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新作歌舞伎「ワンピース」から古典歌舞伎へ

第2回

「生々しくしない」のが歌舞伎らしさ

2018.04.27更新

読了時間

【 この連載は… 】『スーパー歌舞伎II ワンピース』出演中の歌舞伎役者・坂東新悟さん×「マンガでわかる歌舞伎」監修・漆澤その子先生のトークイベントをもとに再構成。初心者でも楽しめる古典歌舞伎と新作歌舞伎の世界を紹介します。(このトークイベントは2018年3月6日にアーツ千代田3331にて行われました)

漆澤 『ワンピース』と古典歌舞伎の何が大きく違うか?そのひとつは時間感覚なのではないかと思います。
『ワンピース』はとてもスピード感がありましたが、あれは現代を生きる私たちの時間感覚で進む物語。一方、古典歌舞伎で描かれている物語は江戸時代の人たちの時間感覚です。非常にゆっくりと一日が過ぎていく。古典歌舞伎に足を運ぶということは、かつての日本人が味わっていた、ゆったりとした時間感覚のなかに身を置く経験をすることでもあります。実際に新悟さんは、古典歌舞伎も新作歌舞伎にも出演されていらっしゃいますが違いを感じますか?

坂東 もちろん違いもありますし、共通点もあります。

漆澤 『ワンピース』を拝見しましたが、本水(本物の水を使うこと)を使ったり、附け(拍子木で音を出す効果)とか、見得(ポーズをつけて一瞬止まる演技)とか歌舞伎独自の魅力がたくさん散りばめられていました。そう考えると、敷居が高いと思われがちな古典歌舞伎と、新作の歌舞伎にそんなに隔たりがあるわけではないのでは?と感じます。

坂東 新作と言ってもいろいろな演目がありますので一概には言えませんが、どちらにおいても「生々しくならないこと」はひとつの共通点と言えるのではないかと個人的には考えています。言い換えると、「カッコいい」とか「美しい」ということ。
そんなこと?と思われるかもしれませんが、そこが実は歌舞伎にとって大事なことのような気がします。例えば殺しの場面の様に、現実では残酷なことも美しく見せることでフィクションとして成立しています。このように、テレビ的なリアルさではなく、嘘を本当のように見せるのが歌舞伎の魅力だと思います。

漆澤 そうですね。

坂東 女形もまさにそういう存在だと思います。『ワンピース』においては漫画原作ということもあり、「生々しくならない」というのがいい方向に働いたと思います。嘘を本当に見せる歌舞伎の力と、独創的な『ワンピース』の世界とが合っていたのではないかと思います。特に私が演じた「ナミ」は、女優さんがやると良くも悪くも生々しくなってしまう気がしますが、女形として演じることで、マンガのキャラクターとして成立するのではないかと思います。

漆澤 確かにその通りですね。では、違いというと?

坂東 古典と新作の違いは「リアルさ」だと思います。さっきと言ってることが違うじゃないかと言われそうですけど(笑)、私の感覚では、「リアルさ」と「生々しさ」というのは違うものなんです。『ワンピース』は言葉が非常に簡単だったり、テンポが早かったりするのが魅力で、お客さまも非常にとっつきやすい。演じている側からすると、表現が違うだけで、古典でも心の中は同じ様に動いているような気がしますが。

漆澤 興味深いです。

坂東 自分が演じているときは、ですけど……『ワンピース』の場合、原作っぽさを大事にして勤めております。「生々しくならず」に「いかに原作に近づけるか」、その狭間で凄く考えながら勤めさせていただきました。「ナミ」の衣裳は着物をアレンジしたようなデザインでしたので、歌舞伎の女形の動きを取り入れつつも、女形らしくない立ち方をしてみたり。ただ原作と全く同じようにすると体格的に男にしか見えないので、結局「生々しくならない」というところは新作歌舞伎の条件だと思います。

漆澤 ということは、歌舞伎は写実主義と様式主義の絶妙なバランスがとれたところに、最大の面白味があると言えるのではないでしょうか。「生々しくならない」という点では様式的なことになりますが、現代的な変更という点では写実的なリアリティをもって進んでいかなければいけない。写実的なものと様式的なものが絶妙なバランス感を持ったときに、それこそこれからどんな作品が出てきても歌舞伎として成立していくんだなと。だからこそ『ワンピース』は大成功したのだ、と思いました。

坂東 ありがとうございます。「ナミ」を勤めていたとき、見得をするところがあったのですが、自分なりに工夫して「ナミ」らしさを取り入れた見得をつくったりしました。

漆澤 今、お話を伺って、リアリティの部分はストリートプレイの現代劇でも味わうことはできますけど、様式的なもののなかにある種のリアリティを発見できるのは歌舞伎だけではないか、と思いました。
そして、それは古典歌舞伎のなかに秘められているのでは?と思います。「この世の中にはこんなことはありえない」という様式的で非日常的な時間なり、空間なりがあると。
そこを楽しむ時間として、ぜひ古典歌舞伎に親しんで貰いたいと思います。「歌舞伎」という言葉がそもそも「傾き(かぶき)」って言葉から来ていることからもわかりますように、傾いているもの、アウトローのものですからね。

坂東 そのとおりです。

漆澤 日常の決まり事や約束事を全部とっぱらって、なんでもありにしたものが本来の歌舞伎のかたちです。先ほど新悟さんが、『ワンピース』はライブ感のあるショーのようなものだったとおっしゃいましたが、私自身も古典歌舞伎を観ていると、まさにエンターテイメントだなって思います。そもそも江戸時代のお客さんたちは、ライブのように「いいぞー!」とか言いながら、いろんなものを食べながら、それこそ舞台と一体となって観ていました。そういうかたちで舞台とお客さんが接していくことが、より歌舞伎を面白くしていくことに繋がっていくんじゃないかなと思っている次第です。

(第3回につづく)

関連書籍

『マンガでわかる歌舞伎』 監修:漆澤その子
誠文堂新光社 定価:1,600円(+税)

この本を購入する

坂東新悟さん 公演情報

平成30年 4月 スーパー歌舞伎Ⅱ「ワンピース」ナミ/サンダーソニア/サディちゃん 松竹座(詳細:http://www.kabuki-bito.jp/theaters/osaka/play/538

平成30年 5月 スーパー歌舞伎Ⅱ「ワンピース」ナミ/サンダーソニア/サディちゃん 御園座(詳細:http://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/539

平成30年 六月大歌舞伎 「妹背山女庭訓 三笠山御殿」(昼の部) 歌舞伎座(詳細:http://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/567

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著者

漆澤その子× 坂東新悟

漆澤 その子(うるしざわ・そのこ):1970年東京都生まれ。1993年筑波大学第一学群人文学類卒業。1999年筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科単位取得退学。2001年博士(文学)。現在、武蔵大学人文学部教授。主な著書『歌舞伎の衣装鑑賞入門』(共著・東京美術)、『明治歌舞伎の成立と展開』(慶友社)など。/坂東 新悟(ばんどう・しんご):平成2年12月5日生まれ。坂東彌十郎の長男。平成7年7月歌舞伎座「景清」の敦盛嫡子保童丸で初代坂東新悟を名のり初舞台。平成24年12月南座「佐々木高綱」の高綱娘薄衣ほかで名題昇進。女方として古典作品から新作歌舞伎まで幅広く演じる他、立役にも積極的に取り組み、多様な役を確実にものにしている。

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