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第116回

121〜123話

2020.06.16更新

読了時間

  「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、菜根譚の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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121 忘れてしまえば何も存在しない


【現代語訳】
耳に入る雑音は、谷間を吹きまくる大きな風の音のようなものである。通り過ぎてしまい、こちらが心にも留めなければ、良いも悪いもない。また、心に浮かぶ雑念は、池に月の影が映るようなものである。こちらが心を空にして執着することがなければ、物も我も二つとも忘れてしまう存在にすぎない。

【読み下し文】
耳根(じこん)(※)は颷谷(ひょうこく)(※)の響(ひび)き投(とう)ずるに似(に)て、過(す)ぎて留(とど)めざれば、則(すなわ)ち是非(ぜひ)俱(とも)に謝(しゃ)す(※)。心境(しんきょう)は月池(げっち)の色(いろ)を浸(ひた)すが如(ごと)く、空(くう)にして着(ちゃく)せざれば、則(すなわ)ち物(ぶつ)我(が)両(ふた)つながら忘(わす)る。

(※)耳根……耳。六根(眼、耳、鼻、舌、身、意)の一つ。
(※)颷谷……谷を吹きまくる大きな風。「颷」は大きな風、つむじ風。
(※)謝す……去る。なくなることを表す。

【原文】
耳根似颷谷投响、過而不留、則是非俱謝。心境如月池浸色、空而不着、則物我兩忘。

 

122 この世は本来汚れたものでなく苦海でもない


【現代語訳】
世の人は、栄誉と利益を追い求めることに汲々としているため、ややもするとこの世は汚れているとか、苦しみの海だとか言ってしまう。しかし、それは、雲は白く、山は青く、川は流れ、岩は立ち、花は咲いて私たちを迎え、鳥はさえずり、谷はこだまを返し、きこりは歌っている、というこの世の美しい姿を知らないからである。この世は決して、汚れたものでもなく苦海でもない。そう思うのは、自分の心が栄誉とか利益を追い求めているために、招いてしまっているにすぎないのだ。

【読み下し文】
世人(せじん)は栄利(えいり)(※)の為(ため)に纏縛(てんばく)(※)せられて、動(やや)もすれば塵世(じんせい)苦海(くかい)と曰(い)う。知(し)らず、雲(くも)白(しろ)く山(やま)青(あお)く、川(かわ)行(ゆ)き石(いし)立(た)ち、花(はな)迎(むか)え鳥(とり)咲(わら)い、谷(たに)答(こた)え樵(しょう)(※)謳(うた)うを。世(よ)も亦(ま)た塵(じん)ならず、海(うみ)も亦(ま)た苦(く)ならず、彼(かれ)自(みずか)ら其(そ)の心(こころ)を塵苦(じんく)にするのみ。

(※)栄利……栄誉と利益。
(※)纏縛……束縛。
(※)樵……きこり。

【原文】
世人爲榮利纏縛、動曰塵世苦海。不知、雲白山靑、川行石立、芲迎鳥咲、谷答樵謳。世亦不塵、海亦不苦、彼自塵苦其心爾。

 

123 花は半開の五分咲きが良い。酒はほろ酔いが良い


【現代語訳】
花は半開の五分咲きが良い。酒はほろ酔いぐらいが良い。ここにすばらしい趣がある。もし、花が満開になり、酒も泥酔にまで至ると、いきすぎて面白味が減る。これはすべてのことにあてはまるのではないか。だから満ち足りた境遇にいるという人は、このことをよく考えるべきである。

【読み下し文】
花(はな)は半開(はんかい)を看(み)、酒(さけ)は微酔(びすい)に飲(の)む。此(こ)の中(なか)に大(おお)いに佳趣(かしゅ)(※) 有(あ)り。若(も)し爛熳(らんまん)もうとう(※)に至(いた)らば、便(すなわ)ち悪境(あくきょう)を成(な)す。盈満(えいまん)(※)を履(ふ)む者(もの)は、宜(よろ)しく之(これ)を思(おも)うべし。

(※)佳趣……すばらしい趣。最高の面白さ。妙味。なお、良い気分の酒については、本書の後集17条参照。ちなみに日本の『徒然草』(兼好法師)は、『菜根譚』よりも300年くらい前に書かれたものだが、「花(はな)は盛(さか)りに、月(つき)は隅(すみ)なきを見(み)るものかな」(第137段)と、花は満開だけが良いものではない、と述べていた。「花は半開」とする本項のような見方も、『菜根譚』が日本人受けする理由の一つとなっている。
(※)爛熳……満開。
(※)もうとう……泥酔。酔いつぶれる。なお、本項の解釈は、本書の後集10条の「劇飲」参照。「もうとう」の漢字は、「もう」が酉(とりへん)に毛、「とう」が酉(とりへん)に匋。
(※)盈満……満ち足りる。なお、本項も『老子』の影響を見ることができる。例えば、『老子』はこう語る。「此(こ)の道(みち)を保(たも)つ者(もの)は、盈(み)つるを欲(ほっ)せず。夫(そ)れ唯(た)だ盈(み)たず、故(ゆえ)に能(よ)く蔽(やぶ)れて而(しか)も新(あら)たに成(な)る」(顯德第十五)。

【原文】
芲看半開、酒飮微醉。此中大有佳趣。若至爛熳酕醄、便成惡境矣。履盈滿者、宜思之。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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