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鈴木一誌×山本貴光 『アイデア No.379 ブックデザイナー鈴木一誌の仕事』刊行記念対談 ページと文体の力と科学

第2回

さまざまな文体を考察する

2017.11.27更新

読了時間

【 この連載は… 】 『アイデアNo.379 ブックデザイナー鈴木一誌の仕事』の発売を記念して行われた鈴木一誌さんと山本貴光さんとのトークイベントをもとに再構成。長きに渡り日本のデザイン界を牽引してきたブックデザイナーの鈴木一誌さんと、著書『文体の科学』で言葉と思考の関係を読み解いた批評家の山本貴光さんとの、どこまでも深い考察。全6回に分けて再現します。(トークイベントは2017年10月14日に青山ブックセンターにて行われました)
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文学的な内容の形式は(F+f) である

山本 本文をいつ発見するかという問いについて、別の角度から材料を提示してみます。夏目漱石は『文学論』でこんなふうに述べています。

「凡そ文学的内容の形式は(F+f) なることを要す。Fは焦点的印象または観念を意味し、fはこれに附着する情緒を意味す。」

『文学論』とは、いまからおよそ110年前に漱石が東京帝国大学で行った講義を元に書かれた本です(現在は岩波文庫や『定本 漱石全集』で読めます)。彼は「文学とはいったい何なのか?」という問題に取り組みました。当時の日本にとって「文学(literature)」という概念は新しいものだったのですね。それでロンドンまで留学して大学の講義に出たり、本を読んだりするもののよくわからない。七転八倒した末に辿り着いたのが、いまご紹介した「文学的内容の形式は(F+f) なることを要す」という捉え方なのです。漱石はいわば古今東西の文学をこの一文で全部押さえようとしたのですね。

日本に戻ってきた漱石は、これを大学の講義で話したようです。聴講した学生は、「前任者のラフカディオ・ハーン先生(小泉八雲)は詩の朗読などを通じて、それがどんなに美しいのかを教えてくれたのに、夏目という男は訳のわからない数式のようなものを持ち出して、文学をメスで切り裂くような真似をしている」(大意)と、そんな評価が残っているくらい、とても不評だったようです(笑)。

しかし、漱石の見立ては役に立つと思います。鈴木さんが言われたことにも通じます。文学とはなにからできているか。漱石は「それは(F+f)だ」 と言いました。Fというのは人間がなにかを認知することです。例えば、目の前にある物を見て「バナナだ」と認知する。他方のfとは、そうした認知に伴って生じる情緒(感情)のことです。バナナを見て「鮮やかな色だな」とか「美味しそう」と感情がわく。要するに、およそ文学と呼ばれるものは、このふたつの要素でできている。

漱石は文学についてそう指摘しました。ただ、この見立ては汎用性が高くて、文学以外でも、例えば、科学論文や法律の文章、あるいは辞書や広告の文などについて考える際にも使えます。文章のなかには、情緒は置いておいて、認識だけ書きましたというものがあります。漱石の言い方ではFだけでできている文章があるということです。例えば掃除機を買うと説明書が入っています。そこには「ほら、この掃除機の吸い取り口は面白い形でしょう? 笑っちゃいますね」とは普通書いてありません。感情の要素は出てこなくて、使い方や部品の名称や保証について淡々と書いてあるだけです。

そこで「いつ文体が生まれるか?」という話に戻ります。この文章についての(F+f)という見立てがおおいに関係していると思うのです。文章がある具体的な本の形として与えられる。これを手にとって読む人には、認識(F)とそれに伴い情緒(f)がわく。例えばこの『事典 哲学の木』という本を開いて読む。このとき目から文字が入ってきます。そしておそらく脳でなんらかの処理がなされて、「『愛』という概念はこういう定義なのか」という認識が生まれる。そこから連想が働いたりして、昔見たウォン・カーウァイの映画を思い出したり、好きだった人のことが思い出されたりして、切なさや甘さやあたたかな気持ちがわいたりもするわけです。

まとめると、物質と言葉の組み合わせから、あるスタイル、文体が生じる。ただしそれは、読み手が手にとって読むとき、認識と情緒という形ではじめて感知される。こういう具合でしょうか。

鈴木 山本さんの説明を受けて思うのは、作品が向こうから読者のほうへ来る、読み手が作品に向かっていく、2方向の動きがすれ違うことで起きる事件が、作品の印象だったり、文体の認識だったりするのだと思います。それに加えて、山本さんの『文体の科学』では科学的認識だけだと思われている文章にも文体があると書かれています。

日常の文体というのはどうなっているか?

【稔 父病気会いたし 至急連絡せよ!!】

 

鈴木 これは40年位前の切り抜きで、新聞広告の尋ね人欄です。失踪した家族への呼びかけです。つまり、文章には必ず呼びかけの要素があるんじゃないか? ここに書かれているのは、最小限の言葉で伝えようという文体が明らかにあるわけです。なにしろ稔と甫さんふたりにしか伝わらない文章ですからね。これと似た文体だと駅の伝言板がありましたが、あれはもはや失ってしまった風景ですね。

山本 生々しいですね。

鈴木 寺山修司が新聞の尋ね人欄を愛読していたのではなかったかな。ひとつひとつの尋ね人が物語を想像させる。身代金誘拐を題材にした映画ではカネの受け渡しにこの尋ね人欄を使ったりしていました。

【相続財産の期限が切れる 急いで連絡して下さい。】

 

鈴木 普通の文章なんだけど、切迫した文体としか言いようがない。

山本 この人を見知らぬ人たちでも気づけるように、外見の特徴が並べられているわけですね。10年前の体重まで書かれています。

(これより、新聞、雑誌等から、さまざまな文章を紹介)

(新聞の経済記事より)
【需給の引き締まりを示す結果と受け止められ、債券買いが広がった。】

鈴木 経済欄の記事ですが、これは山本さんが『文体と科学』でご指摘されているように、誰が書いているのかがまったく見えない。つまり文体というのは、仲間どうしのなかでなにかを隠している部分があるというのが見えてきます。

(新聞の将棋コーナーより)
【対局室は終局の重苦しい空気がよどんで物悲しい。何度経験しても好きになれない。】

鈴木 他にも「どう寄るか……」「もう筋に入っている……」とか、明らかに将棋文体です。

(新聞の囲碁コーナーより)
【白62で打ち掛けとなり、再開後、黒65まで進行したのが午後1時少し前だった。】

鈴木 「打ち掛け」なんてまずわからない。「後悔が少々尾を引いていたかもしれない。ところが大西も緩着のお返しをしてしまう」「食い付きたい」とか、やっぱり独特の文体があります。将棋と似ているようですが、やはり囲碁独特の言い回しがある。

(「週刊つりニュース」より)
【……濁りなし、アカ付き良好のコンディション。……アタリがあり引き抜くと、何と13センチほどのチビアユ。……】

山本 なんだか野坂昭如さんの文体を思い出しました(笑)。

(「東京スポーツ」競馬面より)
【新馬勝ちの好素材】【500万下では足踏みしたが、園田に転入してからは相応の結果を出している。】

鈴木 「前走からひと押しあればトウケイヘイゾウも圏内だし、絞れていればオメガレイノワールが浮上」って、知っている人だけしかわからない文体です。「影さえ踏ませぬ逃げ切りだ」なんていうのはいかにも競馬らしい言い方ですね。

(「夕刊フジ」競輪面より)
【後方からのまくりで1着。準決勝では中団併走のような厳しい形から力でねじ伏せてのまくり1着と、パワー上位であることを示した。】

鈴木 「まくり」という言葉を知らない人はわからないだろうし、「混成ライン」ってなんでしょう。

(「東京スポーツ」競艇面より)
【ド派手なまくり快勝】

鈴木 競艇ですが、これも「まくり」です(笑)。

(求人広告より)
【神奈川に定住しよう! 青森、岩手に凱旋しよう!】

鈴木 求人広告ですが、「神奈川に定住しよう! 青森、岩手に凱旋しよう!」といきなり書かれているけど、なぜ神奈川で、なぜ青森なのか?

(求人広告その2)
【入社お祝い金1万円支給(研修終了後全員に支給)】

鈴木 「コーヒーサービスStaff」とあるが、なんの仕事なんでしょうか? 「黒×ピンクの可愛い制服で働きませんか♪」とある。

(スポーツ新聞のゴルフ面より)
【ゴルフはターゲットスポーツ】【アドレスが何よりも大事だというのはよく言われることです。】

鈴木 「アドレス」なんて言葉はゴルフをやったことがある人じゃないとわからない。他にも「レッドベターに触発され」とかなかなか不思議な言葉もあります。

(スポーツ新聞の運勢面より)
【飲み会や会食など人の集まる場所に出席すれば人の縁から開運する】

鈴木 運勢占いも独特の文体だってことがわかりますね。

(スポーツ新聞の風俗面より)
【ぷち♡専門】【りろ♡ぷち】【いもうと♡初体験】

鈴木 実際にこれを見て女性を呼んで大金を払うわけでしょう? その人にはわかるという文体ですね。

(天理教の経典「おふでさき」)
【よろつよのせかい一れつみはらせど/むねのハかりたものハないから】【そのはづやといてきかした事ハない/なにもしらんがむりでないそや】

鈴木 一転して、天理教の最重要経典です。おふでさきっていうくらいなので、筆の先から文字がしたたっていくような魅力的な文章ですね。

【君はもっとえんりょしなければいけません 6点】

 

『夜露死苦現代詩』(新潮社)より

鈴木 これは都築響一さんの『夜露死苦現代詩』に掲載されていたものです。駄菓子屋さんの点取り占いのくじに書かれていた文章ですが、普通の文章なのにえらくシュールです。これがなぜ6点なのか?

山本 どうしてだろう(笑)。

鈴木 都筑さんが面白いのは、プロの詩人じゃないところに面白い現代詩があるっていう視点を見つけた。プロの書いたものではなくても、文体はそこら中にあります。

(次回、第3回は12月4日(月)更新予定)

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著者

鈴木一誌 × 山本貴光

鈴木一誌:すずき・ひとし ブックデザイナー。1950年東京都生まれ。杉浦康平のアシスタントを12年間つとめ、1985年に独立。映画や写真の批評も手がけつつ、デザイン批評誌『d/SIGN』を戸田ツトムとともに責任編集(2001-2011年)。神戸芸術工科大学客員教授。著書に『画面の誕生』(みすず書房)、『ページと力』、『重力のデザイン』(共に青土社)、戸田ツトムとの共著『デザインの種』(大月書店)など。新刊に初のエッセイ集となる『ブックデザイナー鈴木一誌の生活と意見』(誠文堂新光社)がある。 / 山本貴光:やまもと・たかみつ 文筆家、ゲーム作家。1971年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、コーエーでのゲーム制作を経てフリーランス。モブキャストとプロ契約中。著書に『文学問題(F+f)+』(幻戯書房)、『文体の科学』(新潮社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)、『「百学連環」を読む』(三省堂)。吉川浩満との共著に『問題がモンダイなのだ』(筑摩書房)、『脳がわかれば心がわかるか』(太田出版)。訳書にサレン、ジマーマン『ルールズ・オブ・プレイ』(SBクリエイティブ)など。

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