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マンガでわかる「西洋絵画」のモチーフ

第5回

旧約聖書のモチーフ サムソンとデリラ/ダヴィデとゴリアテ ほか

2018.03.13更新

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戦隊ヒーローのレッドはリーダーで、パンをくわえた女子学生は曲がり角で誰かとぶつかる……。そんなお約束は西洋絵画にも。単行本出版を記念して、書籍から厳選コンテンツを特別公開!
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名場面 対立民族を非難するための物語 ロトとその娘たち

よく描かれるもの ロト(老人)/2人の娘/燃える街(ソドムとゴモラ)/妻(塩の柱)/酒、酒器/洞窟

アルブレヒト・デューラー『ソドムから逃げるロトと娘たち』1496~99年/ナショナル・ギャラリー(ワシントン) 半信半疑のまま、いやいや避難する娘2人。遠くには硫黄の火によって燃えるソドムとゴモラの街と、塩の柱になった妻が描かれています。

アブラハムの甥にあたるロトは、神の啓示を受けてカナンへ向かう旅の途中、アブラハムと別れてソドムの街に住むことにします。
しばらくして、神は風紀が乱れたソドムとゴモラの街を天からの火で滅ぼそうと考えますが、そのことをロトと彼の家族にだけ伝えて逃がすことにします。神から「後ろを振り返ってはならない」と忠告されていた一家でしたが、途中で妻が振り返り塩の柱になってしまいます。
燃える街から逃げのびた娘2人は、子孫を残すためにロトを酔わせ近親相姦で子どもを生みます。ユダヤ教は近親相姦を認めていませんが、ユダヤ民族と対立する周辺民族は近親相姦の神話をもつ多神教を信仰していました。
近親相姦による娘たちの子どもはユダヤの対立民族の祖とされ、物語は他民族を批判するためのエピソードとして書かれています。

ルーカス・ファン・ライデン『ロトとその娘たち』1520年頃/ルーヴル美術館(パリ) 右奥に燃える街、右中景に避難のようすと塩の柱になった妻、左前景に近親相姦におよぼうとするようす。異時同図法で1枚の画面の中に収めています。
アルブレヒト・アルトドルファー『ロトと娘たち』1537年頃/美術史美術館(ウィーン) 子孫を絶やすまいと、娘たちがぶどう酒で酔わせた父と交互に交わる情景。赤裸々な描写で近親相姦を強く批判しています。

名場面 ユダヤ民族の英雄伝 サムソンとデリラ

よく描かれるもの サムソン/デリラ/はさみ/切られた髪/兵士

ルーカス・クラナッハ(父)『サムソンとデリラ』1528~30年頃/メトロポリタン美術館(ニューヨーク) サムソンが髪を切られるシーンは、しばしば描かれています。多くの画家たちは実際に切ったペリシテ人の兵士ではなく、デリラに切らせる場面を描きました。 デリラの後ろには、髪を切り終えるデリラの合図を待って木々の間に隠れるペリシテ人の兵士たちが描かれています。 デリラの手元には、はさみが見えます。これは、旧約聖書に羊毛を刈るはさみで切られたような記述があるためと考えられます。

旧約聖書の『士師記』に登場するサムソンは、同じユダヤ人も手を焼くほどの乱暴者ですが、怪力の士師としてイスラエルを統治しました。
敵のペリシテ人の娘デリラにほれて結婚し、怪力の秘密が頭髪にあることをもらしてしまいます。身体の一部に不思議な力が宿るという考えは、相手の肉を食べてその力を得るカニバリズムの名残ともいえるでしょう。
ある日デリラに膝の上で眠らされたサムソンは、待機していたペリシテ人の兵士に髪をそり落とされて怪力を失います。捕虜となったサムソンは目をえぐり取られ働かされますが、神の力で髪が伸びると大暴れし、ペリシテ人を道連れに、がれきに埋まって死亡します。よく絵画化されるのは、髪を切られるシーンや目をえぐられるシーン。旧約聖書の中でも人気があるサムソンの物語は、オペラや映画の題材にもなっています。

