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叢のものさし 小田康平

第11回

親木という運命を辿った植物

2018.12.13更新

読了時間

【 この連載は… 】 植物選びの基準は「いい顔」をしているかどうか……。植物屋「Qusamura(叢)」の小田康平さんが、サボテンや多肉植物を例に、独自の目線で植物の美しさを紹介します。植物の「いい顔」ってどういうことなのか、考えてみませんか?
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藤娘
鉢 濱中史朗
藤娘は園芸種の花サボテンとして貴重な品種。この個体は親木として何度も切断されたことにより、サボテンらしからぬ不思議な草姿となった。木化した部分は長い年数を思わせる。

植物の力強さ、偶然の造形の美しさ

園芸業界には「親木」と呼ばれている植物がある。これは植物の名前ではなく、生産株として運命付けられて育てられる株のことである。通常流通する植物ではないために、生産地を巡らない限りお目にかかることはない。

初めてサボテンの親木を見かけたのは、とある愛知県のサボテン生産農家。いくつかあるサボテンハウスの一番奥に地植えのエリアがあり、そこに密集して植えてあった。あたかも近づいてはいけないような雰囲気で、人が立入れるような場所ではなく、サボテンの処分場であるかのような、お世辞にもきれいとは言えないところだったのを覚えている。

サボテンの親木というのはとにかく旺盛に生長させることを目的としているために、たいていの場合畑に地植えしてある。そのほうがしっかりと根を張り、育つスピードが速いからだ。親木を引っこ抜いてそれ自体を販売することはなく、親木から出てきた新しい枝を切って挿し木して販売する。ホームセンターなどでよく目にする柱サボテンなどはこうした親木から採られ発根させたものだ。生産者は売り物である生まれたばかりの挿し穂には、傷が付かないよう丁寧に切り採るが、土台のほうには全く気を使わない。切り口が斜めだろうが、ガタガタだろうがお構いない。採りやすい枝からバシバシ切っていく。切られた親木はまたいつの日か切り口からたくましく新芽を吹き出し、生長し、またほどよく伸びたところで切り採られる。何年も何年もこの作業が行われ、いつの日か親木は想像もできない不思議な形になっていく。さらに株元は年数が経ち木化していくものや、表皮が朽ちていくものすらある。

生産農家の畑の地植えの親木。何度も切られこぶのようになりながらも新しい新芽を出していく。たくさんある親木の中から形や生き様が美しいと思う個体を選ぶ。抜くことを考えていない植え込みなので、引き抜く時には刺と格闘しながら抜いている。

無作為に切り刻まれ削られる行為と、植物の生長により膨れ上がる動きが幾重にも重なった姿は、人の力だけでも、植物の力だけでも作り出すことはできない。その姿には奇跡すら感じてしまう。僕にとってそんな親木は神々しく見えたりもする。植物の力強さや、偶然の造形の美しさを持つ親木をぜひ鉢植えにしたいため、生産者に譲ってほしいと頼み込むが親木というものはなかなか簡単に譲ってもらえるものではない。親木は生産者にとって、資産であるからだ。それでも粘って引っこ抜く許可をもらう。時には何度も生産地に足を運び親密になってから譲ってもらうことだってある。それまでは、新芽を生むことにしか価値を求められなかった親木が、主役になり器に鎮座したときに放つ存在感は、ほかの植物にはない独特な空気感がある。そこに親木のおもしろさがある。

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この連載は、「月刊フローリスト」からの転載です。
最新話は、「月刊フローリスト」をご覧ください。

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著者

小田康平

1976年、広島生まれ。2012年、〝いい顔してる植物〟をコンセプトに、独自の美しさを提案する植物屋「叢-Qusamura」をオープン。国内外でインスタレーション作品の発表や展示会を行う。最新作は、銀座メゾンエルメス Window Display(2016)。http://qusamura.com

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