第11回
28〜30話
2020.01.09更新
「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、菜根譚の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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28 他人から感謝の見返りを求めない
【現代語訳】
人生をうまく生きていくためには、必ずしも功名(名声や地位など)を求めていく必要はない。大過なく日常を無事に過ごしていくことができれば、それが功名なのである。また、人と交わり人に恩恵を与えたとしても、そのことについて感謝の見返りを求めるものではない。怨まれなければ、それが見返り(徳)である。
【読み下し文】
世(よ)に処(しょ)しては必(かなら)ずしも功(こう)(※)を邀(もと)めざれ、過(あやま)ち無(な)は便(すなわ)ち是(こ)れ功(こう)なり。人(ひと)と与(とも)にしては徳(とく)に感(かん)ずること(※)を求(もと)めざれ、怨(うら)み無(な)きは便(すなわ)ち是(こ)れ徳(とく)なり。
(※)功……功名。名声や地位など。お金もこれに含む。
(※)徳に感ずること……恩恵に感じ、ありがたく思うこと。見返り。なお、『老子』の養身第二、能爲第十、養德第五十一なども、「為(な)すも而(しか)も恃(たの)まず」とし、聖人は見返りを求めないとする。本項の解釈については、本書の前集51条、52条も参照。
【原文】
處世不必邀功、無過便是功。與人不求感德、無怨便是德。
29 仕事は楽しみ、熱意を持ちたい
【現代語訳】
何事にも気を使いながら仕事に励むのは良いことだが、それも度をすぎると、楽しみを感じなくなり喜びもなくなる(結果、良い仕事もできなくなるおそれがある)。また、淡白で無欲な態度は高尚ではあるが、それも度をすぎて枯れすぎると、人のためそして世のなかのためになる仕事となりにくい。
【読み下し文】
憂勤(ゆうきん)(※)は是(こ)れ美徳(びとく)なるも、太(はなは)だ苦(くる)しめば、則(すなわ)ち以(もっ)て性(せい)に適(かない)情(じょう)を怡(よろこ)ばしむること無(な)し。澹泊(たんぱく)(※)は是(こ)れ高風(こうふう)なるも、太(はなは)だ枯(か)るれば、則(すなわ)ち以(もっ)て人(ひと)を済(すく)い物(もの)を利(り)すること無(な)し。
(※)憂勤……何事にも気を使い仕事に励むこと。本項の解釈については、中国を題材にした小説でノーベル賞を取ったパール・バックは、「良い仕事をするためには、それを〝楽しんで〟やることだと知ることである」と言った。『論語』も「之(これ)を知(し)る者(もの)は、之(これ)を好(この)む者(もの)に如(し)かず。之(これ)を好(この)む者(もの)は、之(これ)を楽(たの)しむ者(もの)に如(し)かず」(雍也第六)と述べている。
(※)澹泊……淡白で無欲。
【原文】
憂勤是美德、太苦則無以適性怡情。澹泊是高風、太枯則無以濟人利物。
30 功なり名を遂げたらさっさと退く
【現代語訳】
事にいきづまり、にっちもさっちもいかなくなったら、初心に戻って見直すべきである。事がうまくいき、功成り名を遂げたら、ゆく末を見定めてさっさと引退することを考えるべきだ(そうしないと後で醜態をさらすことになる)。
【読み下し文】
事(こと)窮(きわ)まり勢(せい)蹙(ちぢ)まる(※)の人(ひと)は、当(まさ)に其(そ)の初心(しょしん)を原(たず)ぬべし。功(こう)成(な)り行(こう)満(み)つるの士(し)は、其(そ)の末路(まつろ)(※)を観(み)んことを要(よう)す。
(※)勢蹙まる……にっちもさっちもいかなくなる。形勢が縮まり、衰える。
(※)末路……ゆく末、晩年。なお、『老子』の運夷第九は、「富貴(ふうき)にして驕(おご)るは、自(みずか)ら其(そ)の咎(とが)を遺(のこ)す。功(こう)遂(と)げて身(み)退(しりぞ)くは、天(てん)の道(みち)なり」と述べている。本書の参考文献とした名著『中国思想史』(KKベストセラーズ)の著者として、また、人格者として知られた小島祐馬氏は、京大教授を停年で退いた後、郷里の高知に帰り農業に従事した。学長をはじめとする各種の名誉職のみならず当時の首相からの文部大臣要請も断ったという。『老子』や『菜根譚』の教えそのままの人生だったようだ。このように日本人の多くは、『菜根譚』や『老子』をよく学び、実践する人も多かった。しかし、功なり名を遂げた人のなかには、天下りを当然と考える人、名誉○○になりたがる人もいる。これは人間の弱さからくる老害の一つだが、『菜根譚』からすると、“社会の敵”のような存在である。
【原文】
事窮勢蹙之人、當原其初心。功成行滿之士、要觀其末路。
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