第114回
115〜117話
2020.06.12更新
「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、菜根譚の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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115 お金で動かされない心を持つ
【現代語訳】
心が広く自分の生き方をしっかりと持っている人は、何億円もの高い給料で誘われても、それはただの紙切れと同じで、まったく心動くことはない。これに対して、心が狭く目先の勘定で動く人は、髪の毛少しほどのわずかなお金でも、車輪のように心がすぐ動いてしまう。
【読み下し文】
心(こころ)曠(ひろ)ければ則(すなわ)ち万鍾(ばんしょう)(※)も瓦缶(がふ)(※)の如(ごと)く、心(こころ)隘(せま)ければ則(すなわ)ち一髪(いっぱつ)も車輪(しゃりん)に似(に)たり。
(※)万鍾……高禄(こうろく)。何億円もの高額の報酬。鍾は古代中国の量の単位で、一鍾は100リットルほどだという。
(※)瓦缶……安い給料。もともと素焼きの酒のかめのことで、ここでは価値のないことを指している。
【原文】
心曠則萬鍾如瓦缶、心隘則一髪似車輪。
116 欲望も好き嫌いもうまくコントロールすること
【現代語訳】
風や月、花や柳のような風物がなければ、自然は成り立たない。同じように欲望や好き嫌いの嗜好がなかったら、人の心は成り立たない。ただし、自分が物を使うのであって、物に自分が使われるものではないことをしっかりと確立しておくべきである。こうして欲望も嗜好も天地自然の本来のものとなっていく。
【読み下し文】
風月(ふうげつ)花柳(かりゅう)が無(な)ければ、造化(ぞうか)(※)を成(な)さず。情欲(じょうよく)嗜好(しこう)無(な)ければ、心体(しんたい)を成(な)さず。只(た)だ我(われ)を以(もっ)て物(もの)を転(てん)じ(※)、物(もの)を以(もっ)て我(われ)を役(えき)せざれば、則(すなわ)ち嗜慾(しよく)も天機(てんき)(※)に非(あら)ざる莫(な)く、塵情(じんじょう)(※)も是(こ)れ理境(りきょう)なり。
(※)造化……自然。
(※)我を以て物を転じ……自分が物を使う。自分が主であることの大切さを説いている。なお、本項の解釈は、本書の後集95条参照。
(※)天機……天地自然のはたらき。
(※)塵情……世俗の情。
【原文】
無風月芲柳、不成造化。無情欲嗜好、不成心體。只以我轉物、不以物役我、則嗜慾莫非天機、塵情卽是理境矣。
117 自分の欲望への執着がない人にして初めて、すべてを任せられる
【現代語訳】
我が身についてよく悟り、自分の欲望への執着をしない者であって初めて、万物をそれぞれにうまく発展させていくことができる。また、天下を万民の心のままに治める者であって初めて、俗世間にありながらそれを超越し、理想の楽土にしていける。
【読み下し文】
一身(いっしん)に就(つ)いて一身(いっしん)を了(りょう)する者(もの)(※)にして、方(はじ)めて能(よ)く万物(ばんぶつ)を以(もっ)て万物(ばんぶつ)に付(ふ)す。天下(てんか)を天下(てんか)に還(かえ)す者(もの)にして、方(はじ)めて能(よ)く世間(せけん)を世間(せけん)に出(いだ)す(※)。
(※)一身を了する者……我が身を悟り、自分の欲望への執着をしない者。これまで本項を『老子』の影響から解釈した人はあまりいないようだが、私には『老子』の思想の流れにあるように思われる。特に『老子』の「身(み)を以(もっ)てするを天下(てんか)を為(おさ)むるよりも貴(たっと)べば、若(すなわ)ち天下(てんか)を託(たく)すべく、身(み)を以(もっ)てするを天下(てんか)を為(おさ)むるよりも愛(あい)すれば、若(すなわ)ち天下(てんか)を寄(よ)すべし」(猒恥第十三)と、「天下(てんか)は神器(しんき)なり、為(な)すべからざるなり。為(な)す者(もの)は之(これ)を敗(やぶ)り、執(と)る者(もの)は之(これ)を失(うしな)う」(無爲第二十九)がかなり影響を与えていると思われる。
(※)世間を世間に出す……俗世間にありながらそれを超越し、理想の楽土にする。前者の「世間」は俗世間で、後者の「世間」は仏教用語の出世間で、俗世間を超越した理想の境地、楽土のこと。
【原文】
就一身了一身者、方能以萬物付萬物。還天下於天下者、方能出世閒於世閒。
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