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孫子コンプリート 全文完全対照版 野中根太郎 訳

第14回

37話~39話

2018.02.01更新

読了時間

【 この連載は… 】 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孫子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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はじめに

第1章

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37 組織としての強さ、勢いで勝つ

【現代語訳】

このように戦争をうまく行う者は、その勝利を組織の勢いに求めるが、兵士個人には求めない。
そうすることで、人を適切に配置し、組織の勢いに従わせることができる。
人を勢いに従わせる者が、人を戦わせる様子は、まるで木や石を転がすようなものである。
木や石の性質は、安定しているところに置けば静止するが、傾斜しているところに置けば動き出す。また、角ばっていれば止まるが、丸ければ転がる。
したがって戦争をうまく行う者が人を戦わせるときの勢いというのは、丸い石を高い山から転がすようなものである。
これが勢いというものである。

【読み下し文】

故(ゆえ)に善(よ)く戦(たたか)う者(もの)は、これを勢(せい)に求(もと)めて人(ひと)に責(もと)めず、故(ゆえ)に能(よ)く人(ひと)を択(えら)びて(※)勢(せい)に任(にん)ず。勢(せい)に任(にん)ずる者(もの)は、其(そ)の人(ひと)を戦(たたか)わしむるや、木石(ぼくせき)を転(てん)ずるが如(ごと)し。木石(ぼくせき)の性(せい)は、安(あん)なれば則(すなわ)ち静(しず)かに、危(き)(※)なれば則(すなわ)ち動(うご)き、方(ほう)なれば則(すなわ)ち止(と)まり、円(えん)なれば則(すなわ)ち行(い)く。故(ゆえ)に善(よ)く人(ひと)を戦(たたか)わしむるの勢(せい)、円石(えんせき)を千仞(せんじん)の山(やま)に転(てん)ずるが如(ごと)きは、勢(せい)なり。

  • (※)択びて……「人を適切に(選んで)配置し」の意味。なお、「択(擇)」は「釈(すて)」の誤記ではないかとする説、「斁(えき)」の借字ではないかとする説もある。前者だと「人を選ばないで」となり、後者だと「人にはこだわらないで」の意味となる。
  • (※)危……「傾斜している」「険しく傾いている」という意味。

【原文】

故善戰者、求之於勢、不責於人、故能擇人而任勢、任勢者、其戰人也、如轉木石、木石之性、安則靜、危則動、方則止、圓則行、故善戰人之勢、如轉圓石於千仞之山者、勢也、

第六章 虚実篇

38 自分が有利な立場をつくり(主導権を握り)、敵を動かす

【現代語訳】

孫子は言った。およそ戦地では、敵より先に有利な地を占拠して敵を待てば余裕が生まれるが、後から敵の占拠する地に到着して戦いを行えば苦しいことになる。
だから戦争をうまく行う者は、自分が有利な立場で相手を動かし、相手の思うとおりには動かされないようにする。
敵の軍隊をこちらの望むところに来させることができるのは、利益を示して誘うからである。敵の軍隊をこちらの来てほしくないところに来させないようにできるのは、敵にその害をわからせる(不利益を示す)からである。
だから戦争をうまく行う者は、敵が余裕を持って楽にしていれば、これを疲れさせるようにできるし、敵の食糧が十分で腹いっぱいに食べていれば、これを飢えさせるようにできるし、敵が安心して落ちついているならば、これを動揺させるようにできるのである。

【読み下し文】

孫子(そんし)曰(いわ)く、凡(およ)そ先(さき)に戦地(せんち)に処(お)りて敵(てき)を待(ま)つ者(もの)は佚(いつ)し、後(おく)れて戦地(せんち)に処(お)りて戦(たたか)いに趨(おもむ)く者(もの)は労(ろう)す。故(ゆえ)に善(よ)く戦(たたか)う者(もの)は、人(ひと)を致(いた)して(※)人(ひと)に致(いた)されず。能(よ)く敵人(てきじん)をして自(みずか)ら至(いた)らしむる者(もの)は、これを利(り)すればなり。能(よ)く敵人(てきじん)をして至(いた)るを得(え)ざらしむる者(もの)は、これを害(がい)すればなり。故(ゆえ)に敵(てき)、佚(いつ)すれば能(よ)くこれを労(ろう)し(※)、飽(あ)けば能(よ)くこれ饑(う)えしめ、安(やす)んずれば能(よ)くこれを動(うご)かす。

