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全文完全対照版 老子コンプリート 野中根太郎 訳

第20回

異俗第二十

2019.01.02更新

読了時間

日本人の精神世界に多大な影響を与えた東洋哲学の古典『老子』。万物の根源「道」を知れば「幸せ」が見えてくる。現代の感覚で読める超訳と、原文・読み下し文を対照させたオールインワン。
「もくじ」はこちら

異俗第二十

20 道に従うと融通のきかない田舎者のように見える

【現代語訳】

学ぶことを絶てば(さかしらな知識、知恵を尊ぶ考えをまったくなくせば)、憂いはなくなる。「はい」と「ああ」と答えるのに、本質的な差がどれだけあるのだろうか。善と悪の差がどれだけあるのだろうか。人々の慎むところは、こちらも慎まなくてはいけないが、それはきりがなく、どこまで慎んだらよいのだろうか、果てしのないことだ。
誰もみんながうきうきとして、歓迎の大ごちそうを楽しんでいるようで、また春の日に高台に登って景色を見ているようだ。私だけ一人、ひっそりと何も動かないで、まるでまだ笑うこともできない赤ん坊のようである。また、くたびれ果てて帰る所のない者のようだ。
誰もみんなが、ゆとりあるのに、私だけが何もかも失ってしまったかのようである。私は愚か者の心のようだ。何もわからない。
世間の人々は輝いているのに、私は一人暗く沈んでいる。世間の人々は、利口で物事がよくわかっているが、私は一人悶々としている。
まるで海のようにたゆまなく、ひゅうひゅうと止まない風のようである。
誰もみんながそれぞれに有能なのに、私だけ融通のきかない田舎者のようだ。ただ、私だけは人と異なり、母なる根本の「道」に養われることを大切にしているのだ。

【読み下し文】

学(がく)を絶(た)てば憂(うれ)いなし(※)。唯(い)と阿(あ)と、相(あ)い去(さ)ること幾何(いくばく)ぞ。善(ぜん)と悪(あく)と、相(あい)去(さ)ること何若(いかん)ぞ。人(ひと)の畏(おそ)るる所(ところ)、畏(おそ)れざるべからず、荒(こう)として、其(そ)れ未(いま)だ央(つ)きざる哉(かな)。
衆人(しゅうじん)は熙熙(きき)として、太牢(たいろう)(※)を享(う)くるが如(ごと)く、春(はる)に台(だい)に登(のぼ)るが如(ごと)し。我(わ)れは独(ひと)り泊(はく)(※)として、其(そ)れ未(いま)だ兆(きざ)さず、嬰児(えいじ)の未(いま)だ孩(わら)わざるが如(ごと)し。纍纍(るいるい)(※)として、帰(き)する所(ところ)無(な)きが若(ごと)し。衆人(しゅうじん)は皆(みな)余(あま)り有(あ)るに、而(しか)るに我(われ)は独(ひと)り遺(うしな)えるが若(ごと)し。我(わ)れは愚人(ぐじん)の心(こころ)なる哉(かな)、沌沌(とんとん)(※)たり。
俗人(ぞくじん)は昭昭(しょうしょう)たり、我(われ)は独(ひと)り昏昏(こんこん)たり。俗人(ぞくじん)は察察(さつさつ)たり、我(わ)れは独(ひと)り悶悶(もんもん)たり。
澹(たん)として其(そ)れ海(うみ)の若(ごと)く、飂(りゅう)として止(とど)まる無(な)きが若(ごと)し。
衆人(しゅうじん)は皆(みな)以(もち)うる有(あ)り、而(しか)るに我(わ)れは独(ひと)り頑(がん)にして鄙(ひ)に似(に)たり。我(わ)れは独(ひと)り人(ひと)に異(こと)なり、而(しか)して母(はは)に食(やし)なわるるを貴(たっと)ぶ。

  • (※)学を絶てば憂いなし……の部分を還淳第十九にくっつけて考える場合もある。ここでいう「学」とは、特に儒家の主張する礼などの学問を指しているようだ。つまらぬ学問などをやめてしまうことで、無為自然の「道」に近づいていき、かえって憂いなどはなくなることを述べている。ただ、老子はすべての学問を否定しているとは思われない。「道」とは何かを考え、教えるのも広く見ると学問の一つといえなくもない。確かに、さかしらな学問、知識、知恵がまかり通りすぎると、人本来の自然な生き方がおかしくなる。その点においては老子の鋭い批判はよく理解できる。中国思想史の研究者の福永光司氏は、「老子の一筋縄でゆかぬ底の深さがここにあり、人を食った不敵さがここにある。彼の諷刺の鋭さも逆説の辛辣さも、彼が知恵の果実を食った〝愚人〟であるところからすべて出てくるのである」としている(『老子(上)』朝日文庫、福永光司著)。
  • (※)太牢……大ごちそう。もともとは、牛、豚、羊の三種の肉がそろった最高の料理のこと(祭祀の供物)。
  • (※)泊……何も動かない。何もしないさま。
  • (※)纍纍……くたびれ果てて元気のないさま。
  • (※)沌沌……混沌と同じ意味。無知。何もわからない。

【原文】

異俗第二十

絕學無憂。唯之與阿、相去幾何。善之與惡、相去何若。人之所畏、不可不畏。荒兮、其未央哉。
衆人煕煕、如享太牢、如春登臺。我獨泊兮其未兆、如嬰兒之未孩。纍纍兮、若無所歸。
衆人皆有餘、而我獨若遺。我愚人之心也哉。沌沌兮。
俗人昭昭、我獨昏昏。俗人察察、我獨悶悶。澹兮、其若海、飂兮、若無止。
衆人皆有以、而我獨頑似鄙。我獨異於人、而貴食母。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術-相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(共に誠文堂新光社)などがある。

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