第16回
人の心を動かしたい
2018.07.24更新
【 この連載は… 】 「ALS(筋萎縮性側索硬化症)」という難病をご存知ですか? 意識や五感は正常のまま身体が動かなくなり、やがて呼吸困難を引き起こす指定難病です。2014年の「アイスバケツ・チャレンジ」というパフォーマンスで目にした方も多いでしょう。あれから約4年経過した現在、まだ具体的な解決法はありません。本連載では、27歳でALSを発症した武藤将胤さんの「限界を作らない生き方」を紹介します。日々、身体が動かなくなる制約を受け入れ、前に進み続ける武藤さん。この困難とどう向き合っていくのか、こうご期待!
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知らずしらずに人間観察をしてしまう
僕には昔から、人をジイッと観察してしまうクセがあります。やろうとしてやっているというより、ふと気がつくと見つめてしまっているのです。
学生の頃は、それが原因で「ガンつけてんじゃねえよ」と絡まれたこともありました。こちらとしては悪意なんか微塵もなくて、興味があるから見てしまうんです。「この人はどうしてこういうことをするのかな?」とか、「何を思ってこういうことを言っているんだろう?」などと、その人の心の中を想像しているんですね。
今でもそういうところは全然変わっていなくて、ときどき妻から指摘されます。一緒に外に出かけたときに、僕は無意識に人をジイッと観察してしまっているみたいなんです。
「ちょっと見すぎだってば。失礼だよ」
妻に小声でささやかれ、ハッとするようなことがときどきあります。
もし僕がどこかであなたと出会い、ジイッと見つめてしまうことがあったら、ごめんなさい。先に謝っておきます。悪気はまったくありません。興味があるから見てしまうんです。
『ウォーリーをさがせ!』なんかをやっていても、当のウォーリーを見つけるだけでなく、ウォーリー以外の人物に目が行って「こいつはここで何をやっているんだろう?」とか考えちゃうんですよ。だけど、それもけっこう面白くて、ウォーリーだけでなく、描かれている小さな人ひとりにも、やっぱりその人のドラマがあるんです。今度、そういう目で見てみてください。ウォーリーだけ探しているときよりも、一枚の絵がより濃密で楽しい世界に見えてくると思いますよ。
観察力と想像力が養われた経験
僕のこの観察グセが、意外にも役に立ったことがありました。
大学1年、ユナイテッドアローズでアルバイトを始めたときのことです。
販売員の仕事を経験したいと思って入ったものの、アルバイトは店頭で販売なんてやらせてもらえません。バックヤードで洋服をたたんで袋にパッキングするとか、品出しする商品をハンガーにかけるとか、ずっとそんな仕事ばかり。そういう中にも「へえ、そうなのか」と学習したことも少しはありましたが、そのうち飽きてきます。やっぱり接客をしてみたいわけです。
閉店の30分前くらいから、店内の片付けを始めるためにアルバイトも店頭に出られる時間があります。その30分がチャンスだな、と思いました。
そこで店頭に出ると、僕は片付けをしながら、店にいるお客さんの様子をさりげなく観察しました。そして近づいていってお声をかけたら、買っていただけたということが何度か続いたんです。その結果、
「武藤、ずっと店頭にいていいよ」
と言ってもらえるようになりました。
僕は、お客さんの様子を観察し、想像力を巡らしたわけです。
難しいことではありません。たとえば、同じ商品を2回手に取って見ていたら、それが気になっている、ということですよね。あるいは、連れの人と相談するシーンがある、これもどうしようか迷っているということです。よく観察していると、このお客さんはどのアイテムに興味があるのか、何を思ってこのアイテムを見ているのか、どうしたがっているのか、に気づくことができるんです。
閉店間際なので、お客さんも買うか、買わないかを悩んでいる時間帯でもあります。そのときに、「欲しい」という気持ちの背中をそっと押してあげるようなアプローチをすると、うまくいくんです。
でも、ヘタをすると、ウザい店員になってしまいます。そうならないようにするためには、そのお客さんがどんなことを考えているのかを、なるべく想像してあげる。「やめようかな」と思っているようだったら、声をかけないほうがいいのです。
接客は人生で初めての経験でしたが、たくさん洋服屋さん巡りをしていたおかげで「どういう接し方をしたら客としてうれしいのか、気持ちがいいのか」がわかっていたのも大きかったかもしれません。
店頭に立たせてもらえるようになった僕は、面白くて「これはけっこう僕に合った仕事かも」と思って、販売に力を注ぎました。お客さんに対する観察力と想像力が、どんどん養われました。
すると、店長に評価していただけるほど、店の売り上げ記録に貢献することができたんです。「数字で結果を出す」ってこういうことなんだな、と知りました。
人の心を動かしたい
この経験を糧に、次はネットショッピングの世界を勉強しようと思ってインターンに入ったのがベンチャー企業エニグモです。
そこで僕は、ひとつの理念のもとに世界初の新しいことをやろうとしている組織の熱気に触れました。そして、アップルの「Think different.」を知り、それに触発されて、「自分はどんなことをクレイジーにやりたいのか」と考えるようになったのです。
学生にとって、いちばん身近な「世界」とは大学です。僕の出身大学、國學院大學は当時は、保守的な校風で、学生が自由な発想でイベントを開催するようなことが全然ありませんでした。僕はそれを物足りなく思っていたので、自分たちでいろいろな企画・イベントを実践していく学生団体を創設しようと考えたのです。
2年の終わり頃、数人の仲間たちと共に、企画イベント団体「ideed(アイディード)」を立ち上げました。これは「IdeaをDeed(実現)する」という意味の造語です。
今まで学内で行われていなかった「ミス・ミスターコンテスト」を開催。
そのミス・ミスターにモデルになってもらい、アパレルブランドを巻き込んでファッションショーをやったり。
他大学と合同で、ワールドカップ日本代表を応援するパブリックビューイング企画を計画、実施したり。
イベント開催だけでなく、企業のプロモーションCMを作ってコンペに投稿したり。
前例がないことばかりで、何をやるにも大学側と交渉、調整しなくてはいけません。
「また武藤か」
と言われながら、実現への道を拓きました。
そういう意味では、すでにルートができているサークル活動を受け継いだのとはまるっきり違っていて、すべてが0からのスタート、道なき道を開拓することでした。0から1を生み出していく面白さを思いっきり味わったのです。
苦労して実現にこぎつけてイベントをやると、たくさんの人が驚いてくれたり、喜んでくれたりします。そういうときの快感は、洋服を売ったときよりもはるかに大きかったんですね。自分が本当にやりたいのは、さまざまなコミュニケーションの方法を通じて、「人の心を動かす」ことなんだと感じるようになっていくのです。
僕がコミュニケーションとかコラボレーションに強い関心をもつようになったのは、こうした背景があったからです。
人間って、自分自身がうれしいと思うことよりも、誰かをうれしがらせることができたときのほうが、喜びが大きい生き物なんじゃないかと思います。その「誰か」が大勢になればなるほど、やりがいがある。そういうことを仕事にしていきたいと僕は考えるようになっていきました。
© WITH ALS
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