第93回
52〜54話
2020.05.14更新
「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、菜根譚の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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52 欲が大きすぎるとあまり良いことはない
【現代語訳】
心のなかが欲でいっぱいの者は、静かな深い淵(ふち)に波が沸き上がってくるようなものである。たとえ山林のなかに住んでみても、その静寂さを味わうことはできない。これに対し、心のなかを空(から)にし、欲をなくしている者は、酷暑の夏でも涼しさを感じることができる。たとえ騒々しい町中に住んでいても、その騒がしさを感じない。
【読み下し文】
其(そ)の中(なか)(※)を欲(よく)にする者(もの)は、波(なみ)、寒潭(かんたん)(※)に沸(わ)き、山林(さんりん)も其(そ)の寂(せき)を見(み)ず。其(そ)の中(なか)を虚(きょ)にする者(もの)は、涼(りょう)、酷暑(こくしょ)に生(しょう)じ、朝市(ちょうし)(※)も其(そ)の喧(けん)を知(し)らず。
(※)其の中……心のなか。本項からは、『老子』の「足るを知る」の思想が感じられる。「足(た)るを知(し)る者(もの)は富(と)む」(辯德第三十三)。「罪(つみ)は欲(ほっ)すべきより大(だい)なるは莫(な)く、禍(わざわ)いは足(た)るを知(し)らざるより大(だい)は莫(な)く、咎(とが)は得(う)るを欲(ほっ)するより大(だい)なるは莫(な)し。故(ゆえ)に足(た)るを知(し)るの足(た)るは、常(つね)に足(た)る」(儉欲第四十六)などである。なお、本書の後集21条もこの思想を展開している。
(※)寒潭……静かな深い淵。
(※)朝市……町中。雑踏している都会。町で見られる朝の市場のようなにぎやかさ。
【原文】
欲其中者、波沸寒潭、山林不見其寂。虛其中者、涼生酷暑、朝市不知其喧。
53 財産が多いとそれだけ嫌なことも多い
【現代語訳】
財産の多い者は、大きく失うことになる。だからお金持ちは、貧乏人が失うことを大して心配しないでいい点において及ばないことがわかる。また、地位の高い者は、倒れる際も早い。だから身分の高い者は、身分のない一般庶民が、いつも安心していられることに及ばないことがわかる。
【読み下し文】
多(おお)く蔵(ぞう)する者(もの)は厚(あつ)く亡(うしな)う(※)、故(ゆえ)に富(とみ)は貧(まず)しきの慮(おもんばか)り無(な)きに如(し)かざるを知(し)る。高(たか)く歩(あゆ)む者(もの)は疾(はや)く顚(たお)る(※)、故(ゆえ)に貴(とうとき)は賤(いやしき)の常(つね)に安(やす)きに如(し)かざるを知(し)る。
(※)厚く亡う……大きく失うことになる。莫大な損をする。前項に続いて『老子』の思想がうかがえる。なお、『老子』は、「甚(はなは)だ愛(あい)せば必(かなら)ず大(おお)いに費(つい)え、多(おお)く蔵(ぞう)すれば必(かなら)ず厚(あつ)く亡(うしな)う」(立戒第四十四)と、本項と同じように言う。本項の解釈については、本書の前集66条も参照。
(※)疾く顚る……早く倒れる。この文章も『老子』の同じような教えが根底にあることがうかがえる。『老子』は「物(もの)は壮(さかん)なれば則(すなわ)ち老(お)ゆ。是(これ)を不動(ふどう)と謂(い)う。不動(ふどう)は早(はや)く已(や)む」(儉武第三十)と述べている。
【原文】
多藏者厚亡、故知富不如貧之無慮。高步者疾顚、故知貴不如賤之常安。
54 楽しみのルーティンがある幸せ
【現代語訳】
夜明けの窓の下で易経(古典)を読みつつ、松の露で朱墨(しゅずみ)をする。また、昼の机に向かっては、仏教の経文を論じ合いつつ、宝磬という石でつくられた楽器を鳴らして、その音を竹林を吹く風に響かせる(何と幸せなときであろうか)。
【読み下し文】
易(えき)(※)を暁窓(ぎょうそう)に読(よ)んで、丹砂(たんさ)(※)を松間(しょうかん)の露(つゆ)(※)に研(みが)く。経(きょう)を午案(ごあん)(※)に談(だん)じて、宝磬(ほうけい)(※)を竹下(ちくか)の風(かぜ)に宣(の)(※)ぶ。
(※)易……周易、易経とも呼ばれる。いわゆる「四書五経」の一つ。現在は人生哲学の書としての面と占い書としての面がそれぞれに研究されている。『論語』に孔子が易について述べているところがある。「我(われ)に数年(すうねん)を加(くわ)え、五十(ごじゅう)にして以(もっ)て易(えき)を学(まな)べば、以(もっ)て大過(たいか)無(な)し」(述而第七)というものである。ただし、朱子は、孔子はこのときすでに七十歳近いし、「五十」は「卒」の誤りであろうとしている。いずれにしても、孔子も易を重要視していたことは間違いない。
(※)丹砂……朱墨。書物に読むための句読点(日本では返り点も)を打ったり、詩や文章の添削をする際などに用いた。日本でも昭和三十年代前半くらいまでは学校などでよく用いられた。
(※)露……ここでは松の露。松露(しょうろ)。日本でもお菓子の名や酒の名によく使われる。古い文具店の名にもつけられる。
(※)午案……昼の机。
(※)宝磬……中国古代の楽器。石でつくられる。禅宗の寺などでよく用いられた。「宝」は美称。なお、『論語』に孔子が磬を打って楽しんでいる箇所がある(憲問第十四)。
(※)宣……響かせる。鳴らす。
【原文】
讀易曉窓、丹砂硏松閒之露。談經午案、寶磬宣竹下之風。
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