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第11回

脳の「サボり」が、自己イメージを固定化する

2019.04.18更新

読了時間

臆病、意地っ張り、せっかち…。あなたは自分の「性格」に苦労していませんか? 性格は変えられないというのはじつはウソ。性格とは、人が生きていく上で身に付けた「対人戦略」なのです。気鋭の認知科学者である苫米地英人博士が、性格の成り立ちや仕組み、変え方などを詳しく解説します。
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 マイナスの自己イメージや、思考や行動の傾向を変える方法について、さらに話を進める前に、ここで、脳のある仕組みについて、説明しておきましょう。

 私たちが、過去の記憶をもとに作られた自己イメージにとらわれ、それをなかなか変えることができないのは、脳の機能に原因があります。
 実は脳は、よく働いているように見せながら、適度にサボっているのです。

 私たちはふだん、基本的には同じものを見て生活しています。
 朝、目をさませば、昨日と同じ寝室の風景を、朝食をとるときには昨日と同じ家族の顔を、出社すれば、昨日と同じ同僚の顔を目にしています。
 けれども私たちは、実際にはそれらをちゃんとは見ていません。
 脳が「昨日見たものを、今日も見た」と私たちに思わせているだけです。

 ためしに寝室の様子を、あるいは家族の顔を細部まで思い浮かべ、それを実際の寝室や家族の顔と比べてみてください。
 おそらく、何か所も間違っているはずです。
 私たちは、過去に見て何となく記憶に残っているものについては、あまり見ていないのです。
 そうしたものまで全部きちんと認識してしまうと、脳の情報処理能力が追いつかないからです。

 つまり、「私たちが今、見ている世界は、過去の記憶によって成り立っている」といえるでしょう。

 また、脳幹の基底部には「RAS」(網様体賦活系(もうようたいふかつけい))という優れたフィルターシステムがあり、重要だと判断した情報以外は遮断しています。
 おそらくみなさんも、「会議の様子などをICレコーダーで録音すると、意外と雑音などが多く、会議中は聞き取れたはずの参加者の発言が、全然聞こえなかった」「雑誌をパラパラとめくっていたら、他の文字は引っかからないのに、自分の好きなアーティストの名前だけは目に飛び込んでくる」といった経験をしたことがあると思いますが、これらはいずれも、RASによるフィルタリングです。

 このRASの働きのおかげで、私たちは、自分にとって重要な情報とそうでない情報を分類できているのですが、見方を変えれば、RASによって選別された情報だけで作られた世界に生きているともいえます。

 なお、脳が、その情報が重要であるかどうかを判断する際には、ブリーフシステムが働きます。
 ブリーフシステムは、過去の情動記憶や外部の言葉によって作られていますから、私たちはふだん、無意識のうちに、過去の情動記憶から得た価値観、および過去に親や教師、友人、メディアなどによって摺(す)り込まれてきた価値観に基づいて、情報の取捨選択をしています。

 つまり、「私たちが今、見ている世界は、過去に脳が、周りの人たちや社会の価値観に基づいて重要だと判断した情報だけで成り立っている」ということになるのです。

 こうした脳の働きにより、私たちが認識する世界は、昨日も今日も同じようなものとなり、安定した状態が保たれるわけですが、一方で弊害も生じます。

 その一つは、新しい情報や新しい価値観が入りづらく、なかなか現状から抜け出せないことです。
 技術や環境は日々変化しているのに、昔ながらのやり方にいつまでもこだわってしまう人がいるのは、そのせいです。

 自己イメージについても、同様です。
 脳の前頭前野には、自己イメージに関するブリーフがたくさん蓄積されています。
 それらは、過去に他者からいわれた「あなたは~な性格だね」といった言葉のうち、脳が重要だと判断した情報をもとに作られたものです。

 私たちは日々さまざまな出来事を経験し、少しずつ変化しているはずですが、脳が情報の更新をサボっているため、なかなか自己イメージが変わりません。

 一方で脳は私たちに、自己イメージにふさわしい思考や選択、行動をさせようとします。
 こうしたことにより、自己イメージは固定化され、ますます強化されてしまうのです。

 また、情報の重要度の判断には、親や教師など、周囲の人たちの価値観が色濃く反映されています。
 たとえば、ポジティブな情報を重視する人たちの中で育った場合には、「努力家」「賢い」「粘り強い」「かわいい」「偉い。よく頑張ったね」といった言葉を重要なものとして受け入れ、プラスの自己イメージを固めるでしょう。

 逆に、ネガティブな情報を重視する人たちの中で育った場合、「怠け者」「バカ」「根気がない」「ブサイク」といった言葉を重要なものとして受け入れ、マイナスの自己イメージを固めてしまいがちです。
「まだまだダメだね。もっと頑張れ」といった言葉をかけられた場合にも「自分は至らない人間だ」という、マイナスの自己イメージが固定されます。

 そして、私たちが周囲の人から聞かされる言葉は、マイナスの自己イメージを作り、自己評価を下げる方向に働きがちです。
 子どもの幸せを願う親であっても、「もっといい子に育ってほしい」と思うあまり、褒めたり、努力や能力を認めたりするよりも、叱ったり、足りない部分を指摘したりすることの方が多くなってしまうからです。

 さらに、人間を含め生物の脳は、そもそもポジティブな記憶よりも、ネガティブな記憶の方が、強く残るようにできています。
 危険を避け生命を維持するため、同じ失敗を繰り返さないよう、失敗体験を強く記憶しようとするからです。

 このように残念ながら、私たちはどちらかといえば、マイナスの自己イメージを抱きやすい傾向にあります。
 しかもそのイメージは、脳のサボりや働きにより、固定化・強化されやすいのです。

■ ポイント

・目の前の世界は過去の記憶によって成り立っている。
・脳のフィルターシステムによって、勝手に情報が選択されている。
・生物はネガティブな記憶の方が強く残るようにできている。

 

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著者

苫米地 英人

1959年、東京都生まれ。認知科学者、計算機科学者、カーネギーメロン大学博士(Ph.D)、カーネギーメロン大学CyLab兼任フェロー。マサチューセッツ大学コミュニケーション学部を経て上智大学外国語学部卒業後、三菱地所にて2年間勤務し、イェール大学大学院計算機科学科並びに人工知能研究所にフルブライト留学。その後、コンピュータ科学の世界最高峰として知られるカーネギーメロン大学大学院に転入。哲学科計算言語学研究所並びに計算機科学部に所属。計算言語学で博士を取得。徳島大学助教授、ジャストシステム基礎研究所所長、通商産業省情報処理振興審議会専門委員などを歴任。

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