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マンガでわかる「西洋絵画」のモチーフ

第6回

旧約聖書のモチーフ スザンナの水浴/トビアスと天使 ほか

2018.03.20更新

読了時間

戦隊ヒーローのレッドはリーダーで、パンをくわえた女子学生は曲がり角で誰かとぶつかる……。そんなお約束は西洋絵画にも。単行本出版を記念して、書籍から厳選コンテンツを特別公開!
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名場面 貞節を貫いた女性信者の鑑 スザンナの水浴

よく描かれるもの スザンナ(裸の女性)/老人2人/水場

テオドール・シャセリオー『スザンナの水浴』1839年/ルーヴル美術館(パリ) 豊満な肉体と退廃的な雰囲気をもつスザンナと、奥にいる長老たちの下品な表情の対比を見事に描き出しています。

スザンナは旧約聖書の外典の中で、豊満な肉体をもった美しい女性として登場する人物。彼女は庭で水浴をする習慣があり、それを知ったユダヤ人の長老2人に、水浴中に「自分たちと関係をもたなければ、不貞をはたらいていると訴える」と脅されます。これをはねのけた彼女は、当時の法律で死罪とされている姦通罪(かんつうざい)で訴えられます。しかし長老2人の嘘が、裁判で預言者ダニエルによって暴かれ、スザンナは助け出されます。
身持ちの堅いスザンナは女性信者の鑑であり、キリスト教では美徳のエピソードとして語られています。
一方、画家たちにとってはルネサンス期以降、女性の裸体を描く口実となり、しばしばモチーフにされています。また、初期キリスト教時代には迫害を受ける人々の手本として支持され、中世にはユダヤ人や異教徒に脅かされる教会の象徴にもなりました。

アルテミジア・ジェンティレスキ『スザンナと長老たち』1610年/ヴァイセンシュタイン城(ポンマースフェルデン) 長老たちが水浴中のスザンヌに言い寄るシーン。ほかの画家の作品とは違って、激しく拒むスザンナの表情が描かれています。
ヤコポ・ティントレット『水浴のスザンナ』1550年代/美術史美術館(ウィーン) ヴェネツィア派の巨匠ティントレットが描き出したスザンナの裸体の、気品ある美しさが見どころ。鏡、くし、宝飾品など女性の身の回り品も描き込まれています。

名場面 悪を退治する美徳のエピソード ユディトとホロフェルネス

よく描かれるもの ユディト/ホロフェルネス(首)/侍女/剣

アルテミジア・ジェンティレスキ『ホロフェルネスの首を斬るユディト』1620年頃/ウフィツィ美術館(フィレンツェ) 作者はレイプ裁判を起こした記録も残る、当時としては珍しい女流画家で、ユディトを題材にした作品を複数残しています。構図のとり方には彼女が心酔したバロックの巨匠カラヴァッジョの影響が見られ、生々しく劇的な描写は圧巻です。

ユディトも旧約聖書の外典に登場する女性。エルサレム郊外のベトリアの街に住む、美しい未亡人でした。
ある日、ユディトの住む街は強国アッシリアに攻められ、将軍ホロフェルネスの軍に包囲されてしまいます。食糧が尽きそうになったとき、ユディトはアッシリアに寝返ったふりをして敵の祝宴にのり込み、ホロフェルネスを泥酔させて首を斬り落とします。将軍を欠いたアッシリア軍は士気が乱れ、街から撤退します。
この物語では、ユディトが首を落とすシーンがよく描かれます。街を救った勇敢な女性信者、悪徳に打ち勝つ美徳のたとえなどとしても語られます。
中世から人気が高かったユディトは反宗教改革期には罪に対する勝利のモチーフとして扱われ、のちに男を滅ぼす運命の女「ファム・ファタル」や、自立した女性のシンボルとしても人気が出ました。

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ
『ホロフェルネスの首を斬るユディット』1599年年頃/バルベリーニ宮国立古典美術館(ローマ)剣で掻き切るユディトとそれを見守る侍女、血を噴き出して目をむくホロフェルネス。首を落とす場面を、映画のワンシーンのようにドラマチックかつリアルに描いています。 ルーカス・クラナッハ(父)『ホロフェルネスの頭部を持つユディト』1530年年頃/美術史美術館(ウィーン) 敵の祝宴に着飾ってのり込んだというエピソードの通り、きらびやかないでたち。クラナッハと彼の工房では、ユディトが何枚も描かれました。当時、ユディトやイヴ、サロメなどの男を虜とりこにする女性は人気のテーマでした。 グスタフ・クリムト『ユディトⅡ』1909年頃/近代美術館(ヴェネツィア) 19世紀末、ジャポニスムに影響された作品を好んで描いたクリムト。日本の着物や工芸品の美術を取り入れたユディトが、独特のセンスで美しく図案化されています。

名場面 神の加護を受ける孝行息子 トビアスと天使

よく描かれるもの トビアス(少年)/大天使ラファエル/魚/犬/トビト(老人)/箱

アンドレア・デル・ヴェロッキオ『トビアスと天使』1470~75年/ナショナル・ギャラリー(ロンドン) お供の犬、奇跡を起こす魚が描かれています。この作品はダ・ヴィンチも制作に参加していたとされ、トビアスはルネサンス期の富裕商人の子弟の服を着ています。

旧約聖書の外典に収録されたトビアスと天使の物語は、盲人のトビトが息子トビアスを貸したお金の回収に行かせるところから始まります。神は旅の案内役に大天使ラファエルを遣わし、トビアスはラファエルの力を借りて無事に集金を終え、帰宅します。旅の途中、ラファエルは魚を捕まえて胆のうを取り出し、帰ってからトビトの目に塗るように指示します。言われた通り父の目に胆のうを塗ると、目が見えるようになりました。
キリスト教では本来、高利貸しは禁止されています。しかし銀行が不可欠となったルネサンス期には高利貸し替わりの両替商が流行し、トビアスのエピソードは金融都市として栄えたフィレンツェやシエナで特に好まれました。支店間のお金の移動は身内の人間が行っていたため、トビアスを子弟の姿で描かせるなど、旅の安全を守るお守りとしても人気を得ました。

フランシスコ・デ・ゴヤ『トビアスと大天使ラファエル』1788年頃/プラド美術館(マドリッド) ラファエルがトビアスに「その魚の胆のうは父の目を治す」と神託を告げるシーンです。背後から光が射している神々しいラファエルの姿が印象的です。 レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン『父の目を治すトビアス』1636年頃/シュトゥットガルト州立美術館(シュトゥットガルト) トビアスが父の目を癒すのを、ラファエルが見守っています。胆のうを塗る場面はよく描かれていますが、レンブラントはこれを白内障の外科手術として描き、多くの画家が追随しました。

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    Rohan

    名前, thanks a lot for the article post.Much thanks again. Fantastic.

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著者

監修:池上英洋 イラスト:まつおかたかこ

監修:池上 英洋(いけがみ・ひでひろ) 美術史家。東京造形大学教授。東京藝術大学修士課程修了後、イタリア・ボローニャ大学などでの在外研究、恵泉女学園大学準教授、國學院大學準教授を経て現職。著書に、『ダ・ヴィンチの遺言』(河出書房新社)、『西洋美術史入門』(筑摩書房)、『ルネサンス 歴史と芸術の物語』(光文社)、『「失われた名画」の展覧会』(大和書房)、編著に『西洋美術史入門 絵画の見かた』(新星出版社あ9など。 イラスト:まつおかたかこ  イラストレーター。雑誌、広告、書籍をはじめ展覧会などでも幅広く活動中。活躍中。

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