第13回
猒恥第十三
2018.12.20更新
日本人の精神世界に多大な影響を与えた東洋哲学の古典『老子』。万物の根源「道」を知れば「幸せ」が見えてくる。現代の感覚で読める超訳と、原文・読み下し文を対照させたオールインワン。
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猒恥第十三
13 欲望などより、自分の身体が一番大切である
【現代語訳】
世の人々は寵愛(ちょうあい)を得ては胸ときめかせ、屈辱を受けては、胸をふさがせる。そして寵愛とか屈辱とかを大きな関心事として、自分の身と同じもののように考えているようだ。
どうして寵愛とか屈辱に一喜一憂するのであろうか。寵愛はくだらないものだ。それなのにそれを手に入れられるかと心配し、失うと不安でいる。こうした状態を寵愛と屈辱にびくびくと心配、不安でいっぱいだというのである。
ではどうして寵愛とか屈辱(あるいは名誉とか財産)などの得喪を大きな心配事としているのか。それは自分の欲望に執着しているからだ。自分の欲望への執着がないと、何も心配することはないのである(だから、大切なことは自分の身、生命の根本を大切にすることである)。
だから、天下を治めるということより、自分の身を大切にする人にこそ天下をまかすことができるのだ。自分の身を愛する人だからこそ天下をあずけることができるのである(外部の余計な欲望から切り離され、大切な我が身を扱うように、天下を大切に扱うからである)。
【読み下し文】
寵辱(ちょうじょく)(※)に驚(おどろ)くが若(ごと)し、大患(たいかん)(※)を貴(たっと)ぶこと身(み)の若(ごと)し。
何(なに)をか寵辱(ちょうじょく)に驚(おどろ)くが若(ごと)しと謂(い)う。寵(ちょう)を下(げ)と為(な)す。これを得(う)るに驚(おどろ)くが若(ごと)く、これを失(うしな)うに驚(おどろ)くが若(ごと)し。是(こ)れを寵辱(ちょうじょく)には驚(おどろ)くが若(ごと)しと謂(い)う。
何(なに)をか大患(たいかん)を貴(たっと)ぶこと身(み)の若(ごと)しと謂(い)う。吾(わ)れに大患(たいかん)有(あ)る所以(ゆえん)の者(もの)は、吾(われ)に身(み)有(あ)るが為(ため)なり。吾(われ)に身(み)無(な)きに及(およ)びては、吾(わ)れに何(なん)の患(わずら)い有(あ)らん。
故(ゆえ)に身(み)を以(もっ)てするを天下(てんか)を為(おさ)むるよりも貴(たっ)とべば、若(すなわ)ち天下(てんか)を託(たく)すべく、身(み)を以(もっ)てするを天下(てんか)を為(おさ)むるよりも愛(あい)すれば、若(すなわ)ち天下(てんか)を寄(よ)すべし。
- (※)寵辱……「寵」は、寵愛や栄誉を受けること。「辱」は屈辱、恥辱を受けること。
- (※)大患……文字通りに解すると大きな害のこと。文章の流れからすると、ここでの「患」は「寵辱」のことを指していると解される。すなわち「大患」とは、ここでは寵愛とか屈辱とかを大きな関心事としての意味と解する。
【原文】
猒恥第十三
寵辱若驚、貴大患若身。
何謂寵辱若驚。寵爲下。得之若驚、失之若驚、是謂寵辱若驚。
何謂貴大患若身。吾所以有大患者、爲吾有身。
及吾無身、吾有何患。故貴以身爲天下、若可寄天下。愛以身爲天下、若可寄天下。
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