第38回
109話~111話
2018.03.08更新
【 この連載は… 】 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孫子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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109 一時の怒りや憤激(いきどおり)で戦ってはいけない
【現代語訳】
君主は一時の怒りのために戦争を起こしてはならず、将軍は一時の憤激(いきどおり)で戦ってはいけない。国家の利益に合えば軍隊を動かし、国家の利益に合わなければ軍隊は動かさないようにする。
怒りはいずれおさまって喜ぶようになるし、憤激もいずれ静まり、また愉快な気持ちになれる。しかし、滅んだ国は元に戻らず、死んだ者は生き返ることはない。
だから賢明な君主は戦争について慎重になり、優れた将軍は戦いにおいて軽率な動きをしないように戒めるのだ。
こうした態度が国家を安泰にし、軍隊を保全する方法なのである。
【読み下し文】
主(しゅ)は怒(いか)りを以(もっ)て師(し)を興(おこ)すべからず。将(しょう)は慍(いきどお)りを以(もっ)て戦(たたか)いを致(いた)すべからず。利(り)に合(あ)えば而(すなわ)ち動(うご)き、利(り)に合(あ)わざれば而(すなわ)ち止(や)む。怒(いか)りは復(ま)た喜(よろこ)ぶべく、慍(いきどお)りは復(ま)た悦(よろこ)ぶべし。亡国(ぼうこく)は復(ま)た存(そん)すべからず、死者(ししゃ)は復(ま)た生(い)くべからず。故(ゆえ)に明君(めいくん)(※)はこれを慎(つつし)み、良将(りょうしょう)はこれを警(いまし)む。此(こ)れ国(くに)を安(やす)んじ軍(ぐん)を全(まっと)うするの道(みち)なり。
(※)明君……本文の「明君」を「明主」とする説もある。
【原文】
主不可以怒而興師、將不可以慍而致戰、合於利而動、不合於利而止、怒可以復喜、慍可以復悅、兦國不可以復存、死者不可以復生、故朙君愼之、良將警之、此安國全軍之衜也、
第十三章 用間篇(※)
(※)用間篇……「間」は「スパイ」のことをいう。「用間」とは、「そのスパイをうまく使うこと」である。今日では広く情報収集活動を含むものと解される。このスパイやインテリジェンスに関する章は、火攻篇(第十二章)の次の最終章、すなわち第十三章にするのが通説。これに対し、第一章の計篇の次にあって、作戦篇の前が正しいとする説、火攻篇を第十三章とし、その前の第十二章にあったと見る説もある。
110 間諜の重要性
【現代語訳】
孫子は言う。およそ十万の軍隊を動員して、千里の先まで攻め入ったとすると、国民の出費や国家の支出は一日千金もの大金となる。
国の内外とも騒然となり、物資輸送などで疲れ果てて道路上にへたばり、自分の家業が行えないものが七十万家にもなる。
こうして数年も対峙し合って、最後の勝負は一日で決まってしまうことになる。それなのに間諜に爵位や俸禄(ほうろく)や百金などを与えるのを惜しんで、敵情を知ろうとしないのは、不仁の者(人を愛し思いやることのできない愚かな人)である。そのような者は軍を率いる将軍とはいえず、君主を正しく補佐する者ともいえず、勝利を我が手に入れる者ともいえない。
【読み下し文】
