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孫子コンプリート 全文完全対照版 野中根太郎 訳

第17回

46話~48話

2018.02.06更新

読了時間

【 この連載は… 】 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孫子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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はじめに

第1章

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46 敵情に応じて軍の態勢を水のように変化させる

【現代語訳】

そもそも軍の形は、水のようであるべきだ。
水の形は高いところを避けて低いところへ向かうが、軍の形も敵の実(充実していて強いところ)を避けて虚(隙があって弱いところ)を攻撃する。
水は地形に応じて流れを変え、その土地を制していくが、軍も敵情に応じて戦い方を変えて勝利を手にする。
このように軍に決まった勢いや態勢はなく、水に決まった形はない。
敵情に応じて軍の形を変えて勝利を得る者のことを「神(しん)」(はかりしれなく神妙である)という。
つまりは、木、火、土、金、水の五行において常に一つのものが勝つことはなく、四季も常に移り変わり、日も長くなったり短くなったりし、月も満ちたり欠けたりするのと同じことであるといえる。

【読み下し文】

夫(そ)れ兵(へい)の形(かたち)は水(みず)に象(かたど)る。水(みず)の形(かたち)(※)は高(たか)きを避(さ)けて下(ひく)きに趨(おもむ)き、兵(へい)の形(かたち)(※)は実(じつ)を避(さ)けて虚(きょ)を撃(う)つ。水(みず)は地(ち)に因(よ)りて流(ながれ)を制(せい)し、兵(へい)は敵(てき)に因(よ)りて勝(かち)を制(せい)す。故(ゆえ)に兵(へい)に常勢(じょうせい)無(な)く、水(みず)に常形(じょうけい)無(な)し。能(よ)く敵(てき)に因(よ)りて変化(へんか)して勝(かち)を取(と)る者(もの)、これを神(しん)と謂(い)う。故(ゆえ)に五行(ごぎょう)に常勝(じょうしょう)無(な)く(※)、四時(しいじ)に常位(じょうい)無(な)く、日(ひ)に短長(たんちょう)有(あ)り、月(つき)に死生(しせい)有(あ)り。

  • (※)水の形(水之形)……「水之行」であるとする説もある。その場合は「水の運行」と訳する。
  • (※)兵の形(兵之形)……「兵之勝」とする説もある。すると「軍が勝つためには」などと訳する。
  • (※)五行に常勝無く……木、火、土、金、水の気のめぐりにおいて木は土に勝ち、土は水に勝ち、水は火に勝ち、火は金に勝ち、金は木に勝ち、一つだけですべてに勝つということはない。戦いもこれと同じであり、同じ形などはない。過去の教訓はあくまでも教訓でしかないとするのが孫子である。わが国の戦国時代、織田信長は決して同じ戦い方はしなかった。これに対し、昭和の日本軍は、明治の日露戦争の勝ち方のみにこだわった。または陸軍大学校や海軍大学校の模範解答通りに戦ったとアメリカ軍側にいわれている。また、いわゆる神風特攻隊の突撃も一度の成功をずっと守って続けたため、効果のないものになった。兵の命を大事にしないことに加え、同じ形にこだわるのは、孫子の教えるところではない。

【原文】

夫兵形象水、水之形、避高而趨下、兵之形、避實而擊虛、水因地而制流、兵因敵而制勝、故兵無常勢、水無常形(※)、能因敵變化而取勝者、謂之神、故五行無常勝、四時無常位、日有短長、⺼有死生、

(※)水無常形……一九七二年に発見された竹簡本では「水」の字がない。その場合、「軍に決まった勢いや態勢はない」などと訳することになる。

第七章 軍争篇

47 遠回りの道を近道に変える「迂直(うちよく)の計(けい)」

【現代語訳】

孫子は言った。およそ戦争の原則において、将軍が君子から命を受けて軍を編成し、兵を集めて動かし敵と対陣するまでの、戦場となる土地にすばやく到着し有利な態勢を整える争い、すなわち〝軍争〟ほど難しいものはない。
軍争が難しいのは、遠回りの道を近道のようにし、不利な立場を有利な立場にすることが求められるからだ。
つまり、一見遠回りの道を行くように見せかけ、敵を利で誘って遅らせ、こちらの思うように仕向け、敵より遅れて出発しても、敵に先んじて目的地に到達することを指すのである。
このことを理解している人物を「迂直の計」を知る者という。

【読み下し文】

孫子(そんし)曰(いわ)く、凡(およ)そ用兵(ようへい)の法(ほう)は、将(しょう)、命(めい)を君(きみ)に受(う)け、軍(ぐん)を合(がつ)し衆(しゅう)を聚(あつ)め、和(わ)を交(まじ)えて舎(とど)まる(※)に、軍争(ぐんそう)より難(かた)きは莫(な)し。軍争(ぐんそう)(※)の難(かた)きは、迂(う)を以(もっ)て直(ちょく)と為(な)し(※)、患(かん)を以(もっ)て利(り)と為(な)す。故(ゆえ)に其(そ)の途(みち)を迂(う)にして、これを誘(さそ)うに利(り)を以(もっ)てし、人(ひと)に後(おく)れて発(はっ)し、人(ひと)に先(さき)んじて至(いた)る。此(こ)れ迂直(うちょく)の計(けい)を知(し)る者(もの)なり。

