第97回
64〜66話
2020.05.20更新
「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、菜根譚の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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64 天地自然は最高の芸術である
【現代語訳】
林のなかに聞こえる松風の音、石の上を流れる泉の音などを心静かに聞いていると、天地自然のすばらしい音楽であることがわかる。また、野の果てにたなびくかすみ、水の上に映る雲の影などを心のどかに見入っていると、天地自然の最高の芸術であることがわかる。
【読み下し文】
林間(りんかん)の松韻(しょういん)(※)、石上(せきじょう)の泉声(せんせい)、静裡(せいり)に聴(き)き来(き)たりて、天地(てんち)自然(しぜん)の鳴佩(めいはい)(※)を識(し)る。草際(そうさい)の煙光(えんこう)(※)、水心(すいしん)の雲影(うんえい)、間中(かんちゅう)に観(み)去(さ)りて、乾坤最上(けんこんさいじょう)の文章(ぶんしょう)(※)を見(み)る。
(※)松韻……松風の音、ひびき。
(※)鳴佩……佩玉(おびだま)の鳴る音(昔、貴人が腰につけて音が鳴るようにしていた)。美しい音楽。
(※)草際の煙光……野の果てにたなびくかすみ。
(※)文章……ここでは芸術、絵画を意味する。なお、本書の前集57条、147条参照。
【原文】
林閒松韻、石上泉聲、靜裡聽來、識天地自然鳴佩。草際𤇆光、水心雲影、閒中觀去、見乾坤最上文章。
65 人の戦いは終わることがない。人の財欲は果てしない
【現代語訳】
人は、昔、滅んでしまった西晋の都の跡に、草木がおおい茂っている姿を見ても、武力を誇り戦いをやめようとはしない。自分たちの身は、洛陽の北にある北邙の墓地に埋められ、そこで結局、狐(きつね)や兎(うさぎ)の餌(えさ)になるのはわかっているのに、黄金(財物)にこだわっている。昔の言葉にもある。「どんな猛獣でも飼いならすことはできるが、人心を降伏させることはとても難しい。どんな谷でも埋めることはやさしいが、人心を満足させることはなかなか難しい」。まったくその通りである。
【読み下し文】
眼(め)に西晋(せいしん)の荊榛(けいしん)(※)を看(み)て、猶(な)お白刃(はくじん)に矜(ほこ)る。身(み)は北邙(ほくぼう)(※)の狐兎(こと)に属(ぞく)して、尚(な)お黄金(おうごん)を惜(お)しむ。語(ご)に云(い)う、「猛獣(もうじゅう)は伏(ふく)し易(やす)く、人心(じんしん)は降(くだ)し難(がた)し。谿壑(けいがく)(※)は満(み)たし易(やす)く、人心(じんしん)は満(み)たし難(がた)し」。信(まこと)なるかな。
(※)西晋の荊榛……草木がおい茂っている西晋の都の跡。「荊」は、いばら。「榛」は、はしばみ。「ヘーゼルナッツ」は西洋はしばみの実である。なお、『晋書』索靖伝に、索靖が西晋の滅亡と草木のおい茂ることを予言した。その通りになった故事がここで使われている。
(※)北邙……洛陽の北にあった墓地。邙山にあった墓地で貴人の墓が多くあったという。
(※)谿壑……谷。
【原文】
眼看西晉之荊榛、猶矜白刄。身屬北邙之狐兎、尙惜黃金。語云、猛獸易伏、人心難降。谿壑易滿、人心難滿。信哉。
66 心に波風を立てない
【現代語訳】
心に波風を立てなければ、どこにいても青い山々、緑の木々のなかにいるような、すがすがしい心持ちでいられる。また、天から授かった万物を育てはぐくむ心(温かさ)があれば、どこに行こうとも、魚が躍り跳ね、鳶が飛ぶように生き生きとしている心持ちでいられる。
【読み下し文】
心地(しんち)の上(うえ)に風濤(ふうとう)(※) 無(な)ければ、在(あ)るに随(したが)いて、皆(みな)青山(せいざん)緑樹(りょくじゅ)なり。性天(せいてん)(※)の中(なか)に化育(かいく)有(あ)れば、処(ところ)に触(ふ)れて、魚(うお)躍(おど)り鳶(とび)飛(と)ぶ(※)を見(み)る。
(※)風濤……風と波。
(※)性天……天から授かった性。本性。天性。本書の後集50条参照。この言葉からも著者洪自誠が「吾が儒」とした前述の儒学の徒であることがわかる。「天」は『論語』でも多用されていることでわかるように古代から東洋思想や儒教では特別に大切にされてきた概念である。私たちを司るもの、あるいは創造主が万物を生み出し、そして見守るものとする。「天」という言葉、概念は現代に至るまで使われている。明治の初めに日本で二大ベストセラーとなり、明治期の発展に大きく寄与した『学問のすゝめ』と『西国立志編(セルフ・ヘルプ)』(中村正直訳 サミュエル・スマイルズ著)は、どちらも「天」という言葉を使って書き始めている。「天は人の上に人を造らず」(学問のすゝめ)、「天は自ら助くる者を助く」(セルフ・ヘルプ)である。後者の「天」の原語は「Heaven」なので、東洋的な「天」とは違うところもあるだろう。キリスト教的な「神」( God)のことかもしれない。いずれにしても、「性天」は儒学の重要な概念である。また、西郷隆盛の「敬天愛人」という考え方は、まったく同じ内容の文を儒学者でもあった中村正直も説いており、幕末の日本人が「天」という言葉を重視していたのがわかる。
(※)魚躍り鳶飛ぶ……本書の前集22条では「鳶飛び魚躍る」なっているが、意味は同じ。なお、本項の解釈については、本書の前集72条、160条参照。
【原文】
心地上無風濤、隨在、皆靑山綠樹。性天中有化育、觸處、見魚躍鳶飛。
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