第18回
49話~51話
2018.02.07更新
【 この連載は… 】 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孫子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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49 軍争には正しい情報、インテリジェンスが重要となる
【現代語訳】
このように軍争には危険もあるため、近隣諸侯たちの腹の内や謀りごとを知らなければ、あらかじめそれらの諸侯と親交を結んだり、同盟したりすることはできないのである。
山林や険しい地形、湖や沼地などの地形を知らなければ、軍を進めることもできない。
その土地に詳しい道案内を用いないと、地形の持つ利益を味方にすることはできない。
【読み下し文】
故(ゆえ)に諸侯(しょうこう)の謀(はかりごと)を知(し)らざる者(もの)は、預(あらかじ)め交(まじ)わること能(あた)わず。山林(さんりん)、険阻(けんそ)、沮沢(そたく)の形(かたち)を知(し)らざる者(もの)は、軍(ぐん)を行(や)ること能(あた)わず。郷導(きょうどう)(※)を用(もち)いざる者(もの)は、地(ち)の利(り)を得(う)ること能(あた)わず。
(※)郷導……「郷」とは「向かう」「先に立つ」の意味。郷導は軍の先に立つ道案内のこと。
【原文】
故不知諸侯之謀者、不能預交、不知山林險阻沮澤之形者、不能行軍、不用鄕導者、不能得地利、
50 風林火山陰雷(ふうりんかざんいんらい)
【現代語訳】
つまり、戦争は敵を欺くことを基本原則とし、利益のあるところを求めて行動し、軍を分散したり集結したりして様々な変化をなすものである。
だから行動の速いことは風のようであり、待機して静かなことは林のようであり、敵地への侵略の激しさは火のようであり、動かずにいるときは山のようであり、軍の態勢がわからないのは陰のようであり、突然に激しく動くのは雷鳴のようである。
村で物資を奪うときは兵を分散させ、土地を奪って広げるときはその要点を分けて守り、権謀をめぐらせながら行動する。
このように敵に先んじて、遠回りの道を近道にするように謀る「迂直の計」を知っている者が勝つのである。
これが軍争の法である。
【読み下し文】
故(ゆえ)に兵(へい)は詐(さ)を以(もっ)て立(た)ち、利(り)を以(もっ)て動(うご)き、分合(ぶんごう)を以(もっ)て変(へん)を為(な)す(※)者(もの)なり。故(ゆえ)に其(そ)の疾(はや)きこと風(かぜ)の如(ごと)く(※)、其(そ)の徐(しず)かなること林(はやし)の如(ごと)く(※)、侵掠(しんりゃく)すること火(ひ)の如(ごと)く、動(うご)かざること山(やま)の如(ごと)く、知(し)り難(がた)きこと陰(かげ)の如(ごと)く、動(うご)くこと雷震(らいしん)の如(ごと)く、郷(きょう)を掠(かす)めて衆(しゅう)を分(わ)かち、地(ち)を廓(ひろ)めて利(り)を分(わ)かち、権(けん)を懸(か)け(※)て動(うご)く。先(ま)ず迂直(うちょく)の計(けい)を知(し)る者(もの)は勝(か)つ。此(こ)れ軍争(ぐんそう)の法(ほう)なり。
- (※)分合を以て変を為す……分散したり、集結したりしてさまざまで自在の変化をなすこと。
- (※)其の疾きこと風の如く……「行動の速いことは風のようである」の意。後に続く言葉は「風林火山」として武田信玄の旗印にも描かれた有名なものである。その旗印には「疾如風徐如林侵掠如火不動如山」とあったとされる。原文に忠実であれば、これに「難知如陰動如雷震」を加えるべきであったろう。ただ、そうすると長すぎるか。なお、信玄は孫子を重んじていなかったという説も有力だが、その戦い方を見ると、孫子をよく実践していたと思われる。
