第13回
34話~36話
2018.01.31更新
【 この連載は… 】 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孫子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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34 勢(せい)と節(せつ)で戦う
【現代語訳】
いったんせき止められてから放たれた水が激しく流れて石を漂わすのが、勢(勢い)である。
鷲(わし)や鷹などの猛禽(もうきん)が急降下して獲物の骨を打ち砕くのが、節(時を得た力の込められた速さ)である。
戦争をうまく行う者は、その敵を攻撃するときの勢は激しく、節は一瞬である。
勢は石弓を引きしぼってためることで生まれ、節はその引き金を発するようなものである。
【読み下し文】
激水(げきすい)の疾(はや)くして、石(いし)を漂(ただよ)わすに至(いた)る者(もの)は勢(せい)なり。鷙鳥(しちょう)(※)の疾(はや)くして(※)、毀折(きせつ)に至(いた)る者(もの)は節(せつ)(※)なり。是(こ)の故(ゆえ)に善(よ)く戦(たたか)う者(もの)は、其(そ)の勢(せい)は険(けん)にして、其(そ)の節(せつ)は短(みじか)し。勢(せい)は弩(ど)(※)を彍(は)るが如(ごと)く、節(せつ)は機(き)(※)を発(はっ)するが如(ごと)し。
- (※)鷙鳥……鷲、鷹、隼(はやぶさ)などのいわゆる猛禽類。
- (※)疾くして……原文の「疾」は「撃」とする説もある。そうすると「撃(う)ちて」と読むことになる。
- (※)節……もともとは竹の節のこと。これから見てもわかるように、力を込めきって、しかも時を得た(適切な瞬間に)、その力をはき出すことを意味していると思われる。本文を素直に読むとわかるように、孫子は「勢」と「節」を併せて必要だと考えているようだ。こうした時の攻撃力が最も強くなるからである。孫子のこの考えは、いわゆる戦力の遂時投入の愚かさも教えてくれている。
- (※)弩……石弓。
- (※)機……石弓の引きがね。
【原文】
激水之疾、至於漂石者、勢也、鷙鳥之疾、至於毀折者、節也、是故善戰者、其勢險、其節短、勢如彍弩、節如發機、
35 強い軍隊は態勢がどんなときでもしっかりとしている
【現代語訳】
勝つ軍隊というのは、たとえ味方と敵がもつれるように入り交じって戦うときでも、軍隊が乱れて統制がとれなくなったりはしない。
また、混戦となっても、軍隊の陣形がどんどん変わっても、陣形が崩れて敗れるようなことはない。
混乱は治まった状態からでも生じ、臆病は勇敢な心理状態からも生じ、戦力の弱さは強い状態からも生じる。
混乱してしまうか、治まったままになるかは、軍隊の編成技術の問題である。
勇敢であるか、臆病であるかは、戦いにおける軍隊の勢いの問題である。
強いか弱いかは、軍隊の態勢の問題である。
【読み下し文】
紛紛(ふんぷん)(※)紜紜(うんうん)(※)として、闘(たたか)い乱(みだ)れて乱(みだ)す可(べ)からざるなり。渾渾沌沌(こんこんとんとん)として、形(かたち)円(まる)くして(※)敗(やぶ)る可(べ)からざるなり。乱(らん)は治(ち)に生(しょう)じ(※)、怯(きょう)は勇(ゆう)に生(しょう)じ、弱(じゃく)は強(きょう)に生(しょう)ず。治乱(ちらん)は数(すう)なり。勇怯(ゆうきょう)は勢(せい)なり。強弱(きょうじゃく)は形(かたち)なり。
- (※)紛紛……乱れもつれること。
- (※)紜紜……多くのものが乱れもつれること。
- (※)円くして……移行し、どんどん変わっていくこと。なお、一部の説では、この「円くして」を「円のように乱れないため」と解釈し、「敗れることはない」と解する。
- (※)乱は治に生じ……戦いは常に入り乱れて変化し、たとえうまく治めているようでも乱れやすい。このことは、一般にはわかりにくいが織田信長が今川義元を破った桶狭間(おけはざま)の戦いを例に考えるとよくわかる。あるいは江戸時代の大石内蔵助率いる赤穂浪士の討ち入りが参考になる。
【原文】
紛紛紜紜、鬭亂而不可亂也、渾渾沌沌、形圓而不可敗也、亂生於治、怯生於勇、弱生於彊、治亂數也、勇怯勢也、彊弱形也、
36 敵を誘導して戦う
【現代語訳】
こうしてうまく敵を誘導する者は、敵にわざとこちらの隙のある形を見せることにより、敵が必ずこれにひっかかるようにさせる。
また、敵に何か利益を与えれば、敵は必ずこれを取りに来る。
利益をもってこれを誘導し、こちらはあらかじめ待ち構えた多数の軍隊で攻撃するのである。
【読み下し文】
故(ゆえ)に善(よ)く敵(てき)を動(うご)かす者(もの)は、これを形(かたち)すれば敵(てき)必(かなら)ずこれに従(したが)う。これに予(あた)うれば敵(てき)必(かなら)ずこれを取(と)る。利(り)を以(もっ)てこれを動(うご)かし、卒(そつ)(※)を以(もっ)てこれを待(ま)つ。
(※)卒……百人ほどの兵士の意。ここでは単に「多くの兵から成る軍隊」と解してよいだろう。なお、卒を「にわか」と読み、「突然に」とか「一挙に」とか解する説、あるいは「卒」は「詐(さ)」の間違いであるとする説などもある。
【原文】
故善動敵者、形之、敵必從之、予之、敵必取之、以利動之、以卒待之、
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