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第80回

189〜191話

2021.07.15更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孟子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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13‐1 老人を大切に扱う王者の政治


【現代語訳】
孟子は言った。「伯夷は殷の紂王の暴政を避けて、北海の浜辺に隠れ住んでいた。しかし、周の文王が立ち上がって王者の政治を始めたのを聞いて言った。『どうして、文王のもとに身を寄せないでいられようか。私は西伯である文王が、よく老人を大切に養ってくれる方だと聞いている』と。太公望も、紂王を避けて、東海の浜辺に隠れ住んでいた。しかし、周の文王が立ち上がって王者の政治を始めたのを聞いて言った。『どうして、文王のもとに身を寄せないでいられようか。私は西伯である文王が、よく老人を養ってくれる方だと聞いている』と。伯夷と太公望は、天下の人々が長老と仰ぐ人たちであった。この天下の父ともいうべき人たちが文王のもとに身を寄せたのである。天下の父が文王に身を寄せた以上、その子というべき天下の人々は、文王のところ以外のどこに行くところがあるというのか。このように、今の諸侯のなかで、もし文王のような王者の政治、つまり仁政を行う者がいたとすれば、七年もしないうちに、必ず政を天下に行う王者となるに違いない」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、伯夷(はくい)(※)は紂(ちゅう)を辟(さ)けて、北海(ほっかい)の浜(ほとり)に居(お)る。文王(ぶんおう)作興(さっこう)す(※)と聞(き)き、曰(いわ)く、盍(なん)ぞ帰(き)せざるや。吾(わ)れ聞(き)く、西伯(せいはく)(※)は善(よ)く老(ろう)を養(やしな)う者(もの)なり、と。太公(たいこう)(※)は紂(ちゅう)を辟(さ)けて、東海(とうかい)の浜(ほとり)に居(お)る。文王(ぶんおう)作興(さっこう)すと聞(き)き、曰(いわ)く、盍(なん)ぞ帰(き)せざるや。吾(わ)れ聞(き)く、西伯(せいはく)は善(よ)く老(ろう)を養(やしな)う者(もの)なり、と。二老(にろう)は天下(てんか)の大老(たいろう)なり。而(しか)して之(これ)に帰(き)す。是(こ)れ天下(てんか)の父(ちち)之(これ)に帰(き)するなり。天下(てんか)の父(ちち)之(これ)に帰(き)せば、其(そ)の子(こ)焉(いずく)にか往(ゆ)かん。諸侯(しょこう)にして文王(ぶんおう)の政(まつりごと)を行(おこな)う者(もの)有(あ)らば、七年(しちねん)の内(うち)、必(かなら)ず政(まつりごと)を天下(てんか)に為(な)さん。

(※)伯夷……公孫丑(上)第二章十参照。なお、本章の話は、尽心(上)第二十二章にも出てくる。
(※)作興す……立ち上がる。ここでは、立ち上がって王者の政治を始めること。
(※)西伯……文王のこと。当時、紂が命じて西方諸侯の長としていたので、西伯とも呼ばれていた。
(※)太公……太公望呂尚のこと。周(文王の子、武王のとき)の軍事指導者とされた。軍事に関する書『六韜(りくとう)』の著者とされていたが、今は、後世の作といわれている。後に斉に封じられ、その始祖となった。釣りをしていた逸話から日本では「太公望」とは、釣りを指す言葉となっている。

【原文】
孟子曰、伯夷辟紂、居北海之濱、聞文王作興曰、盍歸乎來、吾聞西伯善羪老者、太公辟紂、居東海之濱、聞文王作興曰、盍歸乎來、吾聞西伯善羪老者、二老者天下之大老也、而歸之、是天下之父歸之也、天下之父歸之、其子焉徃、諸侯有行文王之政者、七年之內、必爲政於天下矣。

 

14‐1 民のことを考えず、君主の利だけを充たそうとする臣は罪深い


【現代語訳】
孟子は言った。「孔子の弟子の冉求(ぜんきゅう)が季孫氏(きそんし)の家老となったが、季孫氏の悪徳を改めることをしないだけでなく、領民からの租税をそれまでの倍とした。孔子は言った。『求はもはや我が弟子ではない。門人たちよ、求を責める鼓を鳴らして彼を攻撃していいぞ』と。このことを見てわかるように、君主が仁政を行わないのに、その臣下が諫めることもなく、租税を上げるなどして君主だけを富ますようなことをする者は、皆、孔子に見捨てられる者である。ましてや、君主の欲望を満たすために強引に戦争を仕掛け、土地を争奪する戦いのために、野に満ちるほど人が死に、城を争って戦い、城がいっぱいになるほど人を死なせるというのは、さらにもっと孔子に見捨てられる者といえる。土地のために多くの人が死ぬというのは、土地を率いて土地に人の肉を食べさせるようなものである。その罪たるや死んでもつぐなうことはできない。ゆえに、戦争の上手な者は、一番重い罪に服させ、諸侯を連合させて戦争を起こさせる者は、その次の重い罪に服させ、未開の荒れた土地を開拓して民に割り当て、そこから租税をあげようとする者は、さらに次の重い罪に服させなければならない」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、求(きゅう)(※)や季氏(きし)(※)の宰(さい)と為(な)り、能(よ)く其(そ)の徳(とく)を改(あらた)めしむる無(な)く、而(しか)も粟(ぞく)を賦(ふ)する(※)こと他日(たじつ)に倍(ばい)せり。孔子(こうし)曰(いわ)く、求(きゅう)は我(わ)が徒(と)に非(あら)ざるなり。小子(しょうし)鼓(つづみ)を鳴(な)らして之(これ)を攻(せ)めて可(か)なり、と。此(これ)に由(よ)りて之(これ)を観(み)れば、君(きみ)仁政(じんせい)を行(おこな)わずして之(これ)を富(と)ますは、皆(みな)孔子(こうし)に棄(す)てらるる者(もの)なり。況(いわ)んや之(これ)が為(ため)に強戦(きょうせん)(※)し、地(ち)を争(あらそ)いて以(もっ)て戦(たたか)い、人(ひと)を殺(ころ)して野(の)に盈(み)て、城(しろ)を争(あらそ)いて以(もっ)て戦(たたか)い、人(ひと)を殺(ころ)して城(しろ)に盈(み)つるに於(お)いてをや。此(こ)れ所謂(いわゆる)土地(とち)を率(ひき)いて人(ひと)の肉(にく)を食(は)ましむるなり。罪(つみ)、死(し)に容(い)れず。故(ゆえ)に善(よ)く戦(たたか)う者(もの)(※)は上刑(じょうけい)に服(ふく)し、諸侯(しょこう)を連(つら)ぬる者(もの)は之(これ)に次(つ)ぎ、草萊(そうらい)を辟(ひら)き土地(とち)に任(にん)ずる者(もの)は之(これ)に次(つ)ぐ。

