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マンガでわかる「西洋絵画」のモチーフ

第7回

旧約聖書のモチーフ 大天使ミカエル/大天使ガブリエル/ 大天使ラファエル ほか

2018.03.27更新

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戦隊ヒーローのレッドはリーダーで、パンをくわえた女子学生は曲がり角で誰かとぶつかる……。そんなお約束は西洋絵画にも。単行本出版を記念して、書籍から厳選コンテンツを特別公開!
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人物 天界と地上界をとりもつ使者 天使

よく描かれるもの 翼/光輪(ニムブス)/使者の杖/ユリ(受胎告知)/剣(最後の審判)/ラッパ(最後の審判)/ヤシの枝(殉教者)

サンドロ・ボッティチェッリ 『柘榴の聖母(メラグラーナのマドンナ)』1487年/ウフィツィ美術館(フィレンツェ) ボッティチェッリお得意の巻き毛の天使たちを聖母マリアの両側に同数描き、バランスをとっています。天使たちが手にしているユリやバラは、聖母の持物で純潔などを象徴しています。

旧約聖書の中にしばしば登場する天使は本来、霊的な存在と考えられていて性別もありません。このため、幼い子どもや少女だったり、ひげをはやした男性だったりと、さまざまな姿で描かれてきました。
天使の起源は、古代オリエントや地中海地方の神話などにあるとされ、5世紀頃から階級が体系化されていきました。最も階級が高いのは、神への愛の炎で身体が燃えているセラフィム(熾天使:してんし)です。旧約・新約2冊の聖書を通じて活躍するのは、天使の中では下のほうの階級である大天使のミカエルやガブリエルなど。多くは神の言葉を伝えるといった、天界と地上界をつなぐ役割を担って登場します。
ミカエルやガブリエルのような人気のある天使は大きな翼をもった青年の姿で描かれることが多く、ルネサンス期には光輪、いわゆる天使の輪も定番のシンボルとなりました。

ラファエッロ・サンツィオ『システィーナの聖母(サン・シストの聖母)』部分 1513年/国立絵画館(ドレスデン) 西洋絵画で最も有名な天使画のひとつです。ここでは天使は古代のアモル(クピド)像にならい、翼を広げた裸の子どもとして描かれています。聖母マリアのモデルとなった女性の子どもを描いたという説もあります。
メロッツォ・ダ・フォルリ『奏楽の天使』1480~83年代/ヴァチカン美術館(ヴァチカン)13世紀からは音楽による神の賛美の表現として、演奏する天使や合唱する天使が描かれだします。戴冠する聖母マリアの図像にも、演奏する天使が描かれることがあります。
レオナルド・ダ・ヴィンチ『受胎告知』1472~73年代/ウフィツィ美術館(フィレンツェ) 受胎告知では、聖母マリアに神の子イエスを宿したことを告げる使者として、天使(大天使ガブリエル)がよく描かれます。ここではユリを左手に持ち、右手はピースサインのような形にして祝福の意味を表しています。

人物 ユダヤ民族の守護天使 大天使ミカエル

よく描かれるもの 剣/甲冑/天秤/楯/悪魔

ルカ・ジョルダーノ『堕天使を深淵に落とす大天使ミカエル』1655年頃/美術史美術館(ウィーン) 反逆を起こした元天使の長である堕天使ルシファーを、地の底に落として退治するシーンです。明暗法によって表現された、剣を振るうミカエルと苦悶する反逆者の対比が際立っています。

旧約聖書の『ダニエル書』に登場するミカエルは、キリスト教により「戦う教会」の守護者とされた天使です。
新約聖書の『ヨハネの黙示録』ではミカエルと悪魔の戦いが記され、宗教改革以降はキリスト教と反キリスト教の闘争のエピソードとして語られてきました。このため「戦う天使」として楯や槍、剣を持ち、甲冑を身に着けた姿で描かれることが多いのが特徴です。また、ミカエルは「審判の天使」として死者の魂を計量している姿でも描かれます。ここにはギリシャ神話において旅人の守護神で、死者を冥界に導く役割も担っていたヘルメスの影響があります。

ハンス・メムリンク『最後の審判』部分(「最後の審判の三翼祭壇画」より)1599年頃/バルベリーニ宮国立古典美術館(ローマ) 死者の魂(裸の人間)を、天国へ送るか地獄へ落とすか天秤にかけて計量するミカエル。メムリンク独特の甘美的で華奢な人物表現が特徴です。

