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マンガでわかる「西洋絵画」のモチーフ

第4回

旧約聖書のモチーフ 原罪と楽園追放/大洪水/バベルの塔

2018.03.06更新

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戦隊ヒーローのレッドはリーダーで、パンをくわえた女子学生は曲がり角で誰かとぶつかる……。そんなお約束は西洋絵画にも。単行本出版を記念して、書籍から厳選コンテンツを特別公開!
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名場面 人間が犯した最初の罪とその罰 原罪と楽園追放

よく描かれるもの アダム/イヴ/蛇(トカゲ)/リンゴ

ルーカス・クラナッハ(父)『アダムとイヴ』 1526年/コートルード美術研究所(ロンドン) イヴがアダムを誘惑する瞬間が描かれています。リンゴを受け取るアダムの困惑した表情が印象的です。周りに細かく描かれた動物たちは理想郷としての楽園を表現しています。

神はアダムとイヴをエデンの園に住まわせていました。エデンの園にはたくさんの木の実がなっていましたが、善悪の木の実(禁断の木の実)だけは食べてはいけないと神に言われていました。
ある日、イヴは蛇にそそのかされて善悪の木の実を口にし、アダムにもすすめて2人は神との約束を破ってしまいます。これが、人間は生まれながらにして罪深いというキリスト教思想の根本になっている「原罪」です。
神の怒りを買ったアダムとイヴは罰を与えられ、エデンの園を追放されてしまいます。善悪の木の実を食べた人間は、知識を得て恥や分別を身につける代わりに多くの苦悩を背負うことになったのです。
原罪の場面ではリンゴが善悪の木の実として描かれることが多く、楽園追放の場面では2人を追い立てる剣を持った天使もよく描かれます。

マザッチョ『楽園追放』 1424~27年頃/サンタ・マリア・デル・カルミネ教会ブランカッチ礼拝堂(フィレンツェ) 天使に追い立てられるアダムとイヴの、激しく嘆き悲しむ表情が特徴です。リアルな感情や身体表現は、ルネサンスの始まりとされています。
フーゴー・ファン・デル・グース『原罪』 1470年頃/美術史美術館(ウィーン) 蛇が手足のある元の姿で描かれています。イヴをそそのかした蛇は神に手足をとられ、地を這って生きる苦しみが与えられます。 2枚1組の祭壇画の片方が『原罪』、もう片方が『キリストの哀悼』。原罪が生じたシーンと、償れたシーンがセットになっています。

名場面 神による地上のリセット 大洪水

よく描かれるもの ノア/箱舟/動物たち/鳩/オリーブ/虹

ヤコポ・トリッティ『箱舟を造るノア』 1288~92年/サン・フランチェスコ大聖堂(アッシジ) ひとつの画面に異なる時間の複数の出来事を表現する異時同図法によって、左側に神の啓示を受けるノア、右側に神の指示に従って箱舟を造るノアたちが描かれています。

地上に人間が増えて悪徳や堕落が目立つようになると、神は大洪水を起こして世界をリセットしようと考えます。しかし、ノアという善良な老人とその家族は助けることにして、ノアに彼らと雌雄一対の動物を乗せる箱舟を造るよう命じます。
その後、地上は40日間の豪雨に見舞われ、150日もの間水に覆われてしまいます。ノアたちが乗った箱舟は山の頂(いただき)に留まり、ノアはそこから烏を飛ばしますが、船の周りを飛び回るだけでした。次に鳩を飛ばしますが、すぐに戻ってきてしまいます。鳩を2度目に放つとオリーブの枝をくわえて戻ってきました。最後は戻ってこなかったため、水がすっかり引いたと考えたノアは箱舟を降りて上陸します。
神が細かく寸法を指定してノアに造らせ、大洪水から救った箱舟は、のちにキリスト教絵画において教会を暗示するモチーフになります。

パオロ・ウッチェロ『大洪水』 1445年頃/サンタ・マリア・ノヴェッラ教会キオストロ・ヴェルデ(フィレンツェ) 洪水にとまどう人々の右上には、箱舟に乗ったノアの姿があります。洪水が手前に広がってくるようすが、極端な遠近法(短縮法)で描かれています。
ジョン・エヴァレット・ミレイ 『箱舟への鳩の帰還』 1851年/アシュモレアン博物館(オックスフォード) ノアの息子セムの妻などが描かれています。箱舟の外のようすを探るために放った鳩がオリーブの葉をくわえて戻ってきた場面です。

※ 1シュメール文明:メソポタミアに起こった初期の文明のひとつ。紀元前3000年頃から栄え、楔形文字や円筒印章、ウルやウルクなどの都市国家の遺跡で知られる

名場面 世界の言語が複数ある理由を説明 バベルの塔

よく描かれるもの バベルの塔/工事をする人々/工事用機器/ニムロデ王

ピーテル・ブリューゲル(父)『バベルの塔』 1563年/美術史美術館(ウィーン) イタリアへの留学経験もあったブリューゲルが、ローマのコロッセオをモデルに描いた円形のバベルの塔。以降、この形がバベルの塔のスタンダードになりました。左下には、塔の建設を命じたニムロデ王の一行が描かれています。

世界の言語が複数あることを説明するためのストーリー。天に近づく塔を建てようとした人間の不遜(ふそん)な行いに腹を立てた神は塔を崩壊させ、人々の言葉をバラバラにしてしまいます。
旧約聖書のこの物語の一節には、唯一の存在であるはずの神が「我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、お互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう」(『創世記』11:7)と、「我」ではなく「我々」という複数形を使う箇所があります。このため、このエピソードが他民族の多神教の神話に起源をもつことがわかります。
「バベル」とは神が言葉を混乱させた(バーラル)ことにちなむ名前ですが、かつてユダヤ民族を連行して約50年にわたり「バビロン捕囚」を行った、新バビロニア帝国の暗示でもあります。首都バビロンにはジッグラトという塔があり、その塔が崩れる話に溜飲をさげたのです。

作者不詳『バベルの塔の建設』『ベッドフォード公の時祷書』より 1423年頃/大英図書館(ロンドン) 中世に描かれたバベルの塔。ブリューゲル以前の塔の形は四角が主流で、らせん状や箱を重ねたような形のものもありました。 写真はウルにあるジッグラト「エテメンニグル」。一方、紀元前6世紀前半に完成しバベルの塔のモデルともいわれるバビロンのジッグラトは、わずかな遺構しか残っていません。

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著者

監修:池上英洋 イラスト:まつおかたかこ

監修:池上 英洋(いけがみ・ひでひろ) 美術史家。東京造形大学教授。東京藝術大学修士課程修了後、イタリア・ボローニャ大学などでの在外研究、恵泉女学園大学準教授、國學院大學準教授を経て現職。著書に、『ダ・ヴィンチの遺言』(河出書房新社)、『西洋美術史入門』(筑摩書房)、『ルネサンス 歴史と芸術の物語』(光文社)、『「失われた名画」の展覧会』(大和書房)、編著に『西洋美術史入門 絵画の見かた』(新星出版社あ9など。 イラスト:まつおかたかこ  イラストレーター。雑誌、広告、書籍をはじめ展覧会などでも幅広く活動中。活躍中。

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