第3回
眠れぬ夜を救った本
2022.01.26更新
現役の書店員、三砂慶明氏による本をめぐる考察。なぜ、本には人生を変えるほどの大きな力があるのか。働くこと、食べること、そして生きること――。本と人生との関わりを解き明かしていきます。『千年の読書』刊行を記念して、本文の一部を公開します。
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大学四年生の冬、志望していた出版社から「本来、入社予定だった人が辞退することになった」と連絡があり、すべりこみで就職できることになりました。やっとのことで入社できた工作社『室内』編集部も二年目で解散することになり、さてこれからどうするかと途方に暮れました。掃除とあいさつ以外、取りたてて役に立たなかった私がすんなり再就職できるわけもなく、家賃が払えなくなったので情けない話ですが、友人の家を転々としていました。
「じっくり探せばいいんじゃない?」
友人たちはそういって口々に励ましてくれましたが、はやく仕事先を見つけたいと気持ちだけがあせりました。お金がなくて仕事もない。しかし、時間だけはたっぷりある。何をしよう。スーパーの買い物袋をさげて、ぶらぶら街中を歩いていると、視界に入ってきたのが図書館でした。
あ、本がある、と思いました。住所がなかったので、図書館のカードはつくれなかったのですが、椅子に座って読むことはできました。図書館の書架の間を歩いていると、読んだことのない本がたくさん並んでいました。小説はすぐに読み終わってしまうので、できるだけ長い時間、読み続けられる哲学書を読むことにしました。地下の書架にあった全集コーナーは静かで、ほとんど誰もまわりにいませんでした。ハローワークからの帰り道、図書館に通って、閉館時間まで一冊一冊、メモを取りながら読んでいきました。さ行まで読み進めたとき、シオランに出会いました。
エミール・シオランは、ルーマニア生まれの作家で、ニヒリズムの思想家としてよく知られています。第二次大戦後、ソヴィエトの支配下になった母国には戻らず、終生、パリで暮らすことを選び、外国語のフランス語で著作を書き続けました。自由に書くことができたルーマニア語とはちがい、フランス語は拘束具のようだとも語っています。言葉に誰よりも自覚的だったシオランは、『告白と呪詛』にこう書いています。
私たちは、ある国に住むのではない。ある国語に住むのだ。祖国とは、国語だ。それ以外の何ものでもない。
この鮮烈な言葉は、故国を失ったシオランにしか書けない文章だと思います。シオランの思想の特徴はとにかく暗いことに尽きます。しかし、その突きつめられた暗さはどこか明るくて、詩のようなアフォリズムとともに中毒性がありました。過激な本の中身もさることながら、シオラン自身の生涯もそれに負けず劣らずユニークです。シオランの研究者、大谷崇の著作『生まれてきたことが苦しいあなたに』には、著作だけでなく、その生涯についても紹介されています。たとえば最初の邦訳書にして代表作となった『歴史とユートピア』は、住む場所がなくなったシオランが不動産屋の女性に献呈したところ、信じられない格安の値段でアパルトマンの部屋を借りることができるようになったとか、シオラン自身への尽きせぬ興味が湧いてきます。いまも忘れられないのは、生涯不眠に苦しんだシオランが『生誕の災厄』に書いた夜の断想です。
ぐっすりと眠った夜は、あたかも存在しなかったかのような夜だ。私たちが眼を閉じることのなかった夜、それだけが記憶に灼(や)きついている。夜とは、眠られぬ夜のことだ。
私は当時、仕事がなく、家もなく、これから先どうしたらいいのかわからなくなって、眠れない日が続いていました。電気を消した部屋で、目を開けているのか閉じているのかもわからないまま、ただ天井を見ていました。不安で寝られませんでした。でも、シオランの言葉に出会うことができてはじめて、そうかこれが夜なのか、と気づかされました。
行き場所と居場所がなくなって、仕事を探すために東京を歩いていると、あたり前のように思っていた日常の風景がしんどくなりました。学校を卒業して、企業に就職し、転職せず、辞令にしたがって定年まで働く。盤石だと思っていた人生すごろくの最初の一コマで、私はいきなり失敗してしまいました。就職氷河期と重なっていたこともあって、元のすごろくゲームに戻るのは容易ではありませんでした。毎日ハローワークに通い、求人票を探し、履歴書を投函し、自己PRをし続けた結果、運良く仕事を見つけることができましたが、私が眠れない夜を乗り切ることができたのは、紛れもなくシオランの『生誕と災厄』を読んだおかげでした。
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