人物 神の意を伝えるお告げの天使 大天使ガブリエル

よく描かれるもの ユリ/笏

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール『聖ヨセフの夢』1640年頃/ナント州立美術館(ナント、フランス) イエスの養父であるヨセフの夢にガブリエルが現れ、幼児虐殺が起こるから逃げるようにとお告げをする場面。ガブリエルの顔を照らす燭台の炎で神秘性を表現しています。

神の伝言係のガブリエルは、旧約聖書のほかにイスラム教の聖典『コーラン』にも登場します。コーランの中でも神のメッセンジャーの役割を担い、天使ジブリールとしてムハンマドに神の啓示を授けます。
キリスト教においてガブリエルは、洗礼者ヨハネと聖母の誕生を預言します。イエスの誕生や復活を告げ、「最後の審判」でラッパを吹いて死者をよみがえらせる天使でもありますが、最もよく描かれるのは受胎告知の場面です。処女マリアが神によって懐妊するこの場面ではよく、聖母マリアの処女性と純潔を表すユリを手にした姿で描かれています。

レオナルド・ダ・ヴィンチ 『受胎告知』部分 1472~73年/ウフィツィ美術館(フィレンツェ) 祝福のポーズとともにマリアに懐妊を告げるガブリエルの手にユリが握られています。受胎告知のほかの作品では、ユリの代わりにユリの紋章が入った笏を手にしていることもあります。

人物 さまざまな解釈がある謎の天使 大天使ウリエル

よく描かれるもの 本/炎(太陽)

レオナルド・ダ・ヴィンチ『岩窟の聖母』1483~86年/ルーヴル美術館(パリ) 右側の幼児がイエス、それを支える右端の人物が大天使ウリエルです。ウリエルは洗礼者ヨハネの守護天使という設定ですが、描かれているのはガブリエルだという説もあります。

ウリエルはキリスト教の偽典※1の『エノク書』の中で、ノアに洪水が迫っていることを知らせる天使として登場します。新約聖書外典の『ペトロの黙示録』では、地獄の罪人を苦しめる天使ともされています。正典には登場しないためミカエル、ガブリエル、ウリエル、ラファエルの四大天使の中で最も影が薄く、ウリエルをはずして三大天使とよぶこともあります。
しかし神学者にとっては格好の研究テーマとなり、宗派によってさまざまなイメージが生まれました。学説の中には、ヤコブと取っ組み合いをしてイスラエルの名を授けた天使がウリエルだとする見かたもあります。

※1 偽典:聖書の正典・外典に含まれない文書

人物 巡礼者や旅人の守護聖人 大天使ラファエル

よく描かれるもの 魚/布袋/旅人の服、巡礼杖、サンダル/小箱、聖体器

ラファエッロ・サンツィオ『魚の聖母(聖会話)』1512~14年/プラド美術館(マドリッド) 「聖母の画家」の異名をもつ盛期ルネサンスの巨匠ラファエッロは、ラファエルが魚を手にしたトビアスを聖母子に紹介している場面を美しい色彩で描き上げました。

若者の庇護者、旅人の守護聖人として、トビアスとのエピソードで描かれることが多いラファエル。トビアスと一緒のときには旅人の服を着ていたり、小箱を持っていたりします。
トビアスに奇跡の魚を授けた天使として人気がありますが、名前が出てくるのは旧約聖書外典の『トビト記』のみ。新約聖書には姿を見せません。偽典の『エノク書』では、冥界の旅の案内人として登場します。
ラファエルという名前は「神が癒したもの」という意味があります。ユダヤ教では「癒し」を司る天使とされ、ユダヤの神話の中では天使と争ったヤコブの傷を治したりしています。

アンドレア・デル・ヴェロッキオ『トビアスと天使』1470~75年/ナショナル・ギャラリー(ロンドン) ヴェロッキオがフィレンツェの工房で描いた作品です。お金の回収に向かうトビアスのお供をしたラファエルは、金融業が栄えたフィレンツェなどで特に人気がありました。

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著者

監修:池上英洋 イラスト:まつおかたかこ

監修:池上 英洋(いけがみ・ひでひろ) 美術史家。東京造形大学教授。東京藝術大学修士課程修了後、イタリア・ボローニャ大学などでの在外研究、恵泉女学園大学準教授、國學院大學準教授を経て現職。著書に、『ダ・ヴィンチの遺言』(河出書房新社)、『西洋美術史入門』(筑摩書房)、『ルネサンス 歴史と芸術の物語』(光文社)、『「失われた名画」の展覧会』(大和書房)、編著に『西洋美術史入門 絵画の見かた』(新星出版社あ9など。 イラスト:まつおかたかこ  イラストレーター。雑誌、広告、書籍をはじめ展覧会などでも幅広く活動中。活躍中。

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