孫子(そんし)曰(いわ)く、凡(およ)そ師(し)を興(おこ)すこと十万(じゅうまん)、出征(しゅっせい)(※)すること千里(せんり)なれば、百姓(ひゃくせい)の費(ひ)、公家(こうか)の奉(ほう)、日(ひ)に千金(せんきん)を費(つい)やす。内外(ないがい)(※)騒動(そうどう)し、道路(どうろ)に怠(おこた)り(※)、事(こと)を操(と)るを得(え)ざる者(もの)、七十万家(しちじゅうまんか)。相(あい)守(まも)ること数年(すうねん)にして、以(もっ)て一日(いちにち)の勝(かち)を争(あらそ)う。而(しか)るに爵禄(しゃくろく)百金(ひゃくきん)を愛(お)しみて、敵(てき)の情(じょう)を知(し)らざる者(もの)は、不仁(ふじん)の至(いた)りなり。人(ひと)の将(しょう)に非(あら)ざるなり。主(しゅ)の佐(たすけ)に非(あら)ざるなり。勝(しょう)の主(しゅ)に非(あら)ざるなり。
- (※)出征……原文の出征を「出兵」、あるいは「出師」とする説もある。
- (※)内外……「国の内外」と解釈するのが一般的。これに対し、「国民大衆と政府」と解釈する説もある。また荻生徂徠は、「内は国に残るもの、外は軍として国外に戦うもの」と述べている。
- (※)道路に怠り(怠於道路)……原文の「怠於道路」の四文字はないとする説もある。
【原文】
孫子曰、凢興師十萬、出征千里、百姓之費、公家之奉、日費千金、內外騷動、怠於衜路、不得操事者、七十萬家、相守數年、以爭一日之勝、而愛𣝣祿百金、不知敵之情者、不仁之至也、非人之將也、非主之佐也、非勝之主也、
111 敵に知られることなく情報を収集する
【現代語訳】
だから賢明な君主や優れた将軍が軍を動かして敵に勝ち、抜きんでた成功を収められるのは、あらかじめ敵の情報をよく知っているからである。
あらかじめ敵の情報を知るというのは、神に祈ったり、占うようなものではなく、また過去の経験だけでわかるものでもなく、自然界の法則からわかるものでもない。必ず人を使い、それによって知るものである。
そこで間諜を用いるには五つの種類がある。因間、内間、反間、死間、生間である(※上記五種類の間諜の詳細は112話参照)。
この五種類の間諜は同時に動くが、その動きは敵に知られることがない。これを神紀(しんき)(人知を超えた霊妙な統轄(とうかつ)法)といい、これこそ君主の宝というべきものである。
【読み下し文】
故(ゆえ)に明君(めいくん)賢将(けんしょう)の動(うご)きて人(ひと)に勝(か)ち、成功(せいこう)、衆(しゅう)に出(い)ずる所以(ゆえん)の者(もの)は、先知(せんち)なり。先知(せんち)なる者(もの)は、鬼神(きしん)に取(と)るべからず、事(こと)に象(かたど)る(※)べからず、度(ど)に験(けん)す(※)べからず。必(かなら)ず人(ひと)に取(と)りて、敵(てき)の情(じょう)を知(し)る者(もの)なり。故(ゆえ)に間(かん)を用(もち)うるに五(ご)有(あ)り。因間(いんかん)有(あ)り。内間(ないかん)有(あ)り。反間(はんかん)有(あ)り。死間(しかん)有(あ)り。生間(せいかん)有(あ)り。五間(ごかん)俱(とも)に起(お)こりて、其(そ)の道(みち)を知(し)ること莫(な)し(※)、是(これ)を神紀(しんき)(※)と謂(い)う。人君(じんくん)の宝(たから)なり。
- (※)事に象る……過去の事例からの類推と解するのが一般的。これを「天界の事象からわかる」とする説もある。
- (※)度に験す……天体の動きなどから予測する。自然界の法則からわかる。
- (※)其の道を知ること莫し……「五種類の間諜が、お互いの働きを知らない」と解釈する説もある。しかし、本文のように解したほうが意味がよく通るように思われる。
- (※)神紀……「神」は、人でははかり知れない霊妙な働きをすること。「紀」はまとめ、統轄すること。
【原文】
故明君賢將、所以動而勝人、成功出於衆者、先知也、先知者、不可取於鬼神、不可象於事、不可驗於度、必取於人、知敵之情者也、故用閒有五、有因閒、有內閒、有反閒、有死閒、有生閒、五閒俱起、莫知其衜、是謂神紀、人君之寶也、
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