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第112回

109〜111話

2020.06.10更新

読了時間

 「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、菜根譚の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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109 人生は心次第


【現代語訳】
人生が幸福になるか、不幸になるかは、心のはたらきによって分かれる。だから釈尊も言っている。「利益や欲望への心が燃えさかると、この世は焦熱地獄である。貪(どん)欲になると、人生は苦海になる。しかし、心さえ清らかになれば、燃えさかる炎も涼しい池となり、迷いから覚めると、苦海を進む船は悟りの彼岸にたどり着く」。このように心の持ち方が少し変わっただけで不幸が、たちまち幸福に変わる。よくよく慎んで心がけたいものである。

【読み下し文】
人生(じんせい)の福境禍区(ふくきょうかく)(※)は、皆(みな)念想(ねんそう)(※)より造成(ぞうせい)す。故(ゆえ)に釈氏(しゃくし)云(い)う、「利欲(りよく)に熾然(しねん)(※)なれば、即(すなわ)ち是(こ)れ火坑(かこう)なり。貪愛(たんあい)(※)に沈溺(ちんでき)すれば、便(すなわ)ち苦海(くかい)と為(な)る。一念(いちねん)清浄(せいじょう)なれば、烈焰(れつえん)も池(いけ)と成(な)り、一念(いちねん)警覚(きょうかく)(※)すれば、船(ふね)彼岸(ひがん)(※)に登(のぼ)る」。念頭(ねんとう)稍(やや)異(こと)なれば、境界(きょうかい)頓(とみ)に殊(こと)なる、慎(つつし)まざるべけんや。

(※)福境禍区……幸福になるか不幸になるかの分かれ目。本項は仏教の用語、考え方で展開される。儒教、道教、仏教をそれぞれに学んだ著者・洪自誠の面目躍如がうかがえる。本書の後集89条参照。なお、心の持ち方で大きく変わることについては、本書の後集21条も参照。
(※)念想……心のはたらき。心の作用。考え方ともいえよう。例えば、財界で活躍して「電力王」と呼ばれた松永安左門は、「同じ物でも考え方一つ。やるやつはやるように考えるし、へこたれるやつはへこたれるほうへ考えてしまう」と述べた。また、前に紹介したベンジャミン・フランクリンの考え方(後集21条参照)も本項と似ている。
(※)熾然……燃えさかる。
(※)貪愛……貪欲。
(※)警覚……迷いから覚める。
(※)彼岸……悟りの世界。境地。

【原文】
人生福境禍區、皆念想造成。故釋氏云、利欲熾然、卽是火坑。貪愛沈溺、便爲苦海。一念淸淨、烈焰成池、一念警覺、船登彼岸。念頭稍異、境界頓殊、可不愼哉。

 

110 努力を続ければ達成する。決して慌てなくて良い


【現代語訳】
縄も長い間こすり続けていると木を切ることもできるし、水滴でも時間をかけると石に穴をあけることができる。このように道(正しい生き方)を学んでいこうという者は、努力を続けていかなくてはならない。また、水が流れれば溝ができ、うりは熟するとへたが落ちる。道を得ようとする者は、努力を続けたあとは天の自然のはたらきに任せれば良い。

【読み下し文】
縄鋸(じょうきょ)(※)も木(き)断(た)ち、水滴(すいてき)も石(いし)穿(うが)つ。道(みち)を学(まな)ぶ者(もの)は須(すべか)らく力(りき)索(さく)(※)を加(くわ)うべし。水(みず)到(いた)れば渠(みぞ)成(な)り、瓜(うり)熟(じゅく)せば蒂(へた)落(お)つ。道(みち)を得(う)る者(もの)は一(いつ)に天機(てんき)に任(まか)す。

(※)縄鋸……『漢書』枚乗伝の「泰山(たいざん)の霤(したた)りは石(いし)を穿(うが)ち、単極(たんきょく)の航(つるべ)は幹(いげた)を断(た)つ」から。「縄鋸木断」も「水滴石穿」も、小さなことでも努力を続けると大きな仕事ができることを意味する。
(※)力索……努め求める。努力を続ける。「力索」というと二宮尊徳を思い出す。前に述べたトヨタグループの創業者・豊田佐吉は、『学問のすゝめ』と『西国立志編』にも大きな影響を受けたが、二宮尊徳の教えを熱心に学んだともいわれる。その尊徳は孔子と老子の言葉を駆使して農民たちを励ました。「千里(せんり)の道(みち)も一歩(いっぽ)づつ歩(あゆ)みて至(いた)る。山(やまを作(つく)るも一(いっ)ト簣(もっこ)の土(つち)よりなる事(こと)を明(あき)らかに弁(わきま)へて、励(れい)精小(せいしょう)なる事(こと)を勤(つと)めば大(だい)なる事(こと)を必(かなら)ずなるべし」(『二宮翁夜話』)。

【原文】
繩鋸木斷、水滴石穿。學衜者須加力索。水到渠成、瓜熟蒂落。得衜者一任天機。

 

111 人生は苦しい海ばかりでなく捨てたものではない


【現代語訳】
いろいろたくらむ心がなくなると、月は澄み渡り、風もすがすがしく吹いてくるように感じる。人生は苦しみの海ばかりでなく、捨てたものではない。心が世俗の欲望から離れることができれば、自然に車馬の騒がしさも気にならない。どうして山奥に身を隠すことの必要があろうか。

【読み下し文】
機(き)(※) 息(や)む時(とき)、便(すなわ)ち月(つき)到(いた)り風(かぜ)来(き)たる有(あ)り。必(かなら)ずしも苦海(くかい)の人世(じんせい)ならず。心(こころ)遠(とお)き(※)処(ところ)、自(おの)ずから車(しゃ)塵(じん)馬(ば)迹(せき)(※) 無(な)し。何(なん)ぞ痼疾(こしつ)の丘山(きゅうざん)(※)を須(もち)いん。

(※)機……たくらむ。はたらき。
(※)心遠き……世俗の欲望から離れる。
(※)車塵馬迹……車馬の騒がしさ。
(※)痼疾の丘山……山奥に身を隠すこと。山水を愛好することが不治の病となる。本項の解釈は、本書の後集17条も参照。本項も人生を肯定的にとらえ、必ずしも山奥で隠人の生活をしなくても楽しく、正しく生きられると『菜根譚』らしい主張がなされている。

【原文】
機息時、便有月到風來、不必苦海人世。心遠處、自無車塵馬迹。何須痼疾丘山。

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著者

野中 根太郎

早稲田大学卒。海外ビジネスに携わった後、翻訳や出版企画に関わる。海外に進出し、日本および日本人が外国人から尊敬され、その文化が絶賛されているという実感を得たことをきっかけに、日本人に影響を与えつづけてきた古典の研究を更に深掘りし、出版企画を行うようになる。近年では古典を題材にした著作の企画・プロデュースを手がけ、様々な著者とタイアップして数々のベストセラーを世に送り出している。著書に『超訳 孫子の兵法』『吉田松陰の名言100-変わる力 変える力のつくり方』(共にアイバス出版)、『真田幸村 逆転の決断術─相手の心を動かす「義」の思考方法』『全文完全対照版 論語コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 孫子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』『全文完全対照版 老子コンプリート 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文』(以上、誠文堂新光社)などがある。

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