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本当の「心の強さ」ってなんだろう?

第5回

ネガティブな感情にもちゃんと意味がある

2021.08.27更新

読了時間

  勉強での失敗、友だちづきあい、コンプレックス、将来への不安・・・。学校では教えてくれない人生の逆境を乗り越える方法を伝授! 本書の刊行を記念して、本文の一部を公開いたします!
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ネガティブな感情にもちゃんと意味がある

 心の問題を語るときによく出てくるのが、「ポジティブ(positive)」と「ネガティブ(negative)」という言葉です。
 ポジティブとは、「肯定的」「積極的」「楽観的」という意味。
 ネガティブはその対義語で、「否定的」「消極的」「悲観的」という意味。
 どんなものごとも、見方、とらえ方で、ポジティブにもなり、ネガティブにもなります。
 たとえば、「生意気」というと短所のように聞こえますが、「物おじしない」といえば長所ととらえることができますね。
 同じように、「しつこい」ことは「ねばり強い」ことであり、「落ちつきがない」ことは「行動的」なことであり、「おせっかい」は「面倒見がいい」と言い換えることができます。
 同じことでも、見方を変えることで、とらえ方は変わります
 どんなことに対しても、否定的なほう、消極的なほう、悲観的なほうにばかり考えてしまう人は、ネガティブな思考のクセがある、ということです。

 心のバランスを整えるには、ものごとをネガティブに考えすぎず、できるだけポジティブにとらえようとすることが大切です。
 ただし、間違えてはいけないのは、ポジティブに考えるとは「ネガティブな感情」を抑えつけることではない、ということです。
 ネガティブな感情とは、怒り、憎しみ、悲しみ、不安、恐怖、嫉妬、絶望……といった負の感情、マイナス感情のことですが、そういう感情を「これはネガティブだからよくない」と抑えつけようとしたり、なかったことにしようとしたりしてはダメです。
 負の感情にも役割がある。生きるうえで意味があることだから、あるのです。

 負の感情のなかでも、もっとも本能的といわれているのが不安や恐怖です。
 もし、不安が何もなければ、怖いことが何もなければ、穏やかで幸せな生活ができそうな気がしますよね。
 ところが、そうじゃないんです。
 病気や事故で脳が損傷を受け、前頭葉のある部分に障害が起きると、不安をまったく感じなくなってしまうことがあるそうです。すると、その人は日常のごく当たり前のことができなくなってしまう。
 たとえば、コンロの火をつけっぱなしにしては危険だということがわからなくなる。火をつけたことを覚えていられない。「火をつけたから、気をつけなくては」という意識がはたらかないので、脳が記憶しておこうとしなくなってしまうのです。
 信号も守れない。赤信号のときに車道に飛び出したら危ないということがわからないからです。
 不安や恐怖の感情には、危険やよくないことを知らせるアラームの役割があるのです。
 だから、不安をまったく感じなくなると、危険が身に迫っていても気づけなくなってしまう。安全に生きていくための能力が欠落してしまうのです。
 不安や恐怖の感情がわくことで、危険を回避するための回路がいろいろつながって、はたらいているんですね。

 憎しみ、嫉妬、絶望といった「こんな感情、なければいいのに」と思うようなことにも、やはり意味があるんです。
 それを味わって深く悩んだり苦しんだりすることで、またこういうことがあったら、どうしたらいいかを考えられるようになります。
 こういう気持ちを味わわなくて済むようにするには、何ができるかについても考えられるようになります。
 ほかの人のそういう苦しい感情を理解することもできるようになります。
 いろいろな感情を味わうことで、人は「心の奥行き」を深めていく、心豊かになっていくのです。
 ですから、感情そのものを無理やり抑えつけたり、否定したりしてはいけません。
 感情をコントロールするとは、その感情にのまれて心のバランスが激しくくずれてしまう状態を立て直すこと。
 感情で感情はコントロールできません。
 だから、理性や意志の力、思考と行動の力を使って調整するのです。

「どんなときもポジティブ」である必要はない

 自分のことを「ネガティブなことばかり考えてしまう」と思っている人は、「ポジティブにならなくてはいけない」と思って、「がんばってポジティブになろう」とします。
 でも、それってむずかしくありませんか?
 どんなときも、つねにポジティブであろうとムリしなくていいんです。
 ネガティブな感情を「よくないもの」として否定するところからは、さらなるネガティブしか生まれません。
「こんな感情をもってしまう自分は、なんてダメなんだろう」
「こんなこともできない自分は、やっぱりダメだ」
 これでは負の連鎖が進んでしまいます。
 無理して感情を抑制することで、反動が出て、心の病に発展してしまう人もいます。
 ネガティブ感情はあっていいのです。それはそれとして受け入れる。

 ぼくは、ネガティブとポジティブの中間に「ニュートラル」という状態がある、と考えています。
 ニュートラルとは、中立、どちらにも偏らない状態のことです。
 ネガティブな感情を一気にポジティブに転換するのがむずかしいときは、「とにかくニュートラルに戻そう」とすればいいのです。
 たとえば、受験に失敗してしまったとか、失恋してしまったというとき。
 落ち込む、悲しむ、くやしがる気持ちがわくのは当然のことです。その感情を抑える必要はないんです。思いっきり落ち込んだり、泣いたりすればいいんです。
 ただし、その感情にいつまでもひたっているのはよくない。その状態をずっと引きずったままだと、次に進めませんからね。
 ネガティブ感情を思いっきり吐き出したら、マイナスでもプラスでもない状態、ニュートラルな状態に自分を立て直す。
 まずは一旦立ち止まり、ニュートラルな状態で落ちつきを取り戻す。
 そこから思考と行動で、心のバランスを整えていく。
 どうしたら穏やかな気持ちで過ごせるようになるか、工夫するのです。
 受験に失敗した自分、失恋した自分を受け入れ、いまの自分を肯定するものの考え方を意識し、新たに前を向いて歩きだせばいいのです。
 ぼくの知り合いのウズベキスタン人の男性が、ある日、雑談で「じつは彼女と別れたんです」と言うので、「それはつらいね」となぐさめると、「大丈夫! バスはまた来る!」と言って、ニッコリ笑いました。
 いきなりポジティブになれなくても、まずはニュートラルに戻せばいい。
 無理して「ポジティブにならなきゃ」というのではなく、「一旦ニュートラルに戻す」という発想をもつと、自然なかたちで心を整えやすくなります。

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著者

齋藤 孝

1960年静岡県生まれ。明治大学文学部教授。東京大学法学部卒。専門は教育学、身体論、コミュニケーション技法。『身体感覚を取り戻す』(NHK出版)で新潮学芸賞受賞。『声に出して読みたい日本語』(草思社)で毎日出版文化賞特別賞を受賞。『語彙力こそが教養である』(KADOKAWA)、『大人の語彙力ノート』(SBクリエイティブ)などベストセラーも多数。著書発行部数は1000万部を超える。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」総合指導。

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