(※)求……孔子の弟子の冉求のこと。いわゆる孔門の十哲の一人(『論語』の先進第一参照)だが、『論語』では、孔子に𠮟られる箇所が多い。性格的に大人しいところがあったが、子路とともに政治向きの才があったとされる。
(※)季氏……魯の大夫・季孫氏。孔子の時代、権力ある大夫の孟孫氏、叔孫子とともに魯の三卿(さんきょう)とも言われ、いずれも桓公の子孫ということから三恒(さんかん)とも言われた。なかでも季孫氏は一番有力で富も国の半分近くを占めていたという。なお、孟子は、孟孫氏の子孫であるとの説もある。
(※)粟を賦する……穀物を租税として民に割り付け、取り立てること。
(※)強戦……強引に戦争を仕掛けること。
(※)善く戦う者……戦争の上手な者。『孫子』でもよく使われる言葉。具体的には孫臏(そんびん)や呉(ご)起(き)のような人を指すとするのが朱子などの通説である。同じく、「諸侯を連ぬる者」は蘇(そ)秦(しん)や張(ちょう)儀(ぎ)などを指し、「草萊を辟き土地に任ずる者」は李悝(りかい)や商鞅(しょうおう)のような人を指すと解されている。しかし、そこまで孟子が具体的に考えたものであるとはにわかにはいえないと思う。また、吉田松陰は次のように言う。「孟子(もうし)の意(い)は、仁政(じんせい)を行(おこな)わずして、此(こ)の三者(さんしゃ)を主(しゅ)とするの非(ひ)を云(い)うなり」(『講孟箚記』)。私も同じように考える。

【原文】
孟子曰、求也爲季氏宰、無能改於其德、而賦粟倍他日、孔子曰、求非我徒也、小子鳴鼓而攻之可也、由此觀之、君不行仁政而富之、皆棄於孔子者也、況於爲之強戰、爭地以戰、殺人盈野、爭城以戰、殺人盈城、此所謂率土地而食人肉、罪、不容於死、故善戰者服上刑、連諸侯者次之、辟草萊任土地者次之。

 

15‐1 目を見ればその人の本心がわかる


【現代語訳】
孟子は言った。「人間にあるもののなかで、瞳(ひとみ)ほどその人がどんな人物かを表すものはない。瞳はその人の心のなかに悪があるとき、その悪を覆い隠すことはできない。胸のなかの心が正しければ、瞳ははっきりと澄んでいる。胸のなかの心が正しくないときは、瞳は暗くてにごっている。だから、その人の言葉をよく聞いたうえで、その瞳をよく見ると、その人の胸のなか、心がよくわかる。その人が隠そうとしても、隠し通すことはできないのである」。

【読み下し文】
孟子(もうし)曰(いわ)く、人(ひと)に存(そん)する者(もの)は、眸子(ぼうし)(※)より良(よ)きは莫(な)し。眸子(ぼうし)は其(そ)の悪(あく)を掩(おお)うこと能(あた)わず。胸中(きょうちゅう)正(ただ)しければ、則(すなわ)ち眸子(ぼうし)瞭(あき)らか(※)なり。胸中(きょうちゅう)正(ただ)しからざれば、則(すなわ)ち眸子(ぼうし)眊(くら)し(※)。其(そ)の言(げん)を聴(き)きて其(そ)の眸子(ぼうし)を観(み)れば、人(ひと)焉(いずく)んぞ廋(かく)さんや(※)。

(※)眸子……瞳。
(※)瞭らか……はっきりと澄んでいる。
(※)眊し……暗くてにごっている。
(※)人焉んぞ廋さんや……その人が隠そうとしても、隠し通すことはできない。必ずその人のことがわかるようになる。まったく同じ言い方をしているところが『論語』にある。これは孔子の人物鑑定法で、それに加えて孟子が「目をよく見よ」としているのであろう。『論語』は「子(し)曰(いわ)く、其(そ)の以(もっ)てする所(ところ)を視(み)、其(そ)の由(よ)る所(ところ)を観(み)、其(そ)の安(やす)んずる所(ところ)を察(さっ)すれば、人(ひと)焉(いずく)んぞ廋(かく)さんや。人(ひと)焉(いずく)んぞ廋(かく)さんや」とする(為政第二)。

【原文】
孟子曰、存乎人者、莫良於眸子、眸子不能奄其惡、胸中正、則眸子瞭焉、胸中不正、則眸子眊焉、聽其言也觀其眸子、人焉廋哉。


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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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