第36回
103話~105話
2018.03.06更新
【 この連載は… 】 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孫子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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103 戦争目的を成し遂げる
【現代語訳】
戦争を行う上で重要なことは、敵の意図を詳しく知ることである。
敵の意図を知り、その進路に合わせて会戦する目的地を決め、千里の遠くであろうとも敵の将軍を討ち取る(殺してしまう)。これを巧みに戦争目的を成し遂げる者という。
だからこそ開戦が決められた日には、関所を封鎖し旅券の効力をなくし、敵国の外交使節の往来を止め、朝廷の宗廟(そうびょう)で厳粛(げんしゅく)に審議した上で軍事決定をする。
敵に隙が見えれば、必ず速やかに攻め入る。敵が大切にしている重要な地を優先目標にするが、これは将軍の胸のうちに秘めておき、敵情に応じて動きながら、ここぞという勝負どころで一気に勝ちにいく。
【読み下し文】
故(ゆえ)に兵(へい)を為(な)すの事(こと)は、敵(てき)の意(い)に順詳(じゅんしょう)(※)するに在(あ)り。敵(てき)に幷(あわ)せて向(こう)を一(いつ)にし(※)、千里(せんり)にして将(しょう)を殺(ころ)す。此(こ)れを巧(たく)みに能(よ)く事(こと)を成(な)す者(もの)と謂(い)うなり。是(こ)の故(ゆえ)に政(せい)挙(あ)がるの日(ひ)(※)、関(かん)を夷(とど)(※)め符(ふ)(※)を折(お)りて、其(そ)の使(し)を通(つう)ずること無(な)く、廊廟(ろうびょう)の上(うえ)に厲(きび)しくして、以(もっ)て其(そ)の事(こと)を誅(せ)(※)む。敵人(てきじん)開闔(かいこう)(※)すれば、必(かなら)ず亟(すみ)やかにこれに入(い)る。其(そ)の愛(あい)する所(ところ)を先(さき)にして、微(ひそ)かにこれと期(き)し、践墨(せんぼく)(※)して敵(てき)に随(したが)いて、以(もっ)て戦事(せんじ)を決(けっ)す。
- (※)順詳……敵の意図をよく知り、それに順応していくこと。
- (※)敵に幷せて向を一にし……この部分はいろいろな読み方がされている。たとえば、「敵は一向(いっこう)に幷(あわ)せて」、「敵を一向(いっこう)に幷(あわ)すれば」、「幷(あわ)せて敵に一(いつ)に向かい」、「敵に幷(あわ)せて向かう先を一一(いつ)にし」などである。意味は変わらない。
- (※)政挙がるの日……これを「まつりごとあがるの日」と読む人や「政(せい)の挙(おこ)なわるる日」と読む人もいる。開戦の決定をすることをいう。
- (※)夷……だめにする。除く。殺す。ここでは「関所を閉鎖する」を意味する。
- (※)符……割り符。旅券。
- (※)誅……とがめること。ここでは外交関係を止め、戦争をすることに軍事決定すること。「誅(さだ)む」と読む人もいる。
- (※)開闔……「闔」とは扉のこと。開闔で、「隙を見せる」の意味。
- (※)践墨……墨を縄(じょうぼく)墨(規則、規範の意)と見た場合、「敵情に合わせて、従っているように動く」の意味となる。「せんもく」とも読む。なお、原文を「剗墨(さんもく)」であるとする説もある。すると、「すっかり黙って」と解することになる。
【原文】
故爲兵之事、在於順詳敵之意、幷敵一向、千里殺將、此謂巧能成事者也、是故政擧之日、夷關折符、無通其使、厲於廊廟之上、以誅其事、敵人開闔、必亟入之、先其所愛、微與之期、踐墨隨敵、以決戰事、
104 始めは処女のごとく見せかける
【現代語訳】
このように、始めは処女のように動いて(おとなしく、しおらしくしておいて)、敵を油断させ、後に(ここぞというときに)脱兎のごとく(急にすばやく)攻撃すると、敵は防ぐことができないのである。
【読み下し文】
是(こ)の故(ゆえ)に始(はじ)めは処女(しょじょ)の如(ごと)くして、敵人(てきじん)戸(こ)を開(ひら)き、後(のち)は脱兎(だっと)(※)の如(ごと)くして、敵(てき)拒(ふせ)ぐに及(およ)ばず。
