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本当の「心の強さ」ってなんだろう?

第3回

「知情意」のバランスで考える

2021.08.13更新

読了時間

  勉強での失敗、友だちづきあい、コンプレックス、将来への不安・・・。学校では教えてくれない人生の逆境を乗り越える方法を伝授! 本書の刊行を記念して、本文の一部を公開いたします!
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「知情意」のバランスで考える

 では、心はどうやって整えたらいいのでしょうか。
 心を語るのにたいへんわかりやすい概念があります。
「知情意」──「知性」「感情」「意志」の3つのこと。
 心は、「知情意」の調和で考えるといいのです。

知(知性・理性)──考える心
 何かの刺激に対して、まず反応してわき上がるのが感情ですが、知識や理性をもとに「どうすればいいのか」を考える心のはたらきが「知」です。
 ものごとを知ろうとする、筋道立てて考える、正しいかどうかを判断するなどの思考する心が「知」の役割。感情をコントロールする冷静な判断力は「知」のはたらきです。
情(感情・情動)──感じる心
 変化や違いなどをすばやく感じとって、自分に気づかせるはたらきをします。
 瞬間的に高まる性格をもち、暴走しやすいので、コントロールが必要です。
 敏感に感じとれなければ困りますが、感じすぎてもつらい。
 しかし感知力が鈍すぎると、それもリスクやトラブルの原因になってしまいます。
意(意志・意欲)──現実を動かす心
「情」と「知」を整理・統合して判断をし、行動のもととなるのが「意」。意志や意欲、勇気です。
 落ちついて正しい意思決定ができても、「こうしよう」と決めたことを実践していけなければ「意」が正しくはたらいているとはいえません。「意」は、現実を動かしていく心のはたらきなのです。

「考える心」と「感じる心」と「現実を動かす心」、3つのはたらきをより合わせ、調和させて、ものごとに対処し、自分というものを維持していく。
「知情意」が三位一体となっていいバランスを保てると、心は安定するのです。

バランスのくずれで起きること

 たとえば、勉強に集中するつもりだったのにスマホをいじってしまい、勉強できなかったとき、脳で何が起きているのか。
 脳のなかで感情をつかさどっているのは大脳辺縁系、理性をつかさどっているのは大脳新皮質にある「前頭葉」です。
 感情系の脳は本能的で、理性をはたらかせる思考系の脳よりもすばやく反応します。しかも感情系の脳は、苦痛を感じることよりも、ラクなこと、楽しいことをしたがるのです。
 そんな感情の誘惑に突き動かされ、「ちょっとだけ」とスマホに手を出してしまう。
 動画を見たり、SNSをやったり、ゲームをやったりするのは、勉強するよりもはるかに楽しいですよね。「もうやめなくては……」という気持ちがわいても、楽しさが上まわってやめられなくなります。
 ちょっとだけのつもりが、ハッと気づいたら2時間もたっていた、なんてことになるわけです。
 これは、完全に感情系の脳のはたらきが優位になり、「いまは勉強をすべきだ」という理性的な心の声も、「今日こそテスト勉強をがんばろう」と思っていた意志の力も、機能していない状態。
「情」の暴走を、「知」と「意」がコントロールできなくなっているのです。

「知情意」のバランスでは、感情が優位になってしまうことがいちばん多いのですが、なかには、「知」が勝ちすぎて「情」が足りない、といったこともあります。
「あの人、言っていることは理路整然としていて正しいんだけど、ちょっと人の気持ちがわからないところがあるよね」
 こういう人は、「情」が弱いんです。感受性が鈍くて、気づきにくい。
「こういうとき、人はどういう感情になるか」を想像する力が弱いので、ほかの人の立場や状況を思いやることができないんです。
 しかも、自分は感情的になることがなくていつも冷静なので、「自分の判断は正しい、間違いない」と、自分の主張を通そうとしてしまう。
 優秀だけどリーダーシップに欠けている人に、こういうタイプがいます。

 知性や理性を活かしてものごとを考えられるし、感情も豊かで思いやりもあるけれども、行動力が足りない人もいます。
 思っていることを実践するには、チャレンジを恐れない気持ち、困難があってもめげない気持ちがないといけません。そういう意欲や勇気が出ない。それは、「意」が弱いのです。これも心のバランスがくずれている状態です。

 心を整えるには、「知情意」のバランスを意識することが大切。
 いまの自分に足りないのは何かを自覚し、考え方のクセや日ごろの習慣、行動を変えることで調整していくのです。
 カメラの三脚、絵を描くときのイーゼル、音楽の譜面台……安定性が必要なものは、三本足でバランスをとっていることがほとんどです。三点で支えるというのは、ものを安定させる基本です。
 心も、安定させるためには3つの柱でバランスをとるのがいいんです。

からだのなかにチェックポイントがある

 知・情・意を意識するのにとてもわかりやすいチェックポイントがあります。
「知情意」というのは西洋のものの考え方ですが、それと対応する考え方が東洋思想のなかにもあります。それが「知仁勇」です。
 東洋と西洋では、ものの考え方がかなり異なるのですが、人間の心の基軸になるものに関しては、ほぼ同じとらえ方をしているんですね。
 ぼくは身体文化の研究をしているときに、ヨガにもとづく「上丹田、中丹田、下丹田」という考え方に触れて、丹田の3つのポイントが「知仁勇」につながること、つまりは「知情意」にもつながることに気づきました。

 自分の利き手を出して、手のひらをおでこにポンと当ててください。
 これが「知」です。前頭葉ですね。
「知」と言いながら手をおでこに当て、「自分はいま、知識や判断力を使って冷静に考えているか?」と自問するのです。
 次に「情」と言いながら、胸、心臓のあたりを押さえ、「自分はいま、情の通った誠意ある言動ができているか、真心をもっているか?」と問いかけます。
 その次に「意」と言いながら、おへその下のおなか部分に手を当てて、「自分はいま、勇気をもって行動できているか?」と考えてみてください。
 おへその下は、東洋的にいうと「臍下丹田(下丹田)」です。昔から日本人は、ここに正しく力が入っていると、勇気が出る、意志の力が出る、と考えてきました。

「知」「情」「意」と口に出しながらポンポンポンとそれぞれの場所に手を当てると、意識がそこに集中します。手を当てることで、気持ちを落ちつかせることもできる。
 そうやって自分自身を振り返ってみると、「知情意」の3つをきちんと区別することができ、さらに自分にはいま何が欠けているかがわかりやすくなるのです。
 とても簡単ですから、ぜひやってみてください。

心を構成している3つの柱

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著者

齋藤 孝

1960年静岡県生まれ。明治大学文学部教授。東京大学法学部卒。専門は教育学、身体論、コミュニケーション技法。『身体感覚を取り戻す』(NHK出版)で新潮学芸賞受賞。『声に出して読みたい日本語』(草思社)で毎日出版文化賞特別賞を受賞。『語彙力こそが教養である』(KADOKAWA)、『大人の語彙力ノート』(SBクリエイティブ)などベストセラーも多数。著書発行部数は1000万部を超える。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」総合指導。

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