- (※)徐かなること林の如く……本文のように解するのが一般的であるが、「徐(しず)かなこと」を「徐(ゆる)やか」と読み、「並んでゆるやかに隊列が進むのは林のようであり」と訳する説もある。
- (※)権を懸け……権謀をめぐらせること。作戦の軽重を考えること。ここでは「より具体的に迂直の計を謀ること」を指しているとする説もある。
【原文】
故兵以詐立、以利動、以分合爲變者也、故其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山、難知如陰、動如雷震、掠鄕分衆、廓地分利、懸權而動、先知迂直之計者勝、此軍爭之法也、
51 敵味方の耳目を活用して戦いを有利に運ぶ
【現代語訳】
古い兵法書に、「戦場では口で命令しても聞こえないから鐘や太鼓を用い、また手で指し示しても遠くまで見えないから旗や幟(のぼり)を用いる」とある。
鐘や太鼓、旗や幟は、兵士の耳目(じもく)を統一するためのものである。兵士が統一されていれば、勇敢な者であっても勝手に進むことはできず、臆病な者であっても勝手に退くことはできない。これが大部隊を指揮する方法である。
このようにすると、夜の戦いに火や太鼓を多く用い、昼の戦いでは旗や幟を多く使って、敵の耳目をうまく変えさせることもできるのである。こうして敵軍の士気(しき)を奪って戦意をなくさせ、敵の将軍の心を混乱させるのである。
【読み下し文】
軍政(ぐんせい)(※)に曰(いわ)く、「言(い)うとも(相あい)聞(き)こえず、故(ゆえ)に金鼓(きんこ)(※)を為(つく)る。視(しめ)すとも相(あい)見(み)えず、故(ゆえ)に旌旗(せいき)(※)を為(つく)る」と。夫(それ)金鼓(きんこ)旌旗(せいき)なる者(もの)は、人(ひと)の耳目(じもく)を一(いっ)にする所以(ゆえん)なり。人(ひと)既(すで)に専一(せんいつ)なれば、則(すなわ)ち勇者(ゆうしゃ)も独(ひと)り進(すす)むを得(え)ず。怯者(きょうしゃ)も独(ひと)り退(しりぞ)くを得(え)ず。此(こ)れ衆(しゅう)を用(もち)うるの法(ほう)なり。故(ゆえ)に夜戦(やせん)に火鼓(かこ)多(おお)く、昼戦(ちゅうせん)に旌旗(せいき)多(おお)きは、人(ひと)の耳目(じもく)を変(か)うる所以(ゆえん)なり(※)。故(ゆえ)に三軍(さんぐん)は気(き)を奪(うば)うべく、将軍(しょうぐん)は心(こころ)を奪(うば)うべし。
- (※)軍政……古い兵法書、昔からの兵法書。
- (※)金鼓……金は「かね」。鼓は「たいこ」。鼓は進撃の合図、金は後退の合図とされたといわれる。
- (※)旌旗……ここでは「旗さしもの一般」を指す。旗や幟。
- (※)人の耳目を変うる所以なり……「鐘や太鼓、そして旗や幟を使って味方を統一させて動かすことを述べた上でこれらを用い、敵を混乱させ動かす方法を述べている」と解するのが一般的である。つまり、これらを用いることで、敵の耳目をまどわし、敵の士気をくじき、敵の将軍の心をかき乱すことができるとする。なお、一九七二年に発見された竹簡本には、この句はない。また、「夜戦に火鼓多く、昼戦に旌旗多きは」もないが、軍政の言葉の引用のあとに「是の故に昼戦に旌旗を多くし、夜戦には鼓金を多くす」とある。
【原文】
軍政曰、言不相聞、故爲金鼓、視不相見、故爲旌旗、夫金鼓旌旗者、所以一人之耳目也、人旣專一、則勇者不得獨進、怯者不得獨退、此用衆之法也、故夜戰多火鼓、晝戰多旌旗、所以變人之耳目也、故三軍可奪氣、將軍可奪心、
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