第48回
139〜141話
2020.03.05更新
「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、菜根譚の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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139 才能があって人格がないと主客逆転でとんでもないことになる
【現代語訳】
人格(徳)がその人の主人であって、才能というのはその召使いである。才能があっても人格がないのは、家に主人がいなくて、召使いが勝手に支配しているようなものである。これではまともなことは行われずに、まさに、もののけが暴れ狂っているようなものである。
【読み下し文】
徳(とく)(※)は才(さい)の主(しゅ)にして、才(さい)は徳(とく)の奴(ど)なり。才(さい)有(あ)りて徳(とく)無(な)きは、家(いえ)に主(しゅ)無(な)くて奴(ど)の事(こと)を用(もち)う(※)るが如(ごと)し。幾何(いくばく)か魍魎(もうりょう)(※)にして猖狂(しょうきょう)(※)せざらん。
(※)徳……人格。『孟子』の有名な言葉で吉田松陰も愛唱した「友(とも)たる者(もの)は、其(そ)の徳(とく)を友(とも)とするなり」(万章下篇)も、本項の趣旨に沿う。また、前集156条も参照。
(※)事を用う……支配する。
(※)魍魎……もののけ。
(※)猖狂……暴れ狂う。
【原文】
德者才之主、才者德之奴。有才無德、如家無主而奴用事矣。幾何不魍魎而猖狂。
140 ネズミと悪人には逃げ道を用意しておく
【現代語訳】
悪人を除き、へつらい者をいなくするには、彼らが出ていくための一つの逃げ道を用意しておく必要がある。もし逃げ道を一つもつくらずにいると、それはネズミの穴をふさいでしまうようなものだ。一切の逃げ道がないと、大事なものまでかみ破られてしまうことになる。
【読み下し文】
奸(かん)を鋤(す)(※)き倖(こう)を杜(ふさ)ぐ(※)は、他(かれ)に一条(いちじょう)の去路(きょろ)(※)を放(はな)つを要(よう)す。若(も)し之(これ)をして一(いち)も容(い)るる所(ところ)無(な)からしめば、譬(たと)えば鼠(ねずみ)の穴(あな)を塞(ふさ)ぐものの如(ごと)し。一切(いっさい)の去路(きょろ)都(すべ)て塞(ふさ)ぎ尽(つ)くせば、則(すなわ)ち一切(いっさい)の好物(こうぶつ)も俱(とも)に咬(か)み破(やぶ)られん。
(※)奸を鋤く……スキで草を取るように悪人を除く。
(※)倖を杜ぐ……へつらい者をいなくする。
(※)去路……逃げ道。なお、悪人とは違うが、『孫子』は敵を包囲して攻撃するときも、必ず逃げ道をつくっておくようにいう。「囲師(いし)には必(かなら)ず闕(か)き」(軍争篇)とする。そうしないと味方も大きく傷つく可能性が高くなるからである。
【原文】
鋤奸杜倖、要放他一條去路。若使之一無所容、譬如塞鼠穴者。一切去路都塞盡、則一切好物俱咬破矣。
141 成功後の安楽、幸せは共有しにくい
【現代語訳】
失敗した責任は人と共有することができるし、すべきである。しかし、成功した場合の功績は共有することは難しいし、すべきでない。もし功績を共有すると、お互いに嫌うようになってくる。また、苦労、困難は人と共有できるし、すべきである。しかし、成功後の安楽、幸せは共有しにくく、すべきでない。もし共有すると、お互い憎しみ合うようになってくる。
【読み下し文】
当(まさ)に人(ひと)と過(あやま)ちを同(おな)じくすべく、当(まさ)に人(ひと)と功(こう)を同(おな)じくすべからず。功(こう)を同(おな)じくすれば則(すなわ)ち相(あい)忌(い)む。人(ひと)と患難(かんなん)を共(とも)にすべく、人(ひと)と安楽(あんらく)(※)を共(とも)にすべからず。安楽(あんらく)なれば則(すなわ)ち相(あい)仇(あだ)とす。
(※)安楽……心身の悩み、苦痛、生活の苦労がない幸せ。ここでは成功後の満足した状態やくらし。なお、『史記』(越王勾践世家(えつおうこうせんせいか))に「与(とも)に患(かん)を同(おな)じゅうすべきも、与(とも)に安(やす)きに居(お)ることは難(むずか)し」とあって、春秋時代の越王勾践に仕えた范蠡(はんれい)の賢い身の処し方が書いてある。西郷隆盛と大久保利通のことを考えれば、本項の言葉がよくわかる。維新成就後、明治になって盟友の西郷を追い詰めていく大久保の人間性を批判しがちだが、これも一つの人間の悲しい習性かもしれない。現代においても、なかにはうまくいく人たちもあるが、日本を代表する会社で成功していった後、憎しみ合う成功者たちも私は実際に見ている。さすが『菜根譚』の目は鋭いものがある。
【原文】
當與人同過、不當與人同功。同功則相忌。可與人共患難、不可與人共安樂。安樂則相仇。
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