第105回
88〜90話
2020.06.01更新
「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、菜根譚の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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88 精神が充実していると元気で楽しい人生が送れる
【現代語訳】
精神が充実していれば、たとえ粗末なふとんで寝るような貧乏暮らしをしていても、天地の調和した気を得ることで、元気に楽しく過ごせる。また、食事も同じく、十分においしいと思うことで、あかざのあつもののような粗末なものを食べていても、人生のあっさりとした妙味が味わえるのだ。
【読み下し文】
神(しん)酣(たけなわ)(※)なれば、布被(ふひ)の窩中(かちゅう)(※)にも、天地(てんち)沖和(ちゅうわ)(※)の気(き)を得(う)。味(あじ)わい足(た)れば、藜羹(れいこう)(※)の飯後(はんご)にも、人生(じんせい)澹泊(たんぱく)の真(しん)を識(し)る。
(※)神酣……精神が充実している。
(※)布被の窩中……粗末なふとんで寝るような貧乏暮らし。
(※)沖和……調和。なお、『老子』は「万物(ばんぶつ)は陰(いん)を負(お)いて陽(よう)を抱(いだ)き、沖気(ちゅうき)を以(もっ)て和(わ)を為(な)す」(衟化第四十二)と述べている。ここに「沖気」とあるのも気を和すること、気を調和させることを言っている。
(※)藜羹……あかざのあつもの。粗食を意味する。この語句については、本書の前集11条参照。本項の内容も、『老子』の思想へのシンパシーを感じる。例えば、『老子』も「其(そ)の食(しょく)を甘(うま)しとし、其(そ)の服(ふく)を美(び)とし、其(そ)の居(きょ)に安(やす)んじ、其(そ)の俗(ぞく)を楽(たの)しとす」(獨立第八十)としている。
【原文】
神酣、布被窩中、得天地沖和之氣。味足、藜羹飰後、識人生澹泊之眞。
89 束縛されるのも解放されるのも自分の心次第である
【現代語訳】
束縛されるのも解放されるのも、自分の心次第である。心が悟ることができていれば、たとえむさくるしい場所の肉屋にいようと酒屋にいようと、極楽浄土にいるように思える。反対に、心が悟ることができていなければ、たとえ琴を弾き、鶴を飼おうと、花や草を植えようと、高潔を装い風流な生活をしているようでも、心のなかから魔性を追い出すことはできない。こんな言葉もある。「よく悟ることができると、俗世界も理想郷となるが、悟ることができていなければ、出家して僧のかっこうはしていても、俗人そのものである」。まさにその通りではないか。
【読み下し文】
纏脱(てんだつ)(※)は只(た)だ自心(じしん)に在(あ)るのみ。心(こころ)了(りょう)すれば、則(すなわ)ち屠肆糟廛(としそうてん)(※)も、居然(きょぜん)たる浄土(じょうど)なり。然(しか)らざれば、縦(たと)い一琴一鶴(いっきんいっかく)(※)、一花(いっか)一卉(いっき)(※)の、嗜好(しこう)は清(きよ)しと雖(いえど)も、魔障(ましょう)(※)は終(つい)に在(あ)り。語(ご)に云(い)う(※)、「能(よ)く休(きゅう)す(※)れば塵境(じんきょう)は真境(しんきょう)と為(な)り、未(いま)だ了(りょう)せざれば僧家(そうか)も是(こ)れ俗家(ぞくか)なり」。信(まこと)なるかな。
(※)纏脱……束縛と解放。
(※)屠肆糟廛……肉と酒屋。
(※)一琴一鶴……一張の琴を弾き一羽の鶴を飼う風流な生活。
(※)一花一卉……花や草を植える風流な生活。
(※)魔障……魔性の障害。
(※)語に云う……邵堯夫の言葉。邵堯夫については、本書の後集58条参照。
(※)休す……悟る。悟りきる。
【原文】
纏脫只在自心。心了、則屠肆糟廛、居然淨土。不然、縱一琴一鶴、一芲一卉、嗜好雖淸、魔障終在。語云、能休塵境爲眞境、未了僧家是俗家。信夫。
90 人生の喜びと楽しみにぜいたくな仕掛けはいらない
【現代語訳】
狭い部屋に住んでいても、すべての雑念を捨て去ることができれば、何も色あざやかに塗り上げた棟に飛んでいく雲をながめたり、玉のすだれを巻き上げて雨をながめるような、豪壮な楼閣の趣を説く必要はない。また、わずか三杯の酒でも、そこに天地の真理(人生の真実と喜び)を悟ることができたら、ただ飾りもなく素っ気ない琴を月の光の下で弾き、短い笛を風吹くなかで吹くだけでも、最高の楽しみだと思える。
【読み下し文】
斗室(としつ)(※)の中(なか)、万慮(ばんりょ)都(すべ)て捐(す)つれば、甚(なん)の画棟(がとう)(※)に雲(くも)を飛(と)ばし、珠簾(しゅれん)を雨(あめ)に捲(ま)くを説(と)かん。三杯(さんばい)(※)の後(のち)、一真(いっしん)(※) 自得(じとく)すれば、唯(た)だ、素琴(そきん)を月(つき)に横(よこ)たえ、短笛(たんてき)を風(かぜ)に吟(ぎん)ずるを知(し)るのみ。
(※)斗室……狭い部屋。一斗枡(ます)ほどの室。
(※)画棟……色あざやかに塗り上げた棟。なお、この文章は初唐の詩人・王勃(おうぼつ)の「画棟(がとう)、朝(あした)に飛(と)ばす南浦(なんぽ)の雲(くも)、珠簾(しゅれん)、暮(く)れに捲(ま)く西山(せいざん)の雨(あめ)」を踏まえている。
(※)三杯……李白の詩「三杯(さんばい)にして大道(だいどう)に通(つう)じ、一斗(いっと)にして自然(しぜん)に合(がっ)す。但(た)だ酒中(しゅちゅう)の趣(おもむき)を得(え)んのみ、醒(さ)めたる者(もの)の為(ため)に伝(つた)うること勿(な)かれ」を踏まえている。
(※)一真……天地の真理。大道を悟る。人生の真実と喜び。
【原文】
斗室中、萬慮都捐、說甚晝棟飛雲、珠簾捲雨。三杯後、一眞自得、唯知素琴橫月、短笛吟風。
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