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孫子コンプリート 全文完全対照版 野中根太郎 訳

第5回

10話~12話

2018.01.19更新

読了時間

【 この連載は… 】 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、孫子の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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はじめに

第1章

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10 長期戦に利益はない

【現代語訳】

だから戦争においては、うまくいかなくても早く切り上げて終えることはあっても、長びかせてうまく終わらせることなどありえない。
戦争が長びいて国に利益があったことなど、かつてあったためしがない。
したがって、こうした戦争の害をすべてわかっていない者には、戦争の仕方、利益などを完全に知ることはできないのである。

【読み下し文】

故(ゆえ)に兵(へい)は拙速(せっそく)なるを聞(き)くも、巧久(こうきゅう)(※)なるを未(いま)だ睹(み)ざるなり。夫(そ)れ兵(へい)久(ひさ)しくして国(くに)に利(り)ある者(もの)は、未(いま)だこれ有(あ)らざるなり。故(ゆえ)に尽(ことごと)く用兵(ようへい)の害(がい)を知(し)らざる者(もの)は、則(すなわ)ち尽(ことごと)く用兵(ようへい)の利(り)を知(し)ること能(あた)わざるなり。

(※)巧久……うまくて長びく。戦争において長期戦でうまくいくことはありえないとした孫子はさすがである。日本もこれを無視し、日華事変から太平洋戦争で大変なことになったし、アメリカもベトナムでついに敗れることになった。ソ連のアフガニスタンでの戦いも同様であった。

【原文】

故兵聞拙速、未睹巧之久也、夫兵久而國利者、未之有也、故不盡知用兵之害者、則不能盡知用兵之利也、

11 戦争は国の経済を疲弊させる

【現代語訳】

戦争をうまくやる者は、国民に二度も兵役を課すことはなく、国内から食糧を三度も戦地に送ることはしない。軍需品は国内で調達するが、食糧は敵国で調達する。だから食糧が不足することはない。
国が軍隊のために貧しくなるのは、遠くまで食材などの物資を送るためである。遠くまで物資を送れば、国民はその負担で貧しくなる。もし戦争が近くで行われると、軍隊の近くの地で物価が上がり、そうなると住民は蓄えがなくなる。そうなると国も軍費を国民から調達するのに苦労するようになる。
こうして国と国民が苦しくなると、軍隊の戦力も尽きてなくなり、国の財政も尽き、国内の各家庭も貧しくなってしまうだろう。
国民の生活費は十分の七が失われ、国の費用も、戦車が失われ、馬は疲れ果て、甲冑、石弓や戟(げき)、楯や大楯、運搬用の牛、大車などの負担で十分の六が失われる。

【読み下し文】

善(よ)く兵(へい)を用(もち)うる者(もの)は、役(えき)(※)は再(ふたた)びは籍(せき)せず(※)、糧(りょう)は三(さん)ど載(さい)せず(※)。用(よう)を国(くに)に取(と)り、糧(りょう)を敵(てき)に因(よ)る。故(ゆえ)に軍食(ぐんしょく)足(た)るべきなり。国(くに)の師(し)に貧(ひん)なるは、遠(とお)く輸(おく)ればなり(※)。遠(とお)くに輸(おく)れば則(すなわ)ち百姓(ひゃくせい)(※)貧(まず)し。師(し)に近(ちか)きは貴(き)売(ばい)し、貴(き)売(ばい)すれば則(すなわ)ち百姓(ひゃくせい)の財(ざい)竭(つ)き、財(ざい)竭(つ)くれば則(すなわ)ち丘役(きゅうえき)(※)に急(きゅう)なり。力(ちから)は中原(ちゅうげん)に屈(つ)き財(ざい)殫(つ)き、内家(うちいえ)に虚(むな)し。百姓(ひゃくせい)の費(ひ)、十(じゅう)に其(そ)の七(しち)を去(さ)る。公家(こうか)の費(ひ)、破車(はしゃ)罷馬(ひば)、甲冑(かっちゅう)矢弩(しど)、戟楯蔽櫓(げきじゅんへいろ)、丘牛(きゅうぎゅう)(※)大車(だいしゃ)、十(じゅう)に其(そ)の六(ろく)を去(さ)る。

  • (※)役……兵役。なお、これを戦費調達の軍事税とし、後の「丘役」と同じに解する説もある。
  • (※)役は再びは籍せず……「役」を「兵役に就くこと」と解し、この兵役は「一度限りのものとすべきだ」と解するのが通説。
  • (※)糧は三度載せず……糧は食糧のこと。これに飼料も含むとする説がある。「三たび」と読む人もある。なお、「三ど載せず」とは「三度も送らない」と解するのが一般的であるが、三どとは「二度以上の多数」と解する説もある。
  • (※)国の師に貧なるは、遠く輸ればなり……「師」はここでは「軍隊」のこと。国が軍隊のために貧しくなる対外戦争は一面では物資の輸送(輜重)の勝負でもある。国の経済力が軍事力と直結するのもそのためである。約二千五百年前にそれを看破している孫子の凄さがわかる。
  • (※)百姓……一般の国民、住民。
  • (※)丘役……前述の「役」を「兵役」と解し、これらの「兵役」は「国民の税負担」と解するのが通説。なお、前述のように「役」も「兵役」も「国民の軍事税」と解する説もある。
  • (※)丘牛……「運送用の牛」と解するのが一般的。「丘のように大きな牛」と解する人もいる。

【原文】

善用兵者、役不再籍、糧不三載、取用於國、因糧於敵、故軍⻝可足也、國之貧於師者遠輸、遠輸則百姓貧、近於師者貴賣、貴賣則百姓財竭、財竭則急於丘役、力屈財殫中原、內虛於家、百姓之費、十去其七、公家之費、破車罷馬、甲冑矢弩、戟楯蔽櫓、丘牛大車、十去其六、

12 智将は国の負担を軽くするように動く

【現代語訳】

だから智将と呼ばれる将軍は、遠征したらできるだけ敵の食料を奪って兵に食べさせるようにするのである。
敵の食料一鐘(約五十リットル)を食べるのは、自国から調達する食糧の二十鐘(約千リットル)を食べるのに相当する。敵から手にした牛馬の飼料である豆がらや藁わらの一石(約三十キログラム)は、自国から調達するものの二十石(約六百キログラム)に相当する。

【読み下し文】

故(ゆえ)に智将(ちしょう)は務(つと)めて敵(てき)に食(は)む。敵(てき)の一鐘(いっしょう)を食(は)むは、吾(わ)が二十鐘(にじゅっしょう)に当(あ)たる。きかん(※)一石(いっせき)は、吾(わ)が二十石(にじゅっせき)に当(あ)たる。

  • (※)き……「き」の表記はくさかんむりに「己」に「心」。
  • (※)かん……「かん」の表記はのぎへんに「干」。

(※)きかん……「き」は豆がら、「かん」は藁の意。

【原文】

故智將務⻝於敵、⻝敵一鍾、當吾二十鍾、芑心秆一石、當吾二十石、

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 菜根譚コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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