第16回
43〜45話
2020.01.17更新
「超訳」本では軽すぎる、全文解説本では重すぎる、菜根譚の全体像を把握しながら通読したい人向け。現代人の心に突き刺さる「一文超訳」と、現代語訳・原文・書き下し文を対照させたオールインワン。
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43 人より一歩高く努力し、一歩退いて生きる
【現代語訳】
世間で身を立て、ひとかどの人物になろうという者は、人よりも一歩高いところに抜け出して、自分を鍛え、磨かなくてはならない。でないと、チリのなかで着物のチリを払い、泥のなかで足を洗うようなものとなり、いつの間にか世間に流されてしまうことになる。また、世のなかで生きていくには、人より一歩退く謙譲の美徳がいる。でないと、蛾が灯に飛び込んでしまい、雄羊が垣根に角(つの)をとられるように進退が極まり、この世を安楽に生きていくことができなくなる。
【読み下し文】
身(み)を立(た)つるに一歩(いっぽ)を高(たか)くして立(た)たざれば、塵裡(じんり)に衣(い)を振(ふる)い、泥中(でいちゅう)に足(あし)を濯(あら)うが如(ごと)し。如何(いかん)ぞ超達(ちょうたつ)せん。世(よ)に処(しょ)するに一歩(いっぽ)を退(しりぞ)いて処(お)らざれば、飛蛾(ひが)の燭(しょく)に投(とう)じ(※)、羝羊(ていよう)(※)の藩(まがき)(※)に触(ふ)るるが如(ごと)し。如何(いかん)ぞ安楽(あんらく)ならん。
(※)飛蛾の燭に投じ……自ら危険に投じてしまうことのたとえ。飛んで火にいる夏の虫。
(※)羝羊……雄羊。なお、『易経』の大壮卦に、「羝羊(ていよう)、藩(まがき)に触(ふ)る。退(しりぞ)くも能(あた)わず、遂(と)ぐるも能(あた)わず、利(よろ)しきところなし」とある。
(※)藩……まがき。垣根。囲い。本書の前集34条参照。
【原文】
立身不高一步立、如塵裡振衣、泥中濯足。如何超逹。處世不退一步處、如飛蛾投燭、羝羊觸藩。如何安樂。
44 学んで人格を向上させようという者は精神を集中し、目標にまい進せよ
【現代語訳】
学んで人間的に向上しようという者は、精神を集中し、その目標に向かってまい進すべきである。もしも、このように徳を修めようという者が、世俗の功績や名誉に引っ張られてしまうことがあるならば、本当の修養はかなわず、目的は達せられないだろう。また、書を読んだとしても趣味や風流ごとに走るならば、本当の理解にまで到ることはないだろう。
【読み下し文】
学(まな)ぶ者(もの)は、精神(せいしん)を収拾(しゅうしゅう)し、一路(いちろ)に併帰(へいき)することを要(よう)す。如(も)し徳(とく)を修(おさ)めて意(い)を事功名誉(じこうめよ)(※)に留(とど)むれば、必(かなら)ず実詣(じつけい)(※) 無(な)し。書(しょ)を読(よ)みて興(きょう)を吟咏風雅(ぎんえいふうが)(※)に寄(よ)すれば、定(さだ)めて深心(しんしん)ならず。
(※)事功名誉……功績や名誉、良い評判。
(※)実詣……真実の造詣。本当の修養を行い、目的を達すること。
(※)吟咏風雅……詩人の遊びや風雅の道。趣味や風流ごと。なお、『論語』で孔子は「行(おこな)って余力(よりょく)あれば則(すなわ)ち以(もっ)て文(ぶん)を学(まな)べ」(学而第一)という。さらに子夏は「小道(しょうどう)と雖(いえど)も必(かなら)ず観(み)るべき者(もの)有(あ)らん。遠(とお)きを致(いた)すには泥(なず)まんことを恐(おそ)る。是(これ)を以(もっ)て君子(くんし)は為(な)さざるなり」(子張第十九)と述べている。また、同じく子夏の言葉として「百工(ひゃくこう)は肆(し)に居(お)りて以(もっ)て其(そ)の事(こと)を成(な)し、君子(くんし)は学(まな)びて以(もっ)てその道(みち)を致(いた)す」(子張第十九)がある。本項と同じく、まずは自分のやるべき本業とか目標に集中せよということであろう。
【原文】
學者、要収拾精神、併歸一路。如修德而留意於事功名譽、必無實詣。讀書而寄興於吟咏風雅、定不深心。
45 人生の楽しみ、喜びはどこにいても見つけられる
【現代語訳】
どんな人たちにも大慈悲の心(仏心)がある。菩薩の化身ともいわれた維摩居士(ゆいまこじ)のような人も、牛馬を解体したり、罪人の首を切るような仕事をしている人でも同じである。また、人生の喜び、楽しみもどこにでもある。豪華な大邸宅に住もうが、貧しいあばら屋に住もうがどちらも同じである。ところが、目の前の欲や感情によって心がくもってそれがわからなくなり、手にとどくところにあるものが遠くにあると思い込んでしまうのだ。
【読み下し文】
人人(ひとびと)に個(こ)の大慈悲(だいじひ)有(あ)り、維摩(ゆいま)(※)・屠劊(とかい)(※)も二心(にしん)無(な)きなり。処処(しょしょ)に種(しゅ)の真(しん)趣味(しゅみ)有(あ)り。金屋茅簷(きんおくぼうえん)(※)も両地(りょうち)に非(あら)ざるなり。只(た)だ是(こ)れ欲(よく)蔽(おお)い情(じょう)封(ふう)じ、当面(とうめん)に錯過(さっか)して、咫尺(しせき)(※)をして千里(せんり)ならしむ。
(※)維摩……維摩詰(ゆいまきつ)。釈尊在世当時にいた富豪で仏教の奥義をきわめたとされる。維摩を中心として大乗仏教の根本思想を説いた『維摩経』が有名。
(※)屠劊……屠は牛馬などを解体する者、劊は罪人の首を切る者。
(※)茅簷……かやぶきの粗末な家。なお、『論語』の雍也第六で「陋巷(ろうこう)(狭く汚い路地)」に住む愛弟子の顔回が人生と学ぶことを楽しんでいることを孔子が評価するところは本項に似ている。
(※)咫尺……極めて近い。手に届くところにある。短い。
【原文】
人人有個大慈悲。維擵屠劊無二心也。處處有種眞趣味。金屋茅簷非兩地也。只是欲蔽情封、當面錯過、使咫尺千里矣。
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