(※)脱兎……逃げ出すうさぎのこと。行動がすばやいことのたとえ。なお、孫子がここでいいたかったことは、始めは処女のようにおとなしいふりをしながら慎重に敵の情勢をよく探り、かつ味方の準備を怠りなく進め、チャンスを見て一気に攻撃するという「兵とは詭道なり」(第一章・計篇5話)の実践であろう。荻生徂徠は「是戦法の極妙この四句の外さらになし」とまで評価している。
【原文】
是故始如處女、敵人開戶、後如脫兎、敵不及拒、
第十二章 火攻篇(※)
(※)火攻篇……本章を第十二章とし、用間篇を第十三章とするのが一般的であるが、用間篇を第十二章とし、火攻篇を第十三章にする説もある。それは、火攻篇が火攻めのことを述べるとともに、孫子の考える兵法の全体を締める内容があるためである。また、一九七二年に発見された竹簡本も、用間篇の次が火攻篇という並びであった。
105 火攻めにおける五つの種類
【現代語訳】
孫子は言う。およそ火攻めには五つの種類がある。
第一に火人(かじん)、すなわち敵の兵士を焼き討ちにすること。
第二に火積(かし)、すなわち野外に集積されている敵の物資を焼き払うこと。
第三に火輜(かし)、すなわち敵の輜重車(兵器や食糧の輸送をする車や船など)を焼き払うこと。
第四に火庫(かこ)、すなわち敵の物資が貯蔵された倉庫を焼き払うこと。
第五に、火隊(かつい)、すなわち敵の部隊、陣営を焼き払うこと、である。
火攻めを行うには、必ず条件がそろっていなければならない。そして、火攻めに必要な道具や材料は前もって準備しておかなければならない。
火攻めを行うには適当な時があり、適当な日がある。適当な時とは、天気の乾燥したときのことであり、適当な日とは、月が箕(き)・壁(へき)・翼(よく)・軫(しん)の四つの星座にあるときのことである。およそ月がこの四つの星座に宿るときは風が起こる日とされる。
【読み下し文】
孫子(そんし)曰(いわ)く、凡(およ)そ火攻(かこう)に五(ご)有(あ)り。一(いち)に曰(いわ)く火人(かじん)(※)、二(に)に曰(いわ)く火積(かし)、三(さん)に曰(いわ)く火輜(かし)、四(し)に曰(いわ)く火庫(かこ)、五(ご)に曰(いわ)く火隊(かつい)(※)。火(ひ)を行(おこな)うに必(かなら)ず因(いん)有(あ)り。煙火(えんか)は必(かなら)ず素(もと)より具(そな)う(※)。火(ひ)を発(はっ)するに時(とき)有(あ)り、火(ひ)を起(お)こすに日(ひ)有(あ)り。時(とき)とは天(てん)の燥(かわ)けるなり。日(ひ)とは月(つき)の箕(き)・壁(へき)・翼(よく)・軫(しん)に在(あ)る(※)なり。凡(およ)そ此(こ)の四宿(ししゅく)の者(もの)は風(かぜ)の起(お)こるの日(ひ)なり。
- (※)火人……敵兵士を焼くこと。これは焼き殺すより、伏兵などをあぶり出すこととする説もある。なお、通説は第五を「火隊」とし、敵の部隊、陣営を焼くこととみる。いずれにしても、兵士、軍隊を対象としている。孫子の時代は科学が未発達だったということもあろうが、現代の爆撃機、ミサイル、核兵器などのように、戦時において一般人を対象にすることはないと考えていたと思われる(根底に民衆の生命、財産こそ一番大事にすべきとの思想があったから)。いわゆる「火民」という概念はなかったのだ。今後、孫子の思想を徹底し、「火民」は絶対許されるべきではないという戦争ルールをつくりあげることが人類に課された大きなテーマであろう。
- (※)火隊……通説は本文のように解している。これに対して原文の「隊」は「墜」、あるいは「隧」であるとする説も有力である。そうすると敵にとって重要な橋などの敵の行路を焼くという意味となる。
- (※)煙火は必ず素より具う……一九七二年に発見された竹簡本では、原文の「煙火」が「因」の一字のみであった。
- (※)月の箕・壁・翼・軫に在る……「月」は「宿」の間違いとする説もある。宿とは星座のこと。全体の意味は変わらない。箕、壁、翼、軫は太陽の通る赤道を二十八に区分した二十八宿の中の四宿星である。そこに月が入る日のことをいう。孫子はこれらの日は、大風が吹きやすいと考えた。
【原文】
孫子曰、凢火攻有五、一曰火人、二曰火積、三曰火輜、四曰火庫、五曰火隊、行火必有因、𤇆火必素具、發火有時、起火有日、時者天之燥也、日者⺼在箕壁翼軫也、凢此四宿者、風起之日也、
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