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第8回

その「性格」は本当に変えるべきなのか

2019.03.28更新

読了時間

臆病、意地っ張り、せっかち…。あなたは自分の「性格」に苦労していませんか? 性格は変えられないというのはじつはウソ。性格とは、人が生きていく上で身に付けた「対人戦略」なのです。気鋭の認知科学者である苫米地英人博士が、性格の成り立ちや仕組み、変え方などを詳しく解説します。
「目次」はこちら

 みなさんは今まで、「性格を変えたい」と思ったことはありませんか?

「すぐにくよくよしてしまう自分の性格が嫌いだ」
「つい余計なことを言ってしまう性格を変えたい」

 そんな思いを抱いたことのある人は、少なくないでしょう。

 中には、本やネットに書かれている「性格改善」の方法を試し、なかなか効果が現れずにあきらめてしまった人、一時的に効果が出たものの、長続きしなかったという人もいるのではないでしょうか。

 よく「性格を変えたいのに、なかなか変えられない」という言葉を耳にしますが、それも無理はありません。
「性格」というもの自体が、存在しないからです。
 存在しないものを変えることなど、できるはずがありません。

 みなさんが今まで「性格」だと思っていたものは、過去の記憶に基づいて作られた自己イメージや、選択や行動の傾向にすぎません。
「すぐにくよくよする性格」の人は、自分に対し「すぐにくよくよする人間である」というイメージを抱き、過去に、すぐにくよくよすることを選んでいた。
「つい余計なことを言ってしまう性格」の人は、自分に対し「つい余計なことを言ってしまう人間である」というイメージを抱き、過去に、つい余計なことを言ってしまうことを選んでいた。
 ただそれだけのことであり、自分を嫌いになったり、「なかなか性格を変えられない」と嘆いたりする必要はありません。

 今、この瞬間から、「自分に対するイメージや、選択や行動の傾向をどう変えるか」を考えればいいのです。

 そして、ここでもう一つ、考えていただきたいことがあります。
 もしあなたが、「すぐにくよくよしてしまう自分の性格が嫌いだ」「つい余計なことを言ってしまう性格を変えたい」と思っているとして、そもそも、その「性格」は、変えるべきものなのでしょうか。

「自分はすぐにくよくよする」「余計なことを言ってしまう」という評価自体も、結局は一面的、相対的なものにすぎません。
 単に、あなたが「自分はくよくよしている」と思いすぎているだけかもしれませんし、もし誰かに「お前はいつも、余計なことばかり言っている」と言われたとしても、それはその人だけの評価であり、ほかの人は「余計なこと」だとは思っていないかもしれません。

 そもそも、「くよくよするのはよくない」「余計なことを言うのはよくない」と思ってしまうこと自体が、ブリーフシステムの働きによるものです。
 つまり、あなたが過去に

 ・誰かに「くよくよするな」「余計なことを言うな」と言われ、それを受け入れてしまった
 ・社会的に「くよくよすること」「余計なことを言うこと」が「良くないこと」だとされている

 というだけの話であり、くよくよすることや余計なことを言うことが本当に「良くないこと」であるとは限らないのです。

 すぐにくよくよするあなたは、とても内省的で、過去の失敗からきちんと学び、次に活かせる人だといえるかもしれません。
 あなたが「余計なこと」だと思っていた言葉が、知らず知らずのうちに、人を奮い立たせたり、励ましたりしていたかもしれません。
 未来のあなたが、「すぐにくよくよする性格でよかった」「つい余計なことを言ってしまう性格でよかった」と思っている可能性も、十分にあるのです。

 視点を一段高く置き、そこから俯瞰(ふかん)的に眺めると、「現在の自分」を中心にした思考から解放され、物事にはさまざまな側面があり、「いい」「悪い」などと簡単に判断できないことがわかります。
 俯瞰すれば、現在自分が抱えている問題、自分が置かれている状況も相対化して見ることができます。そして現在の出来事に対し、現在のあなたが価値判断を下すことなどできないとわかるでしょう。
 現在の自分の状態が「いい」のか「悪い」のか、それが本当にわかるのは、未来においてのみです。
 いや、それどころか、永遠にわからないかもしれません。

 このような思考の仕方を、「抽象度を上げる」「抽象度を高める」といいます。
 たとえば、この世界を眺めるとき、「草があり、土があり、虫がいる」といった具合に、すぐ目の前にあるものだけを見つめるのは、抽象度の低い認識です。
 もう一段抽象度を上げると、「陸があり、海があり、空がある」といった認識になり、さらに抽象度を上げると、「地球があり、宇宙がある」「物質は分子によってできている」といった具合に、目に見えないものも、想像や知識などによって認識できるようになります。

 そして、抽象度の高い認識、思考ができるのは、当然のことながら、人間だけです。
 脳は生物と共に、進化を遂げてきました。
 魚類、両生類、爬虫類では、餌の捕獲、交尾、反射等、本能的な行動を司る脳幹が脳の大部分を占めており、小脳や大脳は小さく、魚類と両生類の大脳は、「古皮質」とよばれる大脳辺縁系のみからできています(爬虫類のみ、「新皮質」がわずかに出現)。
 大脳辺縁系には扁桃体(へんとうたい)があり、本能的な恐怖、嫌悪、悲しみなど、生命を維持するために必要な原始的な感情を司っており、抽象度の低い情報処理しかできません。

 鳥類や哺乳類になると、小脳と大脳が大きくなり、特に大脳の新皮質が発達して、「感覚野」「運動野」が出現し、霊長類では新皮質がさらに発達して「連合野」が出現し、より高度な認知や行動ができるようになりました。
  ブリーフシステムが蓄積されている前頭前野は、もっとも新しくできた部位であり、論理的な思考や理性を司っていて、抽象度の高い情報処理をすることができます。

 先ほどの例でいえば、この世界に対し、「草があり、土があり、虫がいる」という認識をするのは、大脳辺縁系のみを持ち合わせている魚類や両生類、爬虫類、「陸があり、海があり、空がある」という認識をするのは、発達した新皮質を持つ鳥類や哺乳類、「地球があり、宇宙がある」「物質は分子によってできている」という認識ができるのは、前頭前野が発達した人類、ということになるわけです。

 抽象度の高い思考を身につけると、私たちはさまざまな制約を超越して、自由に物事を捉えられるようになります。
 周りの人たちの自分に対する評価、社会で当たり前とされている価値観や偏見、差別などを、高次な視点から眺められるようになり、そうしたものにいたずらに縛られ、振り回されることもなくなります。

「自分の『性格』を変えたい」と思っている人は、それが本当に変えるべきものなのか、一度、抽象度を高めて考えてみましょう。
 少し見方を変えれば、あなたが「変えたい」と思っている「性格」は、決して変える必要のない、大きな長所かもしれません。

■ ポイント

・性格は過去の経験の集積。
・抽象度の高い思考をすると、周囲の価値観に振り回されなくなる。


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著者

苫米地 英人

1959年、東京都生まれ。認知科学者、計算機科学者、カーネギーメロン大学博士(Ph.D)、カーネギーメロン大学CyLab兼任フェロー。マサチューセッツ大学コミュニケーション学部を経て上智大学外国語学部卒業後、三菱地所にて2年間勤務し、イェール大学大学院計算機科学科並びに人工知能研究所にフルブライト留学。その後、コンピュータ科学の世界最高峰として知られるカーネギーメロン大学大学院に転入。哲学科計算言語学研究所並びに計算機科学部に所属。計算言語学で博士を取得。徳島大学助教授、ジャストシステム基礎研究所所長、通商産業省情報処理振興審議会専門委員などを歴任。

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