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よみものどっとこむ

第2回

プリンテッド・エフェメラ狂

~横溝健志さん(武蔵野美術大学名誉教授)

2016.07.26更新

読了時間


「がんばっても思い出せません」

 横溝健志さんからのメールにはそう書かれていた。トイレットペーパーの包み紙六百枚をいつから集め出したかという問いの答えだ。

 変わった趣味を知っている親戚や友人からも送られてくる。横溝さんは「トイペ」と略しているので、ここでもそう呼ぶことにしよう。収集品のメモは、一九八五年が一番古いとか。ひまわり、熊、バンビ、亀、山と川、リボン、よくわからない幾何学模様……。商品名もちゃんとついている。ときめき、ライカ、スピッツ、まごころ。デザインとネーミングの意図がよくわからないものがほとんどだ。


「絵の稚拙さ、素朴さがなんともいえずいいでしょう。デザインやネーミングで売れるものではないので、どこか“どうでもいいや”というアバウトなゆるさがにじみ出ていて、惹かれるんですよね」

 横溝さんはこの不思議なデザインの誕生の舞台裏をこう推測する。何か絵がないとさまにならないので、包み紙の製造を受注した印刷屋さんがサービスでデザインしたとか、社長さんが自ら描いたのではなかろうか──。


 たしかにわざわざ、フリーのイラストレーターやデザイナーに発注したとは思えない独特の気負いのなさがある。

「眺めていると何か安らぐのです。モダンデザインとはあきらかに異なる系列の、この美意識がほっとさせてくれるのかな」


 たとえばマッチラベル、牛乳の蓋、しおり、チラシ、トイペの包み紙のような、長期保存を見込まずに作られた、使い捨ての印刷物類を「プリンテッド・エフェメラ」という。エフェメラは「はかない」「短命な」という意味があり、訳すと「端物印刷」。古くからある印刷用語である。この言葉を初めて横溝先生から聞いた私は、彼こそが真のエフェメラのコレクターだと思った。エフェメラコレクターは海外はもちろん、日本にも江戸時代からいる。かつては、紙くず収集なんていう身も蓋もない言い方をされたようだが。


「包み紙は、消費者に意識されることもなく乱雑に剥ぎ取られて捨てられる。そういうところに端物印刷物としての本領を感じます」

 海外のトイレットペーパーそのものも、大学の在外研究員としてヨーロッパに滞在した一九八〇年代から集めている。国ごとに風合いが違い、エフェメラコレクターとしてはひどくときめいたらしい。横溝先生の尽きせぬエフェメラ愛はこんな言葉からも伝わる。

「トイペは紙の最終的な姿、つまり再生がきかないところが愛おしいと思います」


 エフェメラコレクターの境地はわからないが、人間のお尻をきれいにして、紙としての最後の命を全うしていくトイペのせつなさ、はかなさはよく理解できる。包み紙の手触りもまた、薄くてしゃわしゃわで、はかない。そうか、横溝さんはこのはかなさという美意識に心をつかまれているのだな、記憶がないくらい前から。


 

横溝健志(よこみぞ・たけし)

一九三八年生まれ。武蔵野美術大学名誉教授。自ら活版印刷工房を主宰し、端物印刷、句集などを製作。「溝活版展」など個展多数。著書に『思い出牛乳箱』(ビー・エヌ・エヌ新社)など


 
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著者

大平 一枝

大平 一枝:作家、エッセイスト。長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書『東京の台所』『ジャンク・スタイル』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『昭和ことば辞典』『かみさま』(ポプラ社)ほか多数。朝日新聞デジタル&w『東京の台所』連載中。

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