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孫子コンプリート 全文完全対照版 野中根太郎 訳

第20回

55話~57話

2018.02.09更新

読了時間

【 この連載は… 】 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孫子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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はじめに

第1章

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第八章 九変篇

55 戦争で兵を動かすときの原則

【現代語訳】

孫子は言った。およそ戦争で兵を動かすときの原則は次のようになる。
将軍が君主から命令を受け、軍を組織し兵を集めたならば、「圮地(ひち)」すなわち山林、険しいところ、湿地帯など足場が悪く行動に不便な場所に宿してはならず、「衢地(くち)」すなわち諸侯の国々の領土と接していて先にそこを占拠したものが天下の人々を掌握できるようなところでは、諸侯と親しく交わり、「絶地」すなわち自分の国から遠く離れた土地に留まることなく、「囲地」すなわち出口の小さい囲まれた場所で敵に囲まれてしまった場合は出ていけるように謀りごとをし、「死地」すなわち戦わなくては生き残れないところでは必死に戦わなければならない。
道にも通ってはいけないところがあり、敵軍にも攻撃してはいけないものがあり、城にも攻撃してはいけないところがあり、土地にも争ってはいけないところがあり、たとえ君主の命令でも実際の状況に応じて判断したとき、従ってはいけないこともある。

【読み下し文】

孫子(そんし)曰(いわ)く、凡(およ)そ用兵(ようへい)の法(ほう)は、将(しよう)、命(めい)を君(きみ)に受(う)け、軍(ぐん)を合(あ)わせ、衆(しゅう)を聚(あつ)め、圮地(ひち)(※)には舎(やど)ること無(な)く、衢地(くち)(※)には交(まじ)わり合(あ)わせ、絶地(ぜっち)(※)には留(とど)まること無(な)く、囲地(いち)(※)には則(すなわ)ち謀(はか)り、死地(しち)(※)には則(すなわ)ち戦(たたか)う。塗(みち)に由(よ)らざる所(ところ)有(あ)り、軍(ぐん)に撃(う)たざる所(ところ)有(あ)り、城(しろ)に攻(せ)めざる所(ところ)有(あ)り、地(ち)に争(あらそ)わざる所(ところ)有(あ)り、君命(くんめい)に受(う)けざる所(ところ)有(あ)り(※)。

  • (※)圮地……「圮」は「非」に通じ、「やぶれる」の意。ここでは足場が悪く、軍の行動に不便なところのこと。
  • (※)衢地……「衢」は四方に通ずる大通り、交差点のこと。ここでは「諸侯と交わりやすい便利なところ」の意。
  • (※)絶地……逃れられない土地、非常に遠い地のこと。ここでは「自分の国から遠く離れた土地」の意。なお、第十一章・九地篇97話参照。
  • (※)囲地……囲まれた土地のこと。ここで「謀り」が続いていることから、「出口の小さい囲まれた場所で敵に包囲されてしまった」の意。なお、第十一章・九地篇86話では、「入っていく道が狭く、引き返す道も曲がりくねっていて遠くなり、敵が少なくても味方の大軍を攻撃できるところ」を囲地としている。また、第十一章・九地篇97話では、「背後が険しく前方が狭いところ」を囲地としている。
  • (※)死地……助かる見込みのないところ。極めて危険なところ。ここでは「戦わなくては生き残れないところ」の意。なお、第十一章・九地篇86話では「必死に戦わなければ全滅してしまうところ」、第十一章・九地篇97話では「どこにも逃げ場がないところ」を死地としている。
  • (※)君命に受けざる所有り……第十章・地形篇80話のところでも同じ趣旨のことがあり、また本文は第三章・謀攻篇21話を受けていると思われる。さらに第三章・謀攻篇22話では、勝利を知る五原則の一つに同じ趣旨のことが入っている。

【原文】

孫子曰、凢用兵之法、將受命於君、合軍聚衆、圮地無舍、衢地交合、絕地無留、圍地則謀、死地則戰、塗有所不由、軍有所不擊、城有所不攻、地有所不爭、君命有所不受、

56 将軍ならば九変の術(九つの臨機応変の術)をよく知っておくべき

【現代語訳】

このように九変(九つある臨機応変の対処法)の利益を、将軍がよく自分のものにしていれば、兵の動かし方を知っているといえる。将軍が九変の利を自分のものにしていなければ、たとえ地形(圮地、衢地、死地など)を知っていても地の利を得ることはできない。
兵を統率していても九変の術(九つの臨機応変の術)を身につけていなければ、五利(塗(みち)に由らざる所有り、軍に撃たざる所有り、城に攻めざる所有り、地に争わざる所有り、君命に受けざる所有り)を知っていても、兵の力を十分に発揮することはできない。

【読み下し文】

故(ゆえ)に将(しょう)、九変(きゅうへん)(※)の利(り)に通(つう)ずる者(もの)は、兵(へい)を用(もち)うるを知(し)る。将(しょう)、九変(きゅうへん)の利(り)に通(つう)ぜざる者(もの)は、地形(ちけい)を知(し)ると雖(いえど)も、地(ち)の利(り)を得(う)ること能(あた)わず。兵(へい)を治(おさ)めて九変(きゅうへん)の術(じゅつ)を知(し)らざれば、五利(ごり)(※)を知(し)ると雖(いえど)も、人(ひと)の用(よう)を得(う)ること能(あた)わず。

  • (※)九変……「九変」の意味については諸説がある。というのも第八章・九変篇55話の兵を動かす原則は、全部で十個あるからである。だから「九」を「多くのもの」を指すと解する説が多かったが、55話の原則のうち最後の「君命に受けざる所有り」は土地とは関係ないので、これを含まないとする説が最近は有力となっている。するとやはり「九変」は、文字通り九つの対処法ということになる。
  • (※)五利……第八章・九変篇55話で説明した五つの対処法のこと。

【原文】

故將通於九變之利者、知用兵矣、將不通於九變之利者、雖知地形、不能得地之利矣、治兵不知九變之術、雖知五利、不能得人之用矣、

57 必ず利と害を併せて考える

【現代語訳】

こうして智者は必ず利と害の両方を併せて考える。
利のあることは、その害も併せて考えるので、手がける事業はうまくいくようになる。害のあることは、利となる面も見ていくので、心配もなくなっていくのである。

【読み下し文】

是(こ)の故(ゆえ)に、智者(ちしゃ)の慮(りょ)は、必(かなら)ず利害(りがい)に雑(まじ)う(※)。利(り)に雑(まじ)りて、而(すなわ)ち務(つと)め信(の)ぶ可(べ)きなり(※)。害(がい)に雑(まじ)りて、而(すなわ)ち患(うれ)い解(と)く可(べ)きなり。

  • (※)利害に雑う……孫子は、利と害の両面から常に見よと教える。「雑う」とは両方を冷静に見よということ。なお、第二章・作戦篇10話では、「戦争の害をすべてわかっていない者には、戦争の仕方、利益などを完全に知ることはできない」としている。孫子の冷静で合理的な思考法のすすめはここでも明らかだろう。
  • (※)務め信ぶ可きなり……「信ぶ可きなり」は、「信(まこと)なる可(べ)きなり」と読む人もいる。「成しとげようと務めることがうまくいく」という意味。

【原文】

是故智者之慮、必雜於利害、雜於利、而務可信也、雜於害、而患可解也、

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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