第5回
お客様からの宿題「死とは何か」
2022.02.09更新
現役の書店員、三砂慶明氏による本をめぐる考察。なぜ、本には人生を変えるほどの大きな力があるのか。働くこと、食べること、そして生きること――。本と人生との関わりを解き明かしていきます。『千年の読書』刊行を記念して、本文の一部を公開します。
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ある程度、本を読んできたつもりでした。
読んできただけでなく、図書館司書の資格を取ったり、自分なりに本の体系や調べ方についても学んできたつもりでした。でも、どれだけ読んだり、知識を増やしても、絶対に答えられない質問がある。そのことに気づかされたのが書店員として働きはじめた一年目でした。
「親友が子どもを事故で亡くして、一年近く外出できなくなりました。親友を励ましてくれる本を選んでもらえませんか?」
問合せを受けたとき、自分はこの先この仕事を続けていけるのか不安になりました。どれだけ勉強してキャリアを積んだとしても、この質問に答えられるイメージが湧かなかったからです。
ただ、実際に目の前で困っているお客様が待っている以上、何か応答しなければなりません。考えました。考えて、調べて、何か答えなければと本を探しましたが、答えられませんでした。お客様から話を聞けば聞くほど、この質問に軽はずみに答えてはいけないし、そもそも答えられないと思いました。結局、私は書店員としては何もできないまま、お客様のお話をただ黙って聴いていました。以降もたびたび来店してくださり、お互い調べたことや読んだ本の情報を交換し続けました。近くの大学にグリーフケアの先生がいますよと伝えたら、新聞のインタビュー記事の切り抜きを持ってきてくれました。
「いい先生を教えてくれてありがとう」
その言葉が最後になってお客様との連絡が途切れました。半年ぐらい話す機会がなく、店頭でレジを打っていたら、たまたまそのお客様とばったり再会しました。
「何か面白そうな本はありましたか」と話しかけたら、
「最近、直木賞にはまってて、やっぱり小説って面白いよね」
と笑顔で話してくれたので嬉しくなりました。直接の回答ではありませんでしたが、ご友人の状況が快方に向かったのかもしれないとほっとしました。でもお客様を見送りながら考えたのは、結局、私は何もできなかったという事実です。だから、もし、次のお客様から同じ質問があったとき、すこしでも答えられるようになりたい。そう思いました。
この日、私がお客様からもらった大きな宿題は、人間にとって死とは何か、です。人間に「絶対」という言葉が使えるのは「生」と「死」ぐらいで、私も絶対に死にます。私の親も家族も、子も友人も、みんな死にます。死なない人間はいません。
しかしながら、医療の発達やテクノロジーの進化とともに「死」を取りまく状況や概念は変化し続けています。科学者であり起業家のデビッド・A・シンクレアは『LIFE SPAN(ライフスパン)』で、誰も逃れられないと考えられていた「老化」は一つの病であり、将来的には治療が可能になると予測しました。また、ホーキング博士と同様の難病ALS(筋萎縮性側索硬化症) を発症し、突然、極度の身体障害と向き合わなければならなくなった経営コンサルタント、ピーター・スコット-モーガンは、最先端のテクノロジーを駆使して、自らの身体をサイボーグに改造することを選択しました。その自伝『NEO HUMAN(ネオ・ヒューマン)』でピーターは、人間にとっての死とは何なのかを自身の肉体とその人生を賭けて根底から揺さぶりました。死がさけられないものなら、少なくともその日の前に、自分なりに死について考えたいと、本棚に手を入れて読みはじめました。
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