコを旅行したほか、似た柄の織物を愛蔵していたといいます。
③ 赤
色を変えた理由や時期は諸説ありますが、1908年のサロン・ドートンヌに出品する前夜、一夜にして青から赤へ塗り替えたという説が有名。対の作品として制作が始められた『会話』は画面を青が占めています。
④ 食卓というテーマ
食卓は、見る人の疲れを癒すような絵を描きたいと考えていたマティスのお気に入りのテーマ。ただし、写実主義的な初期の作品と本作では描き方が大きく異なります。
⑤ モデル
初期の『食卓』や『給仕するブルターニュ女』に描かれた女性は、娘をもうけた恋人のカロリーヌでした。本作や『会話』に描かれている女性は、妻のアメリーです。
○購入者
本作を購入したのは、マティスら前衛画家の有力な支援者だった、シチューキン。のちに彼をピカソに紹介したのは、マティスだといわれています。
■絵を描く喜びを追求したフォーヴィスムの旗手
1905 年秋のサロン・ドートンヌに出展した作品によって、マティスはフォーヴィスムの旗手とみなされるようになります。形こそ古典的な要素が残るものの、後期印象派の影響を強く受けて色彩は自由奔放。物本来の色から離れて画家が思う色を用い、色彩に画家の思いを語らせるかのようなその絵画は、パリの人々には理解されませんでした。彼らの絵を評価したのはロシアやアメリカのコレクターたちでした。
その後わずか3年でフォーヴィスムは空中分解し、より単純化・デフォルメされた形と自由な色彩を求め抽象美術の先駆けとなります。晩年は世間の評価も高まり経済的に安定するものの、妻や娘がナチスに捕らえられた心痛や病気の影響で体力が低下。切り紙作品を多く制作するようになりました。
※1『帽子の女』1905年/サンフランシスコ近代美術館(サンフランシスコ)
※2『開かれた窓』1905年/個人蔵
※3『ダンスⅡ』1909 ~ 10年/エルミタージュ美術館(サンクトペテルブルク)
※4『ブルーヌードⅠ』1952年/マティス美術館(ニース)
■複数の技法を使い「暴力性」や「恐怖」を描く
その前の数年間、女性関係に翻弄されてほとんど作品が制作できなかったピカソに、内戦中のスペイン共和国政府から壁画制作の依頼が来ます。返事を引き延ばしていたピカソですが、ゲルニカ爆撃のニュースを聞き、突如、制作を開始。約1カ月で完成させました。
モチーフとなったのは実際の事件ですが、それを直接的に描いてはいません。キュビスムやシュルレアリスムにも通じるテクニックを使い、「戦争」「暴力性」「恐怖」「死」「再生」などを象徴的に表現。本人が多くを語らなかったこともあり、描かれたものの意味については、今なお議論が続いています。
公開後長い間、批判的な意見にさらされていた本作。今では「反戦のシンボル」として、巨匠ピカソの傑作として高く評価されています。
○牝牛(左上)
ピカソによれば、暗さや残忍さの象徴。ピカソは1935~37年にかけて牛(ミノタウロス)を多数描いていて、牛は重要なモチーフでした。大の闘牛好きだったことから、牡牛はピカソ自身を表すという説や、無表情なことから不干渉をつらぬくフランス政府の隠喩といった意見もあります。
○死んだ子どもを抱く女(左端)
本作を制作した前後は、『泣く女』が集中して描かれた時期でもあり、その一部は関連が指摘されています。ただし、本作では制作過程で涙を流す表現が無くなるなどの違いも。涙を描かないことで、個人の悲しみではなく普遍的な苦悩を描こうとしたのかもしれません。爆撃の被害者を表すという説が一般的ですが、伝統的な主題であるピエタではないかという説もあります。
○落ちる女
燃えさかる建物から落ちてくる女には、ピカソ自身やスペインを象徴とする説があります。
○灯火を持つ女(中央上)
灯火やロウソクは西洋絵画の伝統では真理やキリストのシンボル。本作も同様とされていますが、正義を表すなどの説も。
○光源と鳥(中央左上)
内部に電球が描かれた光源は神の目を、鳥(馬と牛の間に描かれたモチーフ)は精霊や平和のシンボルとされています。
○馬(中央左)
瀕死の馬は爆撃の被害者や共和国政府を、より普遍的には「弱者」「苦悩する民衆」を表現。
○制作のきっかけ
1937年のゲルニカ爆撃では、スペイン・バスク地方の古都ゲルニカが無差別爆撃にあい、多くの犠牲者が出ます。この出来事に大きな衝撃を受けたピカソは、依頼されていた壁画のモチーフに、この事件を選びます。制作中も内戦のようすを絶えず確認し、構図や描くものを変えていきました。
○制作過程の記録
制作当時に愛人だった写真家のドラ・マールが、制作過程を写真で残しています。
○モノクロな理由
当初は、色のついた紙をカンヴァスに貼り付けて色彩を考えていました。制作32日目の写真に写る紙の色は、紫や金とされます。泣く女には赤で涙が描かれていたとも。完成形の黒白の画面は、新聞で見た写真の劇的な印象の再現なのかもしれません。
■常識や反動勢力と戦い絵画を革新し続ける
複数の角度から見た姿を理論的に画面にまとめて描くキュビスム。その代表として知られるピカソですが、キュビスム的な絵を描いていた期間はわずか。1907年の『アヴィニョンの娘たち』から1914年までとされます。
キュビスム以外にも、ピカソはつきあった女性やプライベートな出来事、世界情勢、アフリカ美術など様々なものの影響を受けて画風を変えながら、名作を生み出し続けました。55歳のときの作品『ゲルニカ』には、その研究の成果が詰め込まれています。第二次世界大戦後は、彫刻や陶芸など幅広いジャンルの芸術に取り組みました。
身近な空間、私的な人間関係にモデルを求めたピカソ。人間の暴力性や欲望に迫ることで、欲望の世紀ともいわれる20世紀を代表する画家となります。
※1『人生 』1903年/クリーヴランド美術館(オハイオ)©2016 – Succession Pablo Picasso – SPDA (JAPAN)
※2『アヴィニョンの娘たち』1907年/ニューヨーク近代美術館(ニューヨーク)©2016 – Succession Pablo Picasso – SPDA (JAPAN)
※3『泣く女』1937年/テート・モダン(ロンドン)©2016 – Succession Pablo Picasso – SPDA (JAPAN)
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