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第1回

ショコラの種(上)

2018.06.29更新

読了時間

【この連載は…】2018年8月上旬発売の瀧森古都最新小説集から、第1話を全文無料公開。涙が枯れるほど泣いたあと、大切な人に会いたくなる「心潤す感動短編集」。

「あれ? 今日はミートボールじゃないの?」

 保育園へ向かう朝、私が作ったお弁当をチェックすることが息子の日課である。

「ごめんね、ナオくん。ミートボール買い忘れてたの。でも玉子ハンバーグも好きでしょう?」
「うん! ぼく、こっちのほうが好き!」

 今月、保育園を卒園する息子は、そう言うと屈託のない笑顔を見せてくれた。
 女手一つで育てている私にとって、この子の笑顔は最高のサプリメントといえる。
 息子が好きな玉子ハンバーグとは、お弁当の材料を買い忘れた時の「ピンチのおかず」である。少ない挽き肉と玉ねぎを、卵一個と混ぜ合わせ、フライパンで焼く。
 五分もあれば、小学生でも作れるだろう。
 一見、オムレツといったほうが近いかもしれないが、一度ふざけて「玉子ハンバーグよ」と言ったら、たいそう喜んだため、そう呼ぶことにした。

「ねぇママ、おこらない?」
「ん? どうしたの?」
「おせんたくのせんざい、こぼしちゃった」
「まぁ、ナオくんお洗濯がしたかったの?」
「う……うん」
「そう、じゃあ帰ってきたらママと一緒にお片づけしましょうね。さ、お靴はいて保育園行きましょう」
「うん!」

 息子を保育園へ送り届けた後、私は駅前のスーパーへと直行する。
 夫と別居することとなった半年前、専業主婦だった私はすぐに仕事を探したものの、なかなか決まらず、知人の紹介で駅前のスーパーに勤めさせてもらった。
 今はまだパートだが、半年間勤めたら社員にしてくれるという形態に惹かれたのと、あまったお惣菜や青果などを格安で譲ってもらえるため、接客やレジなどの経験はなかったが、勤めてみようと決意した。
 しかし、半年が経ったものの、まだ社員になれていない。
 息子が小学校に上がるまでには、安定した生活を送れればいいのだが……。
 そこはかとなく不安を感じつつ、制服に着替え、タイムカードを押そうとした時、血相を変えた店長が、私のほうへと駆け寄ってきた。

「鮫島さん! すぐに病院へ行って! ナオ君が……ナオ君が……」
「店長、直輝が何か?」
「今、保育園から電話があって、ナオ君がのぼり棒から落ちたって……」

 店長の口元が、ただ動いているようにしか見えないというか、何を言っているのか理解するまでに、私は数秒かかった。
 すぐにタクシーを呼んでもらい、制服のまま、直輝が運ばれた総合病院へと向かった。
 病院へ着くと、園長先生と担任の先生が、手術室の前で祈りながら立っていた。
 私と目が合った担任の先生は、「ごめんなさい、ごめんなさい」と言って、真っ赤に腫らした目からポタポタ涙を流している。

「先生、直輝の容体は!?」
「意識がなくて……のぼり棒から落ちた直後は、かすかに話していたのですが……」
「のぼり棒……!? あの子がのぼり棒なんて、公園でもしたことないのにどうして……」
「ええ、園でもいつもやらないんですが、お友達の話によると、一番てっぺんまで登ったらママのスーパーが見えるかもしれない、と話していたらしく……」

 ──私のせいだ。
 寂しい思いをさせていた、私のせいだ。
 直輝にもしものことがあったら……私はどうしたらいいんだろう。

 すると、手術室の扉が開き、医師がマスクを取りながら出てきた。
 私たちと目を合わせることはなく、下を向いたまま首を横に振っている。

 約三メートルからの転落により、全身を強打。
 多臓器不全により、午前十時五十分 死亡。

 医師が何を言っているのかなど、耳に入らなかった。入れたくなかった。
 ベッドで横たわっている、青ざめた皮膚の幼児が、自分の息子だなんて信じられなかった。

(次回に続く)

目次

ショコラの種
最期の小説
真昼の花火
おしるこ
家族だった家族
黄色い鳥と赤い鳥
一本のオール

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著者

瀧森 古都

1974年、千葉県市川市生まれ。両親がイタリアの古い都(バッサーノ)で芸術活動をしていたことから「古都」と名づけられる。2001年、作家事務所オフィス・トゥー・ワンに所属。放送作家として「奇跡体験! アンビリバボー」など様々な番組の企画・構成・脚本を手掛ける。2006年、独立。作家、コピーライターとして活動。現在、主に「感動」をテーマとした小説や童話を執筆。ペット看護士・ペットセラピストの資格を保持。著者に『悲しみの底で猫が教えてくれた大切なこと』『孤独の果てで犬が教えてくれた大切なこと』『たとえ明日、世界が滅びても 今日、僕はリンゴの木を植える』(すべてSBクリエイティブ)などがある。

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