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン 『ペリシテ人に目を潰されるサムソン』1636年/シュテーデル美術研究所(フランクフルト) 敵の捕虜となったサムソンが、目をつぶされる場面です。スポットライトが当たったような演出で、抵抗するサムソンや笑みを浮かべて逃げ去るデリラを印象的に表現しています。

名場面 イスラエルを繁栄に導く若き英雄 ダヴィデとゴリアテ

よく描かれるもの ダヴィデ/ゴリアテの首(額に傷)/剣/投石器/竪琴

グイド・レーニ『ゴリアテの首を持つダヴィデ』1604~06年/ルーヴル美術館(パリ) 左手でゴリアテの首を掲げ、右手に投石器を持ち、足元に無造作に剣を置いて立つダヴィデ。優雅ささえ感じさせるその描写は「ラファエッロの再来」ともいわれた画家の技量を物語ります。

イスラエルと対立していたペリシテ人の軍には、ゴリアテという戦士がいました。彼は身長3m という巨体に青銅の鎧兜(よろいかぶと)を身に着け、鉄の武器を持ち、誰もが恐れをなす存在。そのためイスラエル軍は劣勢を強いられます。そこに現れたのが、まだ年若いダヴィデ。紐と石だけを持ってゴリアテに対峙すると、額に向かって紐で石を投げます。そして命中して倒れた所に近寄り、相手の剣で首を斬り落としました。
それまで羊飼いをしながら、サウル王に竪琴を弾く楽師として仕えていた青年が、イスラエルのヒーローになった瞬間です。以降、戦いはイスラエル優位のうちに進み、ヒーローとなったダヴィデはやがてイスラエル王国の第2代国王となります。
ダヴィデはその英雄的な振る舞いに加えて、イエスの先祖ともされることから、キリスト教徒にとっても屈指の人気キャラクターです。

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ『ダヴィデとゴリアテ』1609年頃/ボルゲーゼ美術館(ローマ) 死の前年に逃亡先で描いたとされる作品。ゴリアテの首はカラヴァッジョ自身の顔で描かれ、自らの首をさらすことで恭順の意を示したものともいわれます。
レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン『ハープを奏するダヴィデとサウル』1633年頃/シュテーデル美術館(フランクフルト) ゴリアテとの戦いより前、竪琴の名手だったダヴィデはサウル王の心を癒すため、楽師として宮廷に仕えます。ここでは神に見放され心を乱した王と竪琴(ハープ)を弾くダヴィデの姿が描かれています。
ミケランジェロ・ブオナローティ『ダヴィデ像』1501~04年頃/アカデミア美術館(フィレンツェ) メディチ家が追放され、共和政が復活した不安定な時期に制作を依頼された作品。不穏な時代の中、小国でも生き残っていくというフィレンツェの意志が、巨人に勝利したダヴィデに重ねられています。このためフィレンツェでは、ダヴィデ像が多く制作されています。

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著者

監修:池上英洋 イラスト:まつおかたかこ

監修:池上 英洋(いけがみ・ひでひろ) 美術史家。東京造形大学教授。東京藝術大学修士課程修了後、イタリア・ボローニャ大学などでの在外研究、恵泉女学園大学準教授、國學院大學準教授を経て現職。著書に、『ダ・ヴィンチの遺言』(河出書房新社)、『西洋美術史入門』(筑摩書房)、『ルネサンス 歴史と芸術の物語』(光文社)、『「失われた名画」の展覧会』(大和書房)、編著に『西洋美術史入門 絵画の見かた』(新星出版社あ9など。 イラスト:まつおかたかこ  イラストレーター。雑誌、広告、書籍をはじめ展覧会などでも幅広く活動中。活躍中。

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