第2回
1〜3話
2019.12.24更新
「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、菜根譚の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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前集
1 正しい生き方をする者は永遠の価値を得る
【現代語訳】
人としての正しい道を守っていく者は、不遇になることがある。しかし、それは一時的なものだ。逆に権力を持つ者にこびへつらう者は、一時的にはうまくいくかもしれないが、いずれうまくいかなくなる。それは永遠の寂しさとなる。人としての正しい生き方(道)を知る達人は、目の前の世俗の利益より正しい真実を求め、死後の朽ちざる名を考えるものだ。だから一時的に不遇を受けても、永遠の不遇を招くような生き方をするべきではない。
【読み下し文】
道徳(どうとく)(※)に棲守(せいしゅ)する者(もの)は、一時(いちじ)に寂寞(せきばく)たり。権勢(けんせい)に依阿(いあ)する者(もの)は、万古(ばんこ)に凄涼(せいりょう)たり。達人(たつじん)は物外(ぶつがい)の物(ぶつ)(※)を観(み)、身後(しんご)の身(しん)(※)を思(おも)う。寧(むし)ろ一時(いちじ)の寂寞(せきばく)を受(う)くるも、万古(ばんこ)の凄涼(せいりょう)を取(と)ること毋(な)かれ。
(※)道徳……ここでは、正しい道、生き方、真実、真理を指す。今で言うところの「道徳」の根源となる正しい生き方のこと。
(※)物外の物……目の前の世俗的な利益の向こうにある真実、真理、生き方。
(※)身後の身……死後の姓名と名声、名誉。不朽の名。正しい真実。永遠の正しい生き方。なお、『老子』は、「強(つと)めて行(おこな)う者(もの)は志(こころざし)有(あ)り。其(そ)の所(ところ)を失(うしな)わざる者(もの)は久(ひさ)し。死(し)して而(しかも亡(ほろ)びざる者(もの)は寿(いのちなが)し」(辯德第三十三)とする。この解釈は難しいが、私は次のように訳した。「努力を続ける者は、すでに志を果たしていることである。自分の本来の在り方を失わない者は、長続きする。たとえ死んでも、「道」と一体の人は滅びることがない」(拙著『全文完全対照版 老子コンプリート』辯德第三十三参照)。「身後の身」を考えるとき、この『老子』の教えは非常に参考になる。
【原文】
棲守衜德者、寂寞一時。依阿權勢者、凄涼萬古。逹人觀物外之物、思身後之身。寧受一時之寂寞、毋取萬古之凄涼。
2 純朴で愚直な生き方が良い
【現代語訳】
世のなかでの経験が少ないと、悪いことに染まることも浅いものがある。世のなかでの経験が多くなるにつれ、世のからくりにも染まることが深くなっていく。だから、君子は世渡りがうまいよりも、純朴で愚直なほうが良い。また、細かなしきたりに縛られてしまうよりも、世間にうとくて常識はずれのほうが良い。
【読み下し文】
世(よ)を渉(わた)ること浅(あさ)ければ、点染(てんせん)(※)も亦(ま)た浅(あさ)し。事(こと)を歴(ふ)ること深(ふか)ければ、機械(きかい)(※)もまた深(ふか)し。故(ゆえ)に君子(くんし)(※)は、その練達(れんたつ)ならんよりは、朴魯(ぼくろ)(※)なるに若(し)かず。その曲謹(きょくきん)(※)ならんよりは、疎狂(そきょう)(※)なるに若(し)かず。
(※)点染……世のなかの悪習。よごれ、しみがつくこと。
(※)機械……ここでは、からくり、計略のこと。
(※)君子……立派な人格者。道を目指して成長している人。君子の反対語が小人。なお、士君子については、本書の前集60条参照。
(※)朴魯……愚直であること。純朴魯鈍。
(※)曲謹……細かなことによく通じている。
(※)疎狂……世間のことにうとくて常識からずれている。必ずしも世間の多くの人からほめられる必要がないことについて、アメリカの思想家・エマーソンの次の言葉は本項に通じるものを感じる。「偽物の友人の裏切りに耐え、美しいものがわかり、他人の良いところが見られるようになり、子どもの健康、庭の手入れ、社会の改善に少しでも加わり、一人でもいいからあなたが生きてくれて良かったと思ってくれること、これが私の考える人生の成功というものである」(野中訳)。
【原文】
涉世淺、點染亦淺。歷事深、機械亦深。故君子與其練逹、不若朴魯。與其曲謹、不若疎狂。
3 才能は自慢したり、ひけらかしてはならない
【現代語訳】
君子の心のありようは、晴ればれとしていて、澄みわたっており、人からもよくわかるようにしておくべきだ。しかし、才能に優れていることは、これを自慢したり、人に見せびらかすものではない。むしろ、わからないようにしておくべきだ。
【読み下し文】
君子(くんし)の心事(しんじ)(※)は、天(てん)青(あお)く日(ひ)白(しろ)く、人(ひと)をして知(し)らざらしむべからず。君子(くんし)の才華(さいか)(※)は、玉(たま)韞(おさ)め珠(たま)蔵(ぞう)し(※)、人(ひと)をして知(し)り易(やす)からしむべからず。
(※)心事……心のありよう。
(※)才華……才智、才能に優れていること。
(※)玉韞め珠蔵し……宝物をしまい込んで、わからないようにすること。なお、『論語』では、弟子の子貢が次のように孔子に聞いている。「斯(ここ)に美玉(びぎょく)有(あ)り。匵(ひつ)に韞(おさ)めて諸(これ)を蔵(ぞう)せんか。善賈(ぜんこ)を求(もと)めて諸(これ)を沽(う)らんか」と。これに対して孔子は「之(これ)を沽(う)らんかな、之(これ)を沽(う)らんかな」といった(子罕第九)。一方、『老子』は、「我(われ)を知(し)る者(もの)希(まれ)なるは、則(すなわ)ち我(われ)貴(たっと)し。是(ここ)を以(もっ)て聖人(せいじん)は褐(かつ)を被(き)て玉(たま)を懐(いだ)く」(知難第七十)とする。両者を比較すると本項は、どちらかというと老子の言い方に近いようだ。
【原文】
君子之心事、天靑日白、不可使人不知。君子之才華、玉韜珠藏、不可使人易知
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