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第120回

133〜135話

2020.06.22更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、菜根譚の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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133 自分の心の動揺をなくすことができたら人生は最高となる


【現代語訳】
四季のめぐりによる自然がもたらす寒さ暑さは、対処することはたやすい。しかし、人情の熱さ冷たさの変化についてはなかなか避け難い。とはいうものの、人情の熱さ冷たさの変化は何とか避けることができても、自分の心の動揺をなくすことは大変である。この我が心の動揺を抑えて心が安定できれば、全身になごやかな気持ちが満ちあふれて、どこにいても春風が吹いているようになれるだろう。

【読み下し文】
天運(てんうん)の寒暑(かんしょ)は避(さ)け易(やす)きも、人世(じんせい)の炎涼(えんりょう)(※)は除(のぞ)き難(がた)し。人世(じんせい)の炎涼(えんりょう)は除(のぞ)き易(やす)きも、吾(わ)が心(こころ)の氷炭(ひょうたん)(※)は去(さ)り難(がた)し。此(こ)の中(なか)の氷炭(ひょうたん)を去(さ)り得(え)ば、則(すなわ)ち満腔(まんこう)(※)皆(みな)和気(わけ)にして、自(おの)ずから地(ち)に随(したが)って(※)春風(しゅうぷう)有(あ)り。

(※)炎涼……熱さ冷たさ。
(※)氷炭……心の動揺。
(※)満腔……全身に。胸中いっぱい。
(※)地に随って……どこにいても。船が嵐で大破し、無人島に流された若き商人が自分の心の動揺を抑えて、前向きに対処していく物語『ロビンソン・クルーソー』で書かれている言葉が本項の参考になる。「この世のなかでまたとないと思われるほど痛ましい境涯にあっても、そこには多かれ少なかれ感謝に値するなにものかがある」(ダニエル・デフォー)。また、『孫子』は物事を必ず利と害の両方で併せて考えよと言う。そうすることで油断を防ぎ、逆にどんな状況にあっても、心の動揺を避け、自分がやるべきことがわかるからである。すなわち「智者(ちしゃ)の慮(りょ)は、必(かなら)ず利害(りがい)に雑(まじ)う。利(り)に雑(まじ)りて、而(すなわ)ち務(つと)め信(の)ぶ可(べ)きなり。害(がい)に雑(まじ)りて、而(すなわ)ち患(うれ)い解(と)く可(べ)きなり」(九変篇)とある。

【原文】
天運之寒暑易避、人世之炎涼難除。人世之炎涼易除、吾心之氷炭難去。去得此中之氷炭、則滿腔皆和氣、自隨地有春風矣。

134 理想の隠士生活を送る


【現代語訳】
茶は必ずしも極上の葉でなくてもいいが、茶つぼには葉を切らすことはない。酒も必ずしも極上のものでなくてもいいが、切らすことはないようにしておく。また、飾りのない琴は無弦であるが、いつでも弾けるし、短い笛は穴があいていなくて旋律はないものの、自由に吹いて自分の好きなように楽しめる。こんな暮らし方は、伝説の皇帝・伏羲(ふつぎ)を超えるものではないとしても、“竹林の七賢”の嵆康(けいこう)・阮籍(げんせき)あたりと匹敵するのではなかろうか。

【読み下し文】
茶(ちゃ)は精(せい)(※)を求(もと)めずして壺(つぼ)亦(ま)た燥(かわ)かず。酒(さけ)は冽(れつ)(※)を求(もと)めずして樽(たる)亦(ま)た空(むな)しからず。素琴(そきん)は絃(げん)無(な)き(※)も常(つね)に調(ととの)い、短笛(たんてき)は腔(こう)無(な)き(※)も自(おの)ずから適(てき)す。縦(たと)い羲皇(ぎこう)(※)を超越(ちょうえつ)し難(がた)きも、亦(ま)た嵆阮(けいげん)(※)に匹儔(ひつちゅう)すべし。

(※)精……極上。
(※)冽……極上。芳醇。
(※)絃無く……無弦。弦がないことの解釈は、本書の後集8条参照。
(※)腔無き……無腔。旋律がない。後集97条参照。
(※)羲皇……伏羲。
(※)嵆阮……嵆康、阮籍。いわゆる「竹林の七賢」の二人。他には、山濤(さんとう)、向秀(こうしゅう)、劉伶(りゅうれい)、王戎(おうじゅう)、阮咸(げんかん)がいる。彼らは老荘の学を修め、酒や音楽を好み、竹林のなかで哲学談義にふけて理想の隠士生活を送ったとされる。魏晋の時代(3世紀ごろ)。本書の後集86条参照。

【原文】
茶不求精而壺亦不燥。酒不求冽而樽亦不空。素琴無絃而常調、短笛無腔而自適。縱難超越羲皇、亦可匹儔嵆阮。

 

135 「随縁」と「素位」を信条にして生きていく


【現代語訳】
釈尊が教える因縁(いんねん)にしたがうという「随縁」と、我が儒学が教える自分に与えられたことで全力を尽くすという「素位」の、この四字は、人生航路で欠かすことのできない浮き袋のようなものである。なぜなら、人生航路は広くて長く、一つのことに完全を求めると、それにしたがって大きな欲望が乱れ起きることになってしまう。だから、今置かれている自分の境遇にしたがい安んじていると、どんな境遇に置かれても安心立命の境地でいられよう。

【読み下し文】
釈氏(しゃくし)の随縁(ずいえん)(※)、吾(わ)が儒(じゅ)の素位(そい)(※)、四字(よじ)は是(こ)れ海(うみ)を渡(わた)るの浮囊(ふのう)なり。蓋(けだ)し世路(せろ)茫茫(ぼうぼう)として、一念(いちねん)全(まった)きを求(もと)むれば、則(すなわ)ち万緒(ばんしょ)紛起(ふんき)す(※)。寓(ぐう)に随(したが)いて安(やす)んぜば、則(すなわ)ち入(い)るとして得(え)ざるは無(な)し。

(※)随縁……本書の後集82条参照。
(※)素位……自分の本分を守り、そこでがんばること。なお、『中庸』に「君子(くんし)は其(そ)の位(くらい)に素(そ)して行(おこな)い、其(そ)の外(そと)を願(ねが)わず」とある。『論語』でも、孔子は「其(そ)の位(くらい)に在(あ)らざれば、其(そ)の政(まつりごと)を謀(はか)らず」と言い、曾子も「君子(くんし)は思(おも)うこと、其(そ)の位(くらい)より出(い)でず」(以上憲問第十四)と述べている。
(※)万緒奮起す……大きな欲望が乱れ起きる。

【原文】
釋氏隨緣、吾儒素位、四字是渡海的浮囊。蓋世路茫茫、一念求全、則萬緖紛起。隨寓而安、則無入不得矣。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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