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本当の「心の強さ」ってなんだろう?

第6回

大事なのは「強度」より「柔軟性」

2021.09.03更新

読了時間

  勉強での失敗、友だちづきあい、コンプレックス、将来への不安・・・。学校では教えてくれない人生の逆境を乗り越える方法を伝授! 本書の刊行を記念して、本文の一部を公開いたします!
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大事なのは「強度」より「柔軟性」

 この本の冒頭で、みなさんに目指してもらいたいのは「鋼」のようなメンタルではなく、「柳」のようにしなやかに立ち直れるメンタルだ、と言いました。
 鋼は硬くて強い。傷つくことのない強靭な精神力のたとえとして、イメージしやすいです。でも、鋼ってじつは想定外の衝撃に弱いんですよ。
 素材として硬さが増すと、強度は上がりますが、反面、ねばり強さ(靭性)が失われるので、限界を超える強い負荷がかかると、折れてしまうのです。
 ですから、建造物をつくる際には、用途に応じて鋼材の硬さを調節したり(強度を抑えると、しなやかさが出て折れにくくなる)、環境のなかで起きるさまざまな衝撃に対応できるよう、柔軟性のある構造にしたりしているのです。
 素材としての強度だけ強くても、本当の強さにはならない、ということです。
 地震も起きれば台風も来る、そんな自然環境における不測の事態にも対応できるようにするには、硬さとしなやかさのバランス配分が大事。柔軟性が不可欠なのです。

 人間も同じです。
 心を強くすることだけを意識しすぎると、「揺るがぬ強さ」をもつことがいいような気がしてしまいます。けれども、揺るがないことは、想定外のことが起きたときに対応できないので、折れたり倒れたりする原因になります。
 どんな状況であってもグーッとしなりながら受けとめるような強さ、大きく揺れても折れずに戻れる強さこそが大切なのです。
 心をもとに戻す力を「復元力、レジリエンス」ともいいます。
 固い信念をもつこと自体は、もちろん悪いことではありません。しかし、ぼくらをとりまく状況は、つねに変動しています。いろいろなことが変わっている、それが世の中です。
 状況が変われば、考え方もそれに応じて変えていかなくてはならない。
「信念を貫く」と言うと、とても聞こえがいいですが、言い換えれば「頑として考え方を変えない」ということになります。ただひとつの考え方だけにこだわりつづけるのは、頑固なだけです。
 自分のなかの「知」をアップデートし、「情」の感知力をとぎすませ、いま何を「意」としていくのがいいのか、揺れ動くなかで考えつづけ、自分を立て直していく。
 自分のバランスのくずれを、3本柱でしっかり安定させるように立て直す。それができるためには、柔軟でなければいけないのです。

 ときどき、メンタルの強さを称賛するのではなく、ちょっとうんざりした感じで、
「あの人は鋼メンタルだから……」
 というような言葉を耳にすることがあります。
 何があっても動じないマイペースさが、人を無視した鈍感さや図々しさとしてあらわれていることを指しているんだと思います。
 それは、きみたちが目指すべき強さではありません。
 心は目には見えませんが、その人の心のありようは、態度や言葉から伝わってきます。
 そこに、理性ある思考力「知」がはたらいているか。
 誠意やまごころという「仁」があるか。
 正しい意志のもと、勇気ある行動力「勇」があるか。
 ぼくは、真の強い心とは、「知仁勇」もそなわっているものであってほしいと思っています。

心の調整法、もうひとつは「行動」から変える

 心のバランスを整える方法として、ひとつは「心のクセ」を直す、つまり「思考を変える」ことだというのは、もう説明しましたね。
 じつは、もうひとつ方法があります。
 それは「行動を変える」こと。
 考え方を変えることで、ものの見え方やとらえ方が変わり、行動も変わるという流れの逆で、先に行動を変えてしまうんです。

 普通、笑顔になるのは、うれしいことや楽しいこと、おもしろいことがあって、気分がはずんでいるときです。
 ものごとがうまくいかないとき、悩みや困りごとがあるとき、不愉快な沈んだ気分のときには笑顔は出ません。
 そんなとき、あえて笑顔のときのように筋肉を動かすのです。
 具体的に言うと、
 ①肩甲骨をぐるぐるっとまわして肩の緊張をゆるめる
 ②みぞおちを押して、固くなっていたら手で押してゆるめる
 ③口角を上げて、ニコッとするときの表情筋の動かし方をする
 本心から笑顔でなくても、笑顔の身体にすることで、脳は不安な感情をしずめるんです。不安アラームを鳴らさなくなる。だから心が落ちついてくる。
 心が不安でざわついていなければ、けっこう冷静に「さあ、どうしたらいいか」が考えられるものなんです。
 わりばしをヨコ向きにくわえるだけで、口角が上がって、前向きな気持ちになれる、という心理学の実験もあります。

 やる気が出なくて勉強にまったく集中できないというときも、やる気がわいてくるのを待つのではなく、「とにかく15分は絶対にほかのことをしない」で、計算問題を解くとか、英単語を覚えるとか、やるんです。深く考えなきゃいけないことよりも、ひたすら作業をするほうがいいです。
 15分間それをやると気が散りにくくなって、その後も勉強を継続できるようになります。
 やる気が出るのを待つんじゃなくて、行動から入る。「やる気を迎えに行く」のです。
 飽きやすい人は、5分でもいい。5分やるだけで心の流れが変わります。
 メンタルを整えるには、「思考から変えていく」方法と、このように「行動から変えていく」方法、ダブルの道があることを、ぜひ覚えておくといいですよ。

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著者

齋藤 孝

1960年静岡県生まれ。明治大学文学部教授。東京大学法学部卒。専門は教育学、身体論、コミュニケーション技法。『身体感覚を取り戻す』(NHK出版)で新潮学芸賞受賞。『声に出して読みたい日本語』(草思社)で毎日出版文化賞特別賞を受賞。『語彙力こそが教養である』(KADOKAWA)、『大人の語彙力ノート』(SBクリエイティブ)などベストセラーも多数。著書発行部数は1000万部を超える。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」総合指導。

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