第35回
100話~102話
2018.03.05更新
【 この連載は… 】 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孫子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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100 覇王の軍になるには
【現代語訳】
諸侯の謀りごと、腹のうちを知らなければ、その諸侯たちとうまく交わって同盟など結べるものではない。
山林、険しい地形、湿地帯などの地形を知らなければ、軍隊を進めることはできない。
その土地に詳しい道案内を使わなければ、地形上の利益を得ることはできない。
以上述べてきたような多くのことを、一つでも知らないと、いわゆる覇王の軍になることはできない。
【読み下し文】
是(こ)の故(ゆえ)に諸侯(しょこう)の謀(はかりごと)を知(し)らざる者(もの)は、預(あらかじ)め交(まじ)わること能(あた)わず。山林(さんりん)・険阻(けんそ)・沮沢(そたく)の形(かたち)を知(し)らざる者(もの)は、軍(ぐん)を行(や)ること能(あた)わず。郷導(きょうどう)を用(もち)いざる者(もの)は、地(ち)の利(り)を得(う)ること能(あた)わず。四五(しご)の者(もの)(※)、一(いつ)を知(し)らざれば、覇王(はおう)(※)の兵(へい)に非(あら)ざるなり。
- (※)四五の者……通説では、四と五で九となり、これを九地のことと解する。これに対しては、「此三者」の誤りとする説もある。そうすると「前の三つのことのうち一つもわからない」と解釈する。なお、本書はこの「四五の者」をこれまで孫子が述べてきたことと解したい。そうすることでよく意味が通り、わかりやすいからである。
- (※)覇王……王を覇するということで、諸侯の旗頭(はたがしら)として天下の秩序を維持し、安定させる支配者のこと。たとえば論語の憲問第十四に、「管仲は桓公を相たすけて、諸侯に覇たらしめ、天下を一匡(いっきょう)す」とある(拙著『全文完全対照版論語コンプリート』P288参照)。桓公は覇王の一人として有名。なお、一九七二年に発見された竹簡本では「王覇」となっている。これを重視する立場からは「王」は「尭(ぎょう)」や「舜(しゅん)」などの古代の聖王を指し、覇は「桓公などの旗頭」を指すと解する説がある。
【原文】
是故不知諸侯之謀者、不能預交、不知山林險阻沮澤之形者、不能行軍、不用鄕導者、不能得地利、四五者、不知一、非霸王之兵也
101 覇王の軍の力
【現代語訳】
そもそも覇王の軍ともなれば、大国を討伐しようとすれば、その大国が持つ大軍も集結することができず、敵国に威圧を加えれば、敵国は孤立して他国と同盟することもできない。こうなると他国と争うように諸侯と親交し、同盟を結ばなくても、天下の覇権を築かなくても、自分の望みを明らかにすれば、敵にその威力が加わっていく。だから敵の城も落とせるし、敵の国も破ることができるのである。
【読み下し文】
夫(そ)れ覇王(はおう)の兵(へい)、大国(たいこく)を伐(う)てば、則(すなわ)ち其(そ)の衆(しゅう)聚(あつ)まるを得(え)ず、威敵(いてき)に加(くわ)うれば、則(すなわ)ち其(そ)の交合(こうがつ)するを得(え)ず。是(こ)の故(ゆえ)に天下(てんか)の交(こう)を争(あらそ)わず、天下(てんか)の権(けん)を養(やしな)わず、己(おのれ)の私(し)を信(の)べ、威敵(いてき)に加(くわ)わる。故(ゆえ)に其(そ)の城(しろ)抜(ぬ)くべく、其(そ)の国(くに)隳(やぶ)(※)るべし。
(※)隳……破る。崩す。「堕」の俗字。
【原文】
夫霸王之兵、伐大國、則其衆不得聚、威加於敵、則其交不得合、是故不爭天下之交、不養天下之權、信己之私、威加於敵、故其城可拔、其國可隳、
102 兵士を奮戦させる方法
【現代語訳】
意表をつく法外な厚い褒賞を行い、また非常措置の命令を掲げるならば、大軍でも一人を動かすように動かすことができる。
軍隊を動かすにあたっては、ただ任務だけを命じるようにし、その理由を詳しく告げてはならない。また、軍隊を動かすにあたっては、利益になることだけを示し、害になることを告げてはならない。
軍隊を全滅するような状況下に投げ入れてこそ生き残ることができ、死ぬしかないような状況に陥れてこそ、生きのび勝ち抜けることができるのだ。このように兵士たちは危険な状況下にいることを知ったときに奮戦するものであって、そうしてようやく勝敗の主導権を握るのである。
【読み下し文】
無法(むほう)の賞(しょう)(※)を施(ほどこ)し、無政(むせい)の令(れい)(※)を懸(か)くれば、三軍(さんぐん)の衆(しゅう)を犯(もち)うる(※)こと、一人(いちにん)を使(つか)うが若(ごと)し。これを犯(もち)うる事(こと)を以(もっ)てし、告(つ)ぐるに言(げん)を以(もっ)てすること勿(な)かれ。これを犯(もち)うるに利(り)を以(もっ)てし(※)、告(つ)ぐるに害(がい)を以(もっ)てすること勿(な)かれ。これを亡地(ぼうち)に投(とう)じて然(しか)る後(のち)に存(そん)し、これを死地(しち)に陥(おとしい)れて然(しか)る後(のち)に生(い)く。夫(そ)れ衆(しゅう)は害(がい)に陥(おちい)りて、然(しか)る後(のち)に能(よ)く勝敗(しょうはい)を為(な)す。
- (※)無法の賞……法外な厚い褒賞。法律にないほどの厚い賞。
- (※)無政の令……非常の措置の命令。法律を超える厳しい命令。
- (※)犯うる……本書では犯(もち)うると読んだが、「犯(いつ)わる」と読んだり、「犯(おか)す」と読む人もある。この言葉の意味から孫子の一種の愚民思想的思考を指摘する人もあるが、そうではあるまい。前後の文からもわかるように、切迫した環境を与えて兵士を動かすことが勝敗のためには大事と考えており、噓をついてだまそうということではない。
- (※)これを犯うるに利を以てし……この本文を「犯うるに害を以てし、告ぐるに利を以てすること勿かれ」と利と害を逆にする見方もある。しかし、荻生徂徠が解説するように、利あることを言い聞かせることで士卒の心勇み生じて専一となり、害のあることをいうと心はちぢみ付くものである。そう解するのが一般的である。
【原文】
施無法之賞、懸無政之令、犯三軍之衆、若使一人、犯之以事、勿吿以言、犯之以利、勿吿以害、投之兦地、然後存、陷之死地、然後生、夫衆陷於害、然後能爲勝敗、
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