  • (※)和を交えて舎まる……和は軍営の正門(軍門)のこと。原文の「交和」とは敵と対陣(対峙)することを指す。よって文意は、「舎まる陣を構えること」「宿営すること」になる。
  • (※)軍争……一般には、戦場となる地に、敵よりも早く到着し、有利な態勢をとるまでの争いをいう。ここでは、「迂回しながらに見えつつ、実は要点を押さえつつ最も近い道をとり、不敗の態勢をとること」を指している。
  • (※)迂を以て直と為し……遠回りの道を近道とする。これが「迂直の計」といわれるものだが、この言葉には深い意味がある。日本のことわざにある「急がばまわれ」のように、慌てて何も考えずに勝利を目指してはいけない。最終的に完全な勝利を得るためには、遠回りになってもやるべきことを踏み、その上で敵より有利になって勝つかたちにもっていくことを示唆している。こうしてみると太平洋戦争での真珠湾攻撃は、敵の迂直の計に見事にはまった感のある、問題の多すぎた作戦であった。人生論としても大いに肝に銘ずるべきである。

【原文】

孫子曰、凢用兵之法、將受命於君、合軍聚衆、交和而舍、莫難於軍爭、軍爭之難者、以迂爲直、以患爲利、故迂其途、而誘之以利、後人發、先人至、此知迂直之計者也、

48 軍争の利益と危険

【現代語訳】

軍争は利益もあるが、危険もある(戦いにおける勝利と敗北は紙一重である。迂直の計をよく自分のものにしておかねばならない)。
全軍をあげて有利な地を得ようとすると、敵より遅れてしまうことになる。
かといって軍の一部を置いてでも有利な地を得ようとすると、輜重隊(必要物資を運び補給する部隊)を失うことになる。
また、甲を脱いで走り、昼夜休まずに倍の道のりを強行軍して百里先で有利な地を得ようとすると、上、中、下軍の三将軍が捕虜となってしまう。なぜなら強い兵は先行し、弱くて疲れる兵は遅れてしまい、強行軍の法則として十分の一の兵しか間に合わないことになるからである。
また、五十里先において有利な地を得ようとすると、上軍(先鋒)の将軍は倒される(敗れる)。なぜなら強行軍の法則として半分の兵しか間に合わないからだ。
また、もし三十里先で有利な地を得ようとすると、三分の二の兵だけしか間に合わないことになる。
このように軍隊というのは、輜重隊がなければ滅び、食糧がなければ滅び、物資の蓄えがなければ滅ぶということを忘れてはいけない。

【読み下し文】

故(ゆえ)に軍争(ぐんそう)は利(り)為(た)り、軍争(ぐんそう)は危(き)為(た)り。軍(ぐん)を挙(あ)げて利(り)を争(あらそ)えば、則(すなわ)ち及(およ)ばず。軍(ぐん)を委(す)てて利(り)を争(あらそ)えば、則(すなわ)ち輜重(しちょう)捐(す)てらる。是(こ)の故(ゆえ)に甲(こう)を巻(ま)きて(※)趨(はし)り、日夜(にちや)処(お)らず、道(みち)を倍(ばい)して兼行(けんこう)し、百里(ひゃくり)(※)にして利(り)を争(あらそ)えば、則(すなわ)ち三将軍(さんしょうぐん)(※)を擒(とりこ)にせらる。勁(つよ)き者(もの)は先(さき)だち、疲(つか)るる者(もの)は後(おく)れ、其(そ)の法(ほう)( ※ ) 十(じゅう)にして一(いち)至(いた)る。五十里(ごじゅうり)にして利(り)を争(あらそ)えば、則(すなわ)ち上将軍(じょうしょうぐん)を蹶(たお)し、其(そ)の法(ほう)半(なか)ば至(いた)る。三十里(さんじゅうり)にして利(り)を争(あらそ)えば、則(すなわ)ち三(さん)分(ぶん)の二(に)至(いた)る。是(この)故(ゆえ)に軍(ぐん)の輜重(しちょう)無(な)ければ則(すなわ)ち亡(ほろ)び、糧食(りょうしょく)無(な)ければ則(すなわ)ち亡(ほろ)び、委積(いし)(※) 無(な)ければ則(すなわ)ち亡(ほろ)ぶ。

  • (※)甲を巻きて……身軽に進むために革製の甲を巻いて背負うこと。
  • (※)百里……古代中国の一里は約四百メートルであるから、約四十キロメートル。五十里は約二十キロメートル、三十里は約十二キロメートルとなる。
  • (※)三将軍……当時の軍編成においては上軍、中軍、下軍の三軍をそれぞれの将軍が率いた。その三将軍のことを指す。
  • (※)法……一般に法則、準則のことだが、ここでは強行軍のときの、戦場に到達する兵士の割合となる準則のこと。
  • (※)委積……ここでは輜重隊が運ぶ兵器の補給物資や食糧以外の物資の蓄えのこと。財貨や土木用資材などが考えられる。

【原文】

故軍爭爲利、軍爭爲危、擧軍而爭利、則不及、委軍而爭利、則輜重捐、是故卷甲而趨、日夜不處、倍衜兼行、百里而爭利、則擒三將軍、勁者先、疲者後、其法十一而至、五十里而爭利、則蹷上將軍、其法半至、三十里而爭利、則三分之二至、是故軍無輜重則兦、無糧⻝則兦、無委積則兦、

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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