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全文完全対照版 老子コンプリート 野中根太郎 訳

第85回

解説(4)

2019.04.08更新

読了時間

日本人の精神世界に多大な影響を与えた東洋哲学の古典『老子』。万物の根源「道」を知れば「幸せ」が見えてくる。現代の感覚で読める超訳と、原文・読み下し文を対照させたオールインワン。
「もくじ」はこちら

三 老子の日本への影響

1 『菜根譚(さいこんたん)』と『徒然草』から見る老子

先に述べたごとく、「老子」は日本の神道や仏教に相当深く入り込んでいる。そして、もちろん「論語」も日本人に相当影響を与えている。
ただ、日本人は、「老子」や「論語」をそのまま取り入れることはせず、新渡戸稲造も述べていたように、自分たちに合うもの(あるときは修正しつつ)を選んで自分たちのものとしていった。
私は、ここで二つの本を選んで簡単な確認作業を行ってみた。「老子」の日本への入り方の証左とするためである。
一つは中国の『菜根譚』である。明末の時代の洪自誠(こうじせい)(一五七三~一六二〇年)によって書かれたものである。しかし、この本は本国中国ではあまり読まれずに、日本に紹介された江戸時代末から現代にかけて、多くの日本人に読まれてきた。今でも本屋さんにたくさん並んでいる。
内容は、儒学、仏教、道教の教えから成る処世術を教えてくれるものである。もちろん神道はないが、神道の中に道教がかなり入り込んでいるものを見ると、まさに日本人の求める教えがたくさんある。その教えの中に、「老子」の思想を見てみたい。なお、『菜根譚』は、吉川英治、田中角栄、松下幸之助などが愛読したことでもよく知られている。
もう一つは、兼好法師の『徒然草』である。兼好法師は、一二八三年ごろの生まれで一三五二年以降に死んでいる。つまり、鎌倉時代末期から室町時代へ移り変わる動乱の時代に生きていた。
「法師」というくらいだから兼好法師は仏教徒である。また、後の吉田神道とつながる神道とも関係の深い家系の人であり(だから吉田兼好ともいわれる)、いわゆる市井の隠者であるから「老子」の教えも信奉している。
『徒然草』を読むとわかるが、兼好法師は恋愛経験も仕事の経験もある(若いころ官僚だった)。世俗とは適当につながっているまさに日本人の典型のような人である。だからこそ、『徒然草』はとても人気があり続ける書物なのであろう。
以上の二つの書物の内容を「老子」という視点からチェックし、日本人への影響の一つの証拠としてみたい。

2 『菜根譚』と老子

(1) 『菜根譚』は、前集二百二十二章と後集百三十五章から成る。前集第一章に「達人(たつじん)は物外(ぶつがい)の物(もの)を観(み)、身後(しんご)の身(み)を思(おも)う」とある。これは「老子」辯德第三十三の「其(そ)の所(ところ)を失(うしな)わざる者(もの)は久(ひさ)し。死(し)して而(しか)も亡(ほろ)びざる者(もの)は寿(いのちなが)し」と似た考え方である。

(2) 前集第二十八章の「人(ひと)と与(とも)にしては徳(とく)に感(かん)ずることを求(もと)めざれ」は、『老子』養身第二、能爲第十、養德第五十一などの「為(な)すも而(しか)も恃(たの)まず」と同じである。

(3) 前集第三十三章の「道徳(どうとく)仁義(じんぎ)の心(こころ)を放(はな)ち得(え)下(くだ)して、纔(わずか)に聖(せい)に入るべし」は、「老子」論德第三十八の「上徳(じょうとく)は徳(とく)とせず、是(ここ)を以(もっ)て徳(とく)有(あ)り」以下と共通している。

(4) 前集第六十三章の「欹器(いき)は満(み)つるを以(もっ)て覆(くつがえ)り、撲満(ぼくまん)は空(むな)しきを以(もっ)て全(まった)し」以下は、「老子」益謙第二十二の、「窪(くぼ)めば則(すなわ)ち盈(み)ち」などの文章と同じ趣旨である。

(5) 前集第八十六章の「一(ひと)たび起(お)こりて便(すなわ)ち覚(さと)り、一(ひと)たび覚(さと)りて便(すなわ)ち転(てん)ず」などの文章は、「老子」恩始第六十三の「難(かた)きを其(そ)の易(やす)きに図(はか)り」などと同じ内容である。

(6) 前集第九十一章の「天(てん)は即(すなわ)ち着意(ちゃくい)の中(なか)に就(つ)いて、其(そ)の魄(はく)を奪(うば)う」などは、「老子」任爲第七十三の「天網恢恢(てんもうかいかい)、踈(そ)にして而(しか)も失(うしな)わず」の意味と同じである。

