第111回
106〜108話
2020.06.09更新
「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、菜根譚の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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106 人も我も同じ、動も静も忘れるという境地を目指す
【現代語訳】
静かなことを好み騒がしいことを嫌う者は、人を避けることで静けさを求めようとする。しかし、意図的に人を避けるのは、自己にとらわれた心の表れであり、静けさに執着することが、すでに心を動かすもとになっていることがわかっていない。これでは、人も我も同じ、動も静も忘れる、という境地に到達することはできない。
【読み下し文】
寂(じゃく)を喜(よろこ)び喧(けん)を厭(いと)う者(もの)は、往往(おうおう)にして人(ひと)を避(さ)けて以(もっ)て静(せい)を求(もと)む。意(い)、人(ひと)無(な)きに在(あ)れば便(すなわ)ち我相(がそう)を成(な)し、心(こころ)、静(せい)に着(ちゃく)せば便(すなわ)ち是(こ)れ動根(どうこん)(※)なるを知(し)らず。如何(いかん)ぞ、人我一視(じんがいっし)(※)、動静(どうせい)両忘(りょうぼう)の境界(きょうかい)に到(いた)り得(え)ん。
(※)動根……心を動かすもと。
(※)人我一視……人も我も同じ。自他の区別なく平等視する。こういった考え方の延長線に西郷隆盛や中村正直の「敬天愛人」の説もある。すなわち家族愛を重視する儒教からも「敬天愛人」の説も導くことができる。
【原文】
喜寂厭喧者、徃徃避人以求靜。不知意在無人便成我相、心着於靜便是動根。如何、到得人我一視、動靜兩忘的境界。
107 自然の風景に感じることも多い
【現代語訳】
俗世間から離れて山林深くに住んでみると胸中もすがすがしくなり、見る物触れる物すべてに趣があり、いろいろ感じさせてくれる。例えば、一片の雲や野にいる鶴を見ると、世俗を超越した思いが起こってくるし、岩の間を流れる谷川を見ると、汚れた心が洗い清められる思いがしてくる。また、檜や寒梅の老木をなでると、強い節操でしっかり立っていこうとする気概を持てるし、水辺のかもめや鹿たちを友としていると、世間でのたくらみやかけひきなどすっかり忘れてしまう。しかし、もし、この山林の暮らしをやめ、町なかに戻って世俗に入ると、自分には関係のないことにまで、この身がいろいろなことに巻き込まれて危険になっていくのだろう。
【読み下し文】
山居(さんきょ)すれば、胸次清洒(きょうじせいしゃ)(※)にして、物(もの)に触(ふ)れて皆(みな)佳思(かし)(※) 有(あ)り。孤雲(こうん)野鶴(やかく)を見(み)て超絶(ちょうぜつ)の想(おも)いを起(お)こし、石礀流泉(せきかんりゅうせん)に遇(あ)いて澡雪(そうせつ)(※)の思(おも)いを動(うご)かす。老檜(ろうかい)寒梅(かんばい)を撫(ぶ)して勁節挺立(けいせつていりつ)(※)し、沙鷗麋鹿(さおうびろく)(※)を侶(とも)として機心(きしん)頓(とみ)に忘(わす)る。若(も)し一(ひと)たび走(はし)って塵寰(じんかん)(※)に入(い)らば、物(もの)の相あい)関(かん)せざるに論(ろん)無(な)く、即(すなわ)ち此(こ)の身(み)も亦(ま)た贅旒(ぜいりゅう)に属(ぞく)せん(※)。
(※)胸次清洒……胸中がすがすがしい。なお、佐藤一斎の『言志四録』には「胸次(きょうじ)清快(せいかい)なれば、即(すなわ)ち人事(じんじ)の百艱(ひゃくかん)も亦(ま)た阻(そ)せず」とある。「胸次清快」は「胸次清洒」と同じ意味であろう。
(※)佳思……面白み。趣。
(※)澡雪……心が洗い清められる。
(※)勁節挺立……強い節操でしっかり立っていく気概を持つ。強い節操を持って抜きん出る。
(※)沙鷗麋鹿……水辺のかもめや鹿たち。「麋」は大鹿。
(※)塵寰……町なか。
(※)贅旒に属せん……巻き込まれて危険なことになる。
【原文】
山居、胸次淸洒、觸物皆有佳思。見孤雲野鶴而起超絕之想、遇石㵎流泉而動澡雪之思。撫老檜寒梅而勁節挺立、侶沙鷗麋鹿而機心頓忘。若一走入塵寰、無論物不相關、卽此身亦屬贅旒矣。
108 自然のなかで心を解放して楽しんでみる
【現代語訳】
興が乗ってきたとき、かぐわしい草むらのなかを靴を脱いで散歩すると、野鳥も警戒心を忘れたかのように、一緒についてくる。また、景色と我が心がぴったりとしたとき、散る花の下でえりを開き、ぼんやりと座っていると、白い雲が語るわけではないが、ゆったりと流れてきて、そばに留まっているように感じる。
【読み下し文】
興(きょう)、時(とき)を逐(お)うて来(き)たりて、芳草(ほうそう)の中(なか)、履(くつ)を撤(はな)して間行(かんこう)すれば、野鳥(やちょう)も機(き)を忘(わす)れ(※)て時(とき)に伴(とも)を作(な)す。景(けい)、心(こころ)と会(かい)して、落花(らっか)の下(もと)、襟(えり)を披(ひら)いて兀坐(こつざ)(※)すれば、白雲(はくうん)語(かた)るなく漫(そぞ)ろに相(あい)留(とど)まる。
(※)機を忘れ……警戒心を忘れる。「機」はしかけを意味する。
(※)兀坐……ぼんやりと座る。動かずに座る。
【原文】
興逐時來、芳草中、撒履閒行、野鳥忘機時作伴。景與心會、落芲下、披襟兀坐、白雲無語漫相留。
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