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本当の「心の強さ」ってなんだろう?

第4回

心は「経験」で成長する

2021.08.20更新

読了時間

  勉強での失敗、友だちづきあい、コンプレックス、将来への不安・・・。学校では教えてくれない人生の逆境を乗り越える方法を伝授! 本書の刊行を記念して、本文の一部を公開いたします!
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心は「経験」で成長する

 生まれたときには、人の脳は本能的、生理的なことしか処理できません。
 赤ちゃんはおなかがすくと泣き、おむつが気持ち悪くなると泣きます。
 まだ言葉ももたない、考える力ももたない赤ちゃんは、不快なことや恐怖を感じることがあると、泣くことで知らせます。
 快・不快の気分をつかさどる脳は、赤ちゃんのときから機能している本能的な脳、だれもが生まれもっているもの、人間以外の動物ももっているものです。

 一方、大脳辺縁系でわきおこる感情をコントロールするのは前頭葉の「前頭前野」で、ここはとくに人間において高度に発達している部位。機能としてはだれにもそなわっていますが、どのくらいよく機能させられるようになるかは、成長段階でいろいろな経験を通じて、どれだけ学習していくか、にかかっています。
 きみたちも覚えているでしょう? 子どものころから「ガマンすること」をいろいろなかたちで教えられてきましたよね。
「欲しくても、ほかの子のものを取ってはいけません」
「自分だけが楽しむんじゃなくて、順番にみんなが楽しく遊べるようにしようね」
「ゲームは宿題が終わってからにしなさい」
「電車やバスのなかで走りまわらないこと。お年寄りや身体の不自由な人には席を譲りましょう」
 などなど。自分の気持ちを一方的に押し通そうとしないこと、衝動をセーブすることを教え込まれます。
 辺縁系と前頭前野とのあいだでこまめに情報がやりとりされるようになることで、感情を調節していく回路が活性化していきます。ただ厳しく言われるだけではなく、感情をコントロールできるとそれがいい結果につながり、快感が得られることを実感として味わうことで、その回路が活性化されていくというしくみになっているのです。
 感情をコントロールすることは、人としての成長のひとつの基準です。
 成長過程で、さまざまな経験をしながら、「感情コントロール回路」を強化していく。
「情」をつかさどる脳が本能的なものであるのに対して、「知」や「意」をつかさどる脳の機能をバランスよくはたらかせていくというのは、後天的に身につけていくことなのです。
 生まれつき、「知情意」の調和がとれている人はいません。
 生まれつき心の強い人、メンタルの強い人はいないんですね。
 心というのは、「経験」を積むことで育まれていくものなのです。

『オズの魔法使い』という物語があります。
 主人公のドロシーが、旅の途中で知り合った仲間とともに冒険をするお話です。
 出会ったとき、仲間になるメンバーは、それぞれ「何か」を欲しがっています。
 かかしは、自分でものを考える脳みそが欲しい、と言います。何かを知ろうとする、考えようとする賢さが欲しい。「知」を、「考える心」を求めています。
 ブリキのきこりは、ものを感じる心が欲しい、と言います。「情」を、「感じる心」を求めているのです。
 その次に出会ったのはライオン。ライオンといえば百獣の王として恐れられる存在ですが、このライオンはおくびょう者。勇気を、強さを欲しがっています。「意」の力、「現実を動かす心」を求めているのです。
 オズの魔法使いならば、それぞれが欲しがっているものを与えてくれるのではないかと期待しています。
 しかし、それを与えてくれたのは魔法使いではありませんでした。互いに助け合って苦難を乗り越える冒険の旅という経験を通して、それぞれは手に入れたがっていたものをいつしか身につけていくのです。
 そして頼りない仲間たちは、いつのまにか頼もしい仲間たちになっているのです。

 心の成長は、「経験」で育まれるのです。
 いろいろな経験を通して、「こういうときはどうしたらいいか」を知ったり考えたりすることで、対処法を身につけ、それが自分の知恵になり、勇気になる。現実を生きていくための力になっていくのです。

性格のせいじゃない、それは「心のクセ」

 一流のスポーツ選手、天才アスリートと呼ばれるような人は、メンタルが強くてすごいなあと思いますよね。
 でも、みんな最初からメンタルが強かったわけではありません。
 たとえば、2019年にプロ野球選手を引退したイチロー(1973年~)さん。
 その精神力の強さにはだれもが感服しますが、イチローさんにしても特別なメンタルをもって生まれついたわけではありません。
 うまくできないこと、失敗、挫折、いろいろ苦しんだりもがいたりする経験をして、自分の野球道を見つけ、あのような「イチローイズム」を獲得していったのです。

 心が強くなりたいという気持ちをもちながらも、「弱いのは性格だから仕方ない……」と思い込んでいる人が世の中にはたくさんいます。
 この「性格だから」というのがくせ者なんです。
 性格というと、なかなか変えられそうにないイメージがあります。「性格だから」というのは、自分をしばりつけてしまう呪いの言葉みたいなものだとぼくは思いますよ。
 性格といわれている資質のほとんどは、ものの考え方や行動パターンなどの「心のクセ」です。
 クセは、意識すればいくらでも直せます。どんどん変えていけるものなのです。

 いろいろなことによく気づく感受性の鋭い人は、神経質で傷つきやすいことが多いです。繊細さは、変えようとして変えられるものではありません。感じやすい心を、感じにくくなるようにすることなんかなかなかできないですよね。
 でも、思考のクセを変えることで、「起きたことをあまり気にしないようにしていく」ことはできます。
 ものごとの受けとめ方を意識して変えることで、気にしすぎてしまうところ、クヨクヨして引きずってしまうところを変えていくことならできるのです。
 心のバランスを偏らせている「心のクセ」を直すんです。
 たとえば、友だちから返信がなかなか来ない。「既読」にもならない。「ヘンなことを言っちゃったんだろうか」とか「嫌われているのかも?」などと考えるのではなく、「きっといま忙しいんだろうな」と考えるようにする。
 感受性が鋭くて神経質な資質そのものは変わらなくても、ストレスを減らすことはできる。そうすると、心の負担はかなり軽くなります。
 考え方のクセ、心のクセが変わると、ものの見え方も変わるので、心のありようも変わります。
 資質は変わらなくても、考え方を変えれば、人は変われます。
 ですから、「これが弱さの原因かな」と思う部分があったとしても、「性格だから仕方ない」なんて決めつけないほうがいいです。
 メンタルの強さは、自分の心のバランスを整えることを、どれだけはっきり意識し、実践できるかにかかっています。

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著者

齋藤 孝

1960年静岡県生まれ。明治大学文学部教授。東京大学法学部卒。専門は教育学、身体論、コミュニケーション技法。『身体感覚を取り戻す』(NHK出版)で新潮学芸賞受賞。『声に出して読みたい日本語』(草思社)で毎日出版文化賞特別賞を受賞。『語彙力こそが教養である』(KADOKAWA)、『大人の語彙力ノート』(SBクリエイティブ)などベストセラーも多数。著書発行部数は1000万部を超える。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」総合指導。

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