第2回
1話~3話
2018.01.16更新
【 この連載は… 】 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孫子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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第一章 計篇
1 戦争は国の大事である
【現代語訳】
孫子は言った。戦争とは国家の大事である。国民の生死、国家の存続や滅亡などの分かれ道となる。それゆえによくよく考えなければならない。
【読み下し文】
孫子(そんし)曰(いわ)く、兵(へい)(※)は国(くに)の大事(だいじ)なり、死生(しせい)(※)の地(ち)、存亡(そんぼう)の道(みち)、察(さっ)せざるべからざるなり(※)。
- (※)兵……兵士、軍隊、戦争といった意味があるが、ここでは広く戦争の意味だと解される。
- (※)死生……一般的には軍隊の死生を決める地(死生地)のことを指す。ここでは国の大事の次に書かれているので、大きく国民全体の死生ととらえるべきであろう。なお、「死地」については、後述の第八章(九変篇55話)を参照。
- (※)察せざるべからざるなり……慎重によく考えなくてはならない。なお、「察」には「将来のことを見据える」の意味もあり、そうすると、「よく準備しておかなくてはならない」ということも含まれていると解される。
【原文】
孫子曰、兵者國之大事、死生之地、存兦之衜、不可不察也、
2 戦争は冷静に判断、準備すべきものである
【現代語訳】
したがって戦争に関することは、いたずらに感情に走って判断してはいけない。敵(相手国)と味方(自国)双方の力を計算し、冷静に合理的に考えて決めなければならない。その力の計算をするためには、次の五つの事項(勝つために備えるべき基本条件)を、相手国と自国の双方においてよく実情を調べ、比較しなくてはならない。
五つの事項とは、第一に道、第二に天、第三に地、第四に将、第五に法である。
道とは、よい政治が行われることによって国民の上下すべてに一体感が生まれるようにさせることをいう。国の指導者から国民のすみずみまで心を同じにすれば、皆生死をともに考えるようになるので、危険を前にしても恐れたり、そむいたりしなくなる。
天とは、陰陽、寒暑、時節のこと(時間的条件、社会的情勢)である。
地とは、距離、険しさ、広さ狭さ、軍隊の死生(地理的条件)はどうであるか、などである。
将とは、将軍に(1)智(知恵、はかりごと)、(2)信(まこと、信頼)、(3)仁(部下への愛情、適切な思いやり)、(4)勇(いさましい、勇敢)、(5)厳(おごそか、威厳)が備わっているかどうかを指す。
法とは、軍隊の編成や運用、軍を監督する官僚の地位、職務について、君主と将軍の間で取り決められた軍法などが、よく整備されているかどうかを指す。
およそこの五つの事項については、将軍たる者ならば聞かなかった者などいないはずだが、これらを本当に知っている者が勝ち、よく知らない者が負けるのである。
【読み下し文】
故(ゆえ)に(※)これを経(はか)るに五事(ごじ)を以(もっ)てし、これを校(くら)ぶるに計(けい)を以(もっ)てして、其(そ)の情(じょう)を索(もと)む。一(いち)に曰(いわ)く道(みち)、二(に)に曰(いわ)く天(てん)、三(さん)に曰(いわ)く地(ち)、四(よん)に曰(いわ)く将(しよう)、五(ご)に曰(いわ)く法(ほう)。道(みち)とは、民(たみ)をして上(かみ)と意(い)を同(おな)じくせしむるなり。(※)故(ゆえ)にこれと死(し)すべく、これと生(い)くべくして、危(あやう)きを畏(おそ)れざらしむるなり。天(てん)とは、陰陽(いんよう)(※)、寒暑(かんしょ)、時制(じせい)(※)なり。地(ち)とは、遠近(えんきん)、険易(けんい)、広狭(こうきょう)、死生(しせい)なり。将(しよう)とは(※)、智(ち)、信(しん)、仁(じん)、勇(ゆう)、厳(げん)なり。法(ほう)とは、曲制(きょくせい)(※)、官道(かんどう)(※)、主用(しゅよう)(※)なり。凡(およ)そ此(こ)の五者(ごしゃ)は、将(しょう)は聞(き)かざること莫(な)きも、これを知(し)る者(もの)は勝(か)ち、知(し)らざる者(もの)は勝(か)たず。
- (※)故に……「したがって」「だから」などの意味だが、孫子の中では意味のない接続詞として解されるところもある。
- (※)民をして意を同じくせしむるなり……原文にある「令」は使役の助字であるが、萩生徂俠はこの「令」に孫子の兵法の重点があるとする。
- (※)陰陽……明るさ、暗さ。晴天、雨天。乾湿など。
- (※)時制……四季、時節のこと。なお、「天」とは、現在では広く時間的条件、社会的条件と解するとよく意味がわかる。
- (※)将とは……将軍。軍のトップリーダー。孫子は将軍の備えるべき五つの資質をあげているが、この順番にも意味があるとする人もいる。なるほど、そう考えると意味が深いものがある。勇や厳の先に智、信、仁が重要なのだ。
- (※)曲制……軍隊の編成についての法。
- (※)官道……軍を監督する官僚の職制や権限を定めた法。
- (※)主用……君主と将軍の間に取り決められた指揮、命令系統などの軍法。
【原文】
故經之以五事、校之以計、而索其情、一曰衜、二曰天、三曰地、四曰將、五曰法、衜者令民與上同意也、故可以與之死、可以與之生、而不畏危(※)、天者陰陽寒暑時制也、地者遠近險易廣狹死生也、將者智信仁勇嚴也、法者曲制官衜主用也、凢此五者、將莫不聞、知之者勝、不知者不勝、
(※)而不畏危……この原文から「畏」を除く説もある。なお、一九七二年に中国山東省において発見された竹簡(ちくかん)本では「民不詭」とあった。この文だと「国民が君主を疑わない」と解釈することになる。
3 味方と敵との戦力差を冷静に計算して戦争を考えなくてはいけない
【現代語訳】
それゆえ、先に述べた五つの事項(勝つための備えるべき基本条件)をよく知り、踏まえた上で、さらに正しくそれが充たされているかについて実情を知り、判断するためには、次の七つの具体的な評価の指標を用いるとよい。
- 一、君主はどちらが正しい道に合った政治をし、人心を得ているか。
- 二、将軍はどちらが有能か。
- 三、どちらが天の時、地の利を得ているか。
- 四、法令は、どちらがよく整備され、正しく運用されているか。
- 五、軍隊はどちらが強いか。
- 六、兵士はどちらがよく訓練されているか。
- 七、賞罰はどちらが公明に行われているか。
私は以上のことから、どちらが勝つかを知るのである。
【読み下し文】
故(ゆえ)にこれを校(くら)ぶるに計(けい)を以(もっ)て(※)して、其(そ)の情(じょう)を索(もと)む(※)。曰(いわ)く、主(しゅ)、孰(いず)れか有道(ゆうどう)なる、将(しょう)、孰(いず)れか有能(ゆうのう)なる、天地(てんち)、孰(いず)れか得(え)たる、法令(ほうれい)、孰(いず)れか行(おこな)わる、兵衆(へいしゅう)、孰(いず)れか強(つよ)き、士卒(しそつ)、孰(いず)れか練(なら)いたる、賞罰(しょうばつ)、孰(いず)れか明(あき)らかなる。吾(わ)れ、此(こ)れを以(もっ)て勝負(しょうぶ)を知(し)る。
- (※)校ぶるに計を以て……味方と敵の実情を冷静に合理的に比較する。
- (※)情を索む……味方と敵の状況を正しく知る。
【原文】
故校之以計、而索其情、曰主孰有衜、將孰有能、天地孰得、法令孰行、兵衆孰强、士卒孰練、賞罰孰朙、吾以此知勝負矣、
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