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KEEP MOVING 限界を作らない生き方  武藤将胤

第26回

ALS患者が「生きたい」と自由に言える社会に

2018.08.28更新

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【 この連載は… 】 「ALS(筋萎縮性側索硬化症)」という難病をご存知ですか? 意識や五感は正常のまま身体が動かなくなり、やがて呼吸困難を引き起こす指定難病です。2014年の「アイスバケツ・チャレンジ」というパフォーマンスで目にした方も多いでしょう。あれから約4年経過した現在、まだ具体的な解決法はありません。本連載では、27歳でALSを発症した武藤将胤さんの「限界を作らない生き方」を紹介します。日々、身体が動かなくなる制約を受け入れ、前に進み続ける武藤さん。この困難とどう向き合っていくのか、こうご期待!
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気管切開への覚悟

 やがて気管切開をすることになる―このことが、僕は正直、怖くてたまらなかった。
 食事が摂れなくなる、定期的に痰の吸引が必要になる、唾液などを誤嚥して肺炎にかかるリスクが増える、そして何より声を徐々に失うといわれていた。閉ざされていく世界。
 苦しくて暴れまわりたいくらいの衝動に突き動かされていても身動きひとつできないのに、さらに声を発することさえも奪われる。しかし、気管切開をして気道を確保しないと、呼吸困難に陥る。「いったい、どんな拷問なんだ!」と思った。
 しかし、理解を深めていくことで、そして自分でもいろいろ対応策を講じることで、少しずつ不安を和らげることができるようになった。
 まず、気管切開をすること、イコール声を失うことではないことを知った。「スピーチカニューレ」といって話すことができる管があり、気管切開後にもそれを使えば話すことができるようになってきている。
 気管切開にも、いくつか術式がある。
 たとえば、気管と食道を分離する「喉頭摘出術」。気管と食道とが完全に分離されるので、誤嚥性肺炎の危険性はなくなる。ただし、喉頭蓋と共に声帯を切除することになるので、完全に声を失うことになる。
「声門閉鎖術」という方法もある。これは声門を結び合わせて、食べ物や唾液が気管に入ることを阻止するもので、手術時間も短く、呼吸への影響なども少ない。
 これらの場合、誤嚥リスクがなくなるだけでなく、痰の吸引の回数も少なくて済み、口からものを食べることができるというメリットがある。刻んだりして食べやすくする手を加えてもらう必要はあるが、口から食事を摂られている方もいる。胃ろうで栄養は入れられても、自分で食事ができることとは意味が全然違う。食べることができている方たちのほうが、幸福度が高いように見受けられるときもある。
 ただ、僕としては「ALSは治る病気になる」と信じているからこそ、声帯を残しておきたいという気持ちもある。悩ましい問題だ。
 発声機能、嚥下機能、呼吸機能などの状態を見ながら、どういう方法で手術を受けるのが最適か、今、先生と相談している。

ALS患者が「生きたい」と自由に言える社会に

 ALSの場合、気管切開は一時的な気道確保を意味しない。人工呼吸器を装着するかどうかという重要な決断となる。
 日本では、気管切開による人工呼吸器装着を選択するALS患者さんは約30%といわれている。だが、アメリカやイギリスでは人工呼吸器装着率は5%以下、日本は世界でも装着率が高いほうなのだ。
 なぜこれほど装着率が低いのか。
 それは、これが「延命措置」と認識されているからだと思う。ただ命を生き永らえさせる方法だととらえることが、ALSの場合にもあてはまるのか、僕は大いに疑問だ。
 介護問題にもつながるが、自分が生き続けることが家族の負担になるのではないかと考えると、人工呼吸器をつける決断に迷うのはわかる。
 僕自身は気管切開手術を受けることをすでに決断している。だが、気持ちが揺らぐのは、妻とか家族、仲間に負担をかけたくないという思いが湧くときだ。これからどんどん症状が進み、僕がいることで負担をかけ続ける、みんなの人生を台無しにすることになるんじゃないかと考えると、「この決断でいいのか」と思う。
 だから、人工呼吸器につながれて生きる選択はしない、と考える人が多いことも、僕自身わからなくはない。
 しかし、「生きたい」と願わない人間がいるのだろうか。
 自分の存在が家族を苦しめることにならないような体制が確立されていたら、状況はもっと変わってくるのではないか。
「生きていても仕方ない」とか「これ以上、周囲に迷惑をかけてまで生きていたくない」と思わせてしまう状況が、難病患者の生きる意欲を削いでいるのではないか。
 人工呼吸器を装着するか否かは、どちらがいい悪いという問題ではない。どちらを選択するかはその人の考え方次第だ。だが、考えるにあたって、「生きていたい」という根源的な欲望を押しのけてしまうような社会であってはよくないと、僕は思う。
 選択する自由が一人ひとりにあるべきだ。そういう世の中であってほしいと思う。
 そして、気管切開が、「延命のための措置」というとらえ方ではなく、病気とうまく付き合っていくためのプロセスの一段階になっていってほしい。そうしたら、みんなもっとこの治療法を暗く考えずに受けられるようになるだろう。
 僕は、人工呼吸器を装着しても、自分らしい人生を送れるということをメッセージとして伝えたい。
 ALSのような難病の苦しさは、病気そのものだけではない。
 自分自身の人生観、死生観から、家族への思い、介護問題まで多岐にわたる。本当に「あきらめない」という意思を持ち続けるには、やはり希望がいるのだ。
 だから僕は、必ず治す、病気を克服するという思いで、これからもこの病気と向き合っていく。

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著者

武藤将胤

1986年ロサンゼルス生まれ、東京育ち。難病ALS患者。一般社団法人WITH ALS 代表理事、コミュニケーションクリエイター、EYE VDJ。また、(株)REBORN にて、広告コミュニケーション領域における、クリエイティブディレクターを兼務。過去、(株)博報堂で「メディア×クリエイティブ」を武器に、さまざまな大手クライアントのコミュニケーション・マーケティングのプラン立案に従事。2013年26歳のときにALS を発症し、2014年27歳のときにALSと宣告を受ける。現在は、世界中にALSの認知・理解を高めるため「WITH ALS」を立ち上げテクノロジー×コミュニケーションの力を駆使した啓発活動を行う。本書『KEEP MOVING 限界を作らない生き方』が初の著書となる。

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