(7) 前集第百三章の「万物(ばんぶつ)も皆(みな)吾(わ)れと一体(いったい)なり」は、「老子」歸根第十六「天(てん)は乃(すなわ)ち道(みち)なり、道(みち)は乃(すなわ)ち久(ひさ)し。身(み)を没(ぼっ)するまで殆(あや)うからず」と同趣旨である。

(8) 前集第百五十四章の「事(こと)を謝(しゃ)するは、当(まさ)に正盛(せいせい)の時(とき)に謝(しゃ)すべし」以下の文章は、まさに「老子」運夷第九の「功(こう)遂(と)げて身(み)退(しりぞ)くは、天(てん)の道(みち)なり」と同じである。

(9) 前集第二百二十一章の「早秀(そうしゅう)は晩成(ばんせい)に如(し)かざることや」は、「老子」同異第四十一にある「大器(たいき)は晩成(ばんせい)し」の意味と同じである。

(10) 後集第七十章の「寵辱(ちょうじょく)、驚(おどろ)かず」以下は「老子」猒恥第十三の「寵辱(ちょうじょ)に驚(おどろ)くが若(ごと)し」

以下が同じ趣旨で参考になる。

(11) 後集第百二十章の「達人(たつじん)は当(まさ)に順逆(じゅんぎゃく)一視(いっし)して、欣戚(きんせき)両(ふた)つながら忘(わす)るべし」は、「老子」順化第五十八の「禍(わざわ)いは福(ふく)の倚(よ)る所(ところ)、福(ふく)は禍(わざわ)いの伏(ふ)す所(ところ)。孰(たれ)か其(そ)の極(きょく)を知(し)らん」と同じである。

他にも『菜根譚』には「老子」の考え方と同じものがあるが、これくらいにして次に『徒然草』を見てみよう。

3 『徒然草』と老子

(1) まず、その十三段に、夜一人で読む本として、「老子の言葉」を挙げている。もちろん他の本も読んではいるが、隠人君子を目指している兼好としては『老子』の教えは欠かせないのである。

(2) 第三十八段の「真(まこと)の人(ひと)は、智(ち)も無(な)く、徳(とく)も無(な)く、功(こう)も無(な)く、名(な)も無(な)し。誰(だれ)か知(し)り、誰(だれ)伝(つた)へん」などは、「老子」三寶第六十七が参考になる。

(3) 第七十九段の「何事(なにごと)も入(はい)り立(た)たぬ様(さま)したるぞよき」は、「老子」知病第七十一「知(し)りて知(し)らずとするは上(じょう)なり」と内容が同じである。

(4) 第八十二段の「すべて、何(なに)も皆(みな)、事(こと)の整(とと)のほりたるは悪(あ)しきことなり」は、「老子」益謙第二十二の「曲(きょく)なれば則(すなわ)ち全(まった)し」、洪德第四十五の「大巧(たいこう)は拙(せつ)なるが若(ごと)く」と同じ趣旨である。

(5) 第百四十二段の「上(かみ)のおごり費(つい)やすところをやめ、民(たみ)を撫(な)で」「衣食(いしょく)尋(よ)の常(つね)なる上(うえ)に僻事(ひがごと)せん人(ひと)をぞ、真(まこと)の盗人(ぬすびと)とは言(い)ふべき」とあるのは、「老子」益證第五十三の「是(こ)れを盗夸(とうか)と謂(い)う」と同じである。

(6) 第二百十一段の「強(こわ)き者(もの)、失(ま)づ滅(ほろ)ぶ」とあるのは、「准南子(えなんじ)」からの引用である。「准南子」は紀元前百数十年ごろの書物で、道家を中心に儒家、法家の思想も入っている。
これも日本に影響を与えた書物の一つである。なお、「老子」戒強第七十六の「人(ひと)の生(い)くるや柔弱(じゅうじゃく)、其(そ) の死(し)するや堅強(けんきょう)」も同じ趣旨である。

やはり、細かく見れば他にも「老子」の影響を受けている段を挙げられる。こうして日本人の愛し続けている古典『徒然草』にも「老子」の影響が見受けられることがわかった。
以上の二冊以外にも、「老子」は相当の影響があろう。神道や仏教と「老子」については、今後の研究が次第に明らかにしていってくれることを期待したい。
ここでは、私たち現代日本人が、「老子」に親しみ、読んでいくことの必要性を再確認しておくにとどめたい。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術-相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(共に誠文堂新光社)などがある。

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