第41回
解説(1)
2018.03.13更新
【 この連載は… 】 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孫子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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一、孫子の全体像
『孫子』は全部で十三篇から成る。
元々は八十余篇ほどあったとか、第十二章の火攻篇と第十三章の用間篇が入れ替わるべきとする説とかがある(内容的に、火攻篇に第一章の計篇と対応して、まとめ的な内容があることや、一九七二年に山東省で発見された前漢時代の竹簡本はそうなっていることなどから)。
本書では、一般的に伝わってきた孫子と通説的見解をまず明らかにするとの基本方針から、これまで通りの構成を採用した。
それにしても、あらためて全体をよく読むとすべてが見事に融合していて、本当にこれ以上のものがあったのだろうかと思えてならない。
そして、十三章すべてを何度もじっくりと読み、全体的に考察してみると、孫子の兵法がよくわかる。
たとえば、吉田松陰は山鹿素行の教えから「兵は国の大事なり」という書き出しは全十三篇を貫いており、すべてを読んでわかるといい、そして計篇と用間篇は率然(第十一章・九地篇93話参照)の関係であること、作戦篇と謀攻篇は併せて読み通すこと、勢篇と虚実篇は一つの串に刺して理解し、地形篇とは一つにして意味があること、などを述べている(『孫子評註』)。
また、いわゆる五事七計のところで、松陰は五事では天と地を分けて論じてあるのに、七計では天地が一緒に書いてあること、五事には法と書いてあるが、七計には法令としてあることにも意味があるのだろうかと問題提起している。松陰の問題提起は、孫子の一字一句をおろそかにしてはいけないことを教えてくれる。
このように、十二篇と十三篇を入れ替えるべきかもしれないが、あまりこだわる必要はなく、全体を絡めながらよく読むこととしたいものである。
その全十三篇の各章を簡単にまとめてみたのが以下の解説である。ただ、何度も念を押しておくが一文一文、一句一句にそれぞれ深い意味があり、しかも全体相互に関連している。だからここではとりあえずの便宜上の整理として捉えてもらいたい。
・第一章 計篇
戦争がいかに国家、国民にとって大事なことかを説く。そして、戦争前の平時にいかにして国家組織、人材、時代の流れなどをよく見て実力をつけるべきであるかという点を述べる。そして、他国との実力比較をすべき具体的な指標を掲げている。正しい情報を得て冷静に計算することで、事前に勝敗がわかるとする。始計篇ともいう。
具体的に戦争となった際には、詭道(きどう)を用いて、敵に勝つようにせよと述べる。
・第二章 作戦篇
戦争は一国の経済に大きな影響を与え、しかも国民の生命、財産を犠牲にする。そのことから日ごろの準備を万全にしておくとともに、短期に一気に勝って終わらせるようにと説く。長期戦を避けることで、経済へ悪影響を及ぼさないようにせよと述べる。
・第三章 謀攻篇
戦争は目的でなく、国と国民の生存と未来の繁栄を築くための手段だとする。だからこそ百戦百勝が最高の勝ち方ではなく、戦わないで勝つための謀りごとが重要だと説く。敵を知り、己を知ることで勝つべくして勝つ法則にしたがうことを教える。
・第四章 形篇
味方は敗けない態勢をつくっておき、敵が敗ける態勢になるのを待って戦い、勝つべくして勝つことを説く。だから勝つべくしていつも勝つ将軍は、名将との評判はたたないものであり、それが本物の将軍であるとする。
・第五章 勢篇
兵士個々の力に頼るのではなく、軍隊全体の勢いによって勝つことがよいとする。また、正法と奇法の組み合わせの妙も教える。
・第六章 虚実篇
味方の実をもって敵の虚を撃つことがよいとする。すなわち味方の軍隊の動きを敵にわからせないようにして主導権を握り、敵の軍隊の行動をこちらの思いのままに操り、兵力を集中することで敵の虚をつき勝利を得ることを教える。こうすることで小でも大に勝てるようになる。
・第七章 軍争篇
戦場に敵よりも先に到着して主導権を握り、有利な態勢をつくるべきである。しかし、いつも先手を取れるとは限らない。そこで敵よりも遅く進発しても、先んじて有利な態勢をつくる方法を教える。
・第八章 九変篇
九種類の臨機応変の対処法を教える。また、利と害を併せ考えることや将軍の陥りやすい五つの危険にも注意を促す。
・第九章 行軍篇
軍の進止や敵情探索など、行軍の際に必要な注意事項を実践的、具体的に述べる。さらにどんなときも絶対に油断してはいけないこと、味方の軍は徳(道義と愛情)をもって接し、法令を厳しく守ることが軍隊を強くする秘訣であるとする。
・第十章 地形篇
まず六つの地形をあげ、それぞれに適した戦い方を実践的に述べる。その上で、軍の統率や敗因となるものを説明する。さらに己を知ることと敵を知ることに加え、天(陰陽、気候、時節)そして地形を知ることの大切さを説く。
・第十一章 九地篇
九地(九つの異なる地形)の特色と、それに応じたそれぞれの戦い方を教える。また、自軍をわざと絶体絶命の窮地に誘導して兵士に決戦をさせる方法について論じる。さらに敵の意図と敵情をよく知り、ここぞというところで一気に勝利を得るべきことを教える(始めは処女のごとく、後(のち)に脱兎のごとく攻撃する)。
・第十二章 火攻篇
火をもって攻撃する際の五通りの方法や、その際の心得を説く。後半は将軍の感情的な行動を戒め、冷静で戦争目的に沿った合理的な判断をすることを教える。
・第十三章 用間篇
スパイの重要性とその用い方を詳しく論じる。スパイを用いて、敵のことをよく知ることが戦争ではいかに大事かを説き、それをうまく使うためには仁、義、智などに優れたトップリーダーでなければならないことを教える。
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