第1回
はじめに
2018.01.15更新
【 この連載は… 】 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孫子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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はじめに
『孫子』は今も世界中で活用されている。内容を少し読めばわかるが、それは深くて、多くの示唆に富んでおり、しかも面白い。
孫子とは兵法書のことで、『論語』と同じ時代の約二千五百年前の中国で孫武によって書かれた。
しかし、これら二つの古典はそれぞれ違った流れを持つこととなった。
特に日本においては、かなり異なる。
具体的にいうと、論語が日本人の間だけでその内容が深く浸透した教えとなったのに対し、孫子は、以後の歴代の中国統治者のみならず、世界の戦略、戦術書として活用されてきたという側面がある。
現在の中国共産党の指導者のみならず、人民解放軍は孫子を一番の教科書としている。南シナ海やチベット、朝鮮、日本への対処法(尖閣問題、沖縄問題、外交など)を見ながら孫子を読むと、その対処法や手口がよくわかる。
一方、アメリカでもベトナム戦争に敗退したのはなぜかという反省から、孫子の見直しが進み、やはり一番のテキストとして用いられるようになったといわれている(杉之尾宜生+西田陽一訳 マイケル・I・ハンデル著『米陸軍戦略大学校テキスト 孫子とクラウゼヴィッツ』日本経済新聞出版社参照)。
かつてフランスのナポレオンもドイツのヒトラーも孫子を学んでいたが、いつの間にか自分にうぬぼれ、孫子をないがしろにしてしまって、敗れたとの説も有力である。
孫子は今日、世界のビジネス界でも広く活用されている。
アメリカを代表する経営者の一人ビル・ゲイツと、日本を代表する経営者の一人孫正義は、自ら孫子に大きな指針を得ていることを明らかにしている。
のみならず、ハリウッド映画や日本のテレビ、映画、小説、マンガなどでも孫子の引用はひんぱんになされており、その知識があると理解は違ったものになるだろう。
とはいうものの、孫子は、論語のように日本人の血肉となってこなかった。
「それは兵とは詭道なり(戦争とは相手を欺き、裏をかくことである)」という孫子の考え方の一つが、日本人の誠実さ、素直さと合わないところがあったためではないだろうか。
特に第二次大戦前に、この傾向は顕著となった。これは孫子の理解が不十分であったことと、皮相な学歴主義に陥っていった日本のリーダー層の思い上がりであった。先の戦争で日本がガタガタであったのもこの影響が大きかったのではないか。
ところが、日本では敗戦の反省もあり、憲法で戦争の放棄をしたものの、かえって日本人は孫子を学び、ビジネスや人生の指針として多く学ぶようになった。学術書、啓発書などその需要はかなり高い。
しかも、世界は再び、動乱の時代となりつつある。中国の台頭、朝鮮半島の怪しげな動きなどは、その代表例といえる。経済大国となったかのような日本も、こうした世界の動きと関係がないというわけにはいかなくなった。
私たち日本人においてもさらなる孫子の正しい理解と現代的理解が急がれているのである。
こうして、今では外交、戦争のみならずビジネスや私生活においても、孫子の兵法を理解していないと、時代に後れを取ることになりかねないのだ。
そこで本書は、拙著『全文完全対照版論語コンプリート』の編集方針を踏襲(とうしゅう)、全孫子の原文と書き下し文(読み下し文)、やさしくてオリジナルな現代語訳を掲載させてもらうことにした。もちろんていねいでわかりやすい語句解説も加えさせてもらった。なお、訳文をつくるにおいては、これまでの一般的な通説と呼ばれるものを中心に行った。他の有力な学説については、語句解説の中で紹介させていただいた。
また、その上で今回は、最後に訳者である著者自身の解釈による解説もつけさせてもらうことにした。
解説の内容は孫子の成立から現在までの流れ、現代的意義などである。
これによって孫子がいっそう身近なものとなり、いかに身近なものとして活用していくべきかがよくわかるはずである。
本書は孫子の入門書として最適であるとともに、孫子のほとんどが理解でき、いつまでも坐右におくべきものになったと自負している。何度も読むことで孫子の真髄がよく身につくであろう。これも誠文堂新光社の青木耕太郎氏とそのチームのご協力のおかげである。篤くお礼を申し上げたい。
野中根太郞
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