  • (※)致して……相手を思い通りに動かして。
  • (※)敵、佚すれば能くこれを労し……敵が余裕を持って楽にしていれば、これを疲れさせるようにして。第一章・計篇6話では、「佚にしてこれを労し」とあり、後の第七章・軍争篇53話にも、「佚を以て労を待ち」とある。この言葉は、連合艦隊司令長官だった東郷平八郎が日露戦争後に言ったことで有名。

【原文】

孫子曰、凢先處戰地、而待敵者佚、後處戰地、而趨戰者勞、故善戰者、致人而不致於人、能使敵人自至者、利之也、能使敵人不得至者、害之也、故敵佚能勞之、飽能饑之、安能動之、

39 敵にこちらの動きをわからせない

【現代語訳】

敵がこられないところに出て、敵の思いもよらないところに進出する。
千里の距離を行軍しても疲れないのは、敵のいない土地を進むからである。
攻撃して必ず攻め取ることができるのは、敵の無防備なところを攻撃するからである。
守備で必ずしっかり守れるのは、敵が攻めてこられないところを守るからである。
だから攻めのうまい者は、敵がどこを守ればよいのかわからないようにする。
守りのうまい者は、敵がどこを攻めたらいいかわからないようにする。
微なるかな、微なるかな(何とすばらしいことであろうか)。それは形がないかのようだ。
神なるかな、神なるかな(何と神秘的なことであろうか)。それは音がないかのようだ。
こうして敵の運命をも支配してしまう(完全に主導権を握ってしまう)ことができる。

【読み下し文】

其(そ)の趨(おもむ)かざる所(ところ)に出(で)(※)、其(そ)の意(おも)わざる所(ところ)に趨(おもむ)く。千里(せんり)(※)を行(い)きて労(ろう)せざる者(もの)は、無人(むじん)の地(ち)を行(い)けばなり。攻(せ)めて必(かなら)ず取(と)る者(もの)は、其(そ)の守(まも)らざる所(ところ)を攻(せ)むればなり。守(まも)りて必(かなら)ず固(かた)き者(もの)は、其(そ)の攻(せ)めざる所(ところ)を守(まも)ればなり。故(ゆえ)に善(よ)く攻(せ)むる者(もの)は、敵(てき)其(そ)の守(まも)る所(ところ)を知(し)らず。善(よ)く守(まも)る者(もの)は、敵(てき)其(そ)の攻(せ)むる所(ところ)を知(し)らず。微(び)なるかな微(び)なるかな、無形(むけい)に至(いた)る。神(しん)なるかな神(しん)なるかな、無声(むせい)に至(いた)る。故(ゆえ)に能(よ)く敵(てき)の司命(しめい)を為(な)す。

  • (※)其の趨かざる所に出で……原文の「出其所不趨」は、「出其所必趨」の間違いではないかとの説もある。そうすると、「其の必ず趨く所に出で」となり、「出撃したいところに出撃し」と訳すことになる。
  • (※)千里……古代中国の一里は約四百メートル。ここで千里というのは「遠い道のり」のことを指す。なお、近代以降の日本では一里=約三・九キロメートルとされている。

【原文】

出其所不趨、趨其所不意、行千里而不勞者、行於無人之地也、攻而必取者、攻其所不守也、守而必固者、守其所不攻也、故善攻者、敵不知其所守、善守者、敵不知其所攻、微乎微乎、至於無形、神乎神乎、至於無聲、故能爲